世界の終わりを迎える人は、こんなふうなのかもしれない。
はギロロを前にして、ただ単純にそう感じた。ギロロは自分の罪を吐露し終えると、黙ったまま俯いている。こちらからでもわかるほど硬く握られたこぶしが痛々しい。
対する自分は彼にどのように見えているのだろうか。下を向いたままのギロロには尋ねようもなかったが、自分はそれほど落胆していない。それどころか、彼が来てくれたことに若干の安堵を覚えてもいた。自分も犯していた罪が、少しだけ許されたような。
「ギロロ」
動揺していなかったはずなのに、の声は震えているように聞こえた。怒りか悲しみか、そのどちらともない交ぜになったような響きを持って彼に届く。自分でもそんな声が出たことに驚いた。ギロロはこぶしを硬く握ったまま顔をあげる。世界の終わりを向かえる人のように、超然とした表情をして。
は一瞬だけ、その表情に苛立ちを感じる。自分で勝手に納得している顔だ。
「…………お前にはオレを責める権利がある」
「権利?」
「そうだ。オレは、お前を騙していた」
最初の重々しい一言とは違って、ギロロの声は落ち着きを取り戻しているようにも思えた。自分の罪をすっかり認めて、あらゆる方法での処罰を待っているのだと、は理解する。だから自分が次に口にする言葉が彼に動揺を与えるのだと思うと、少し愉快になった。
「知ってたよ」
シンプルで簡単な、けれど今この地球上で一番殺傷能力の高い武器を、わたしは彼に向かってかざす。予想もしていなかったギロロが、動きを止めた。
「知ってたよ。メールが、クルルじゃないって」
いつから、とか、どうして、などということは言わなかった。ただ簡単に知っていた事実を彼に告げる。それはとてもわかりきった作業だというのに、心の中が何重にも複雑に絡まった気がした。直そうと思ってほどきかけた紐を、何倍も難解にしてしまったような。
もしいつからだと聞かれたら自分は素直に答えるのだろうか。馬鹿みたいに浮かれて真実を何も知らなかった自分を恥じようともせずに、彼に告げられるのだろうか。そんな愚かで傲慢な話など、もうできそうにはないのに。あのとき湧き上がった思いと途方にくれた感情を、彼に話してしまえるのだろうか。
「……………」
ギロロの声にハッとする。いつのまにかぼうとして一点を見つめていた。彼はまだ親しい響きを持って名前を呼んでくれている。そのことが無性に腹立たしくて、とてつもなく情けなかった。
「優しく、したつもりだったの?」
思っても居ないほど責めるように強い声がでた。同情したの、と言わなかったのはそう思ってはいなかったからだ。ギロロは相手を侮辱するようなことはしないと知っている。
「そう、ではない」
落ち着いた声とひどく懐かしい気配。随分長いこと話をしてきたように思う。クルルのことや、そうではない日常、彼らの非日常のあれこれを二人で話して来た時間が作り出したものは計り知れない。好きな誰かのことを話すとき、だからとても気恥ずかしいような気分になった。それでいて誇らしいような、ここにいる意味を認められるような気持ちになってもいた。幸せな部分しか、は見ていなかった。だからそれをすべて取り上げられたときのの嘆きは、自分自身の甘さと怠惰さも原因になっている。
「嫌だったんだ」
ギロロは一体どこで間違ってしまったのだろうか。自身はすでにその部分を知ってしまったが、彼の間違った部分は彼にしかわからない。ギロロ自身の信念を曲げるようなやり方で、ここまで付き合ってくれたのはなぜなのだろう。
ギロロは意思的な瞳をに向ける。男らしく、普段の彼とは違う凛々しさをもって。
「お前に悲しい思いをさせたくなかった」
思いやりの籠もった声は、を貫いていく。いつもならば自分はそれを難なく受け取ってしまえるというのに、両腕に邪魔なものを抱えすぎていて身動きすら取れない。真摯な目がこちらに向けられたままであることが、ひどく辛く苦しかった。責められていると感じたのは、ひどい被害妄想だろうか。
ギロロはそんなことはまったく頓着しないように話を続ける。
「だが、お前を傷つける結果になったことは変わらない。…………俺は、どんな罰も受ける覚悟をしている」
やめて。もうそんなふうに言わないで。
叫びたかったが、まっすぐな瞳に気おされて言葉は出てこない。ギロロは罪を犯したというほどのやましさなどなく、曇りのない心をに向けてくる。その目が、耳が、鼻が、指が、体全体が、にとっては彼女を責めているようにも感じた。そしてそれ以上に、責められるべきは自分なのだと、思ってもいることも伝わってきた。
「…………違う」
力なく首を振り、は自分自身を抱きしめるようにして両肘を手のひらで包み込む。言葉は単語だったので彼は理解できないだろうが、それ以上に言葉を続けることが困難だった。酸素のない場所に突然放り投げられたように、あえぐことしか出来ない。
違う。違うの。そうじゃなくて、悪いのは。
頭の中で必死に文章を組み立てようとするのに、は自分がどんどん混乱していくのがわかった。説明しようとすればするほど、内側の膜がぼろぼろと剥がれていく。内壁から壊れていく城のように守ることも出来ずに朽ちていく。
とうとう立っていられなくなり、ひざから力が抜けてへたり込んだ。腕を抱きかかえる格好はそのままで、目は苦しそうに開いたままで。
「違うの」
何を説明したいのか、どう理解して欲しいのか。にはまったくはっきりとした答えを出すことが出来ない。だからどんどん壊れていって、自分自身を苦しめている。
「?」
先ほどよりずっと近くで声がして、目線と同じ高さに彼がいた。赤い体と、少しも変わらない雰囲気と、気遣わしげな声がを包む。けれど彼は三歩分の距離からこちらに近づこうとはしなかった。それが現在の二人の距離であることを、宣言しているようだった。
泣きたくなった。認めてしまえば泣けるのだとわかっていたが、答えを出せば解放されることもわかっていたが、ギロロとの距離に甘えていつも自分はたくさんのことを怠けていた。ブロックを隣同士にくっつけて、座りたかった。
「すきなの」
頼りなく落ちた言葉は独り言より少し大きい。ギロロはをまっすぐに見て、もギロロをまっすぐに見ていた。
「ギロロが、すきなの」
瞳をつむると同時に言ったので、言葉と同時に涙がこぼれた。ぼろぼろと流れ出して止まらなくなって、はそのまま静かに泣いた。認めてしまった自分が悲しいのか、後悔しているのか、にはまったくわからない。
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