色とりどりの花が咲いている温室で、へたり込み両手で顔を覆っては泣いている。今までギロロが見てきたような女たちのどれとも違い、さめざめと誰を責めるわけでも訴えるわけでもない涙はただ静かにきらきらと落ちていった。幻想的な光景だといってもいい。
は掠れる声で、「ギロロが責任を感じることなんてないから」と言う。顔を手で覆ったまま、ギロロよりも大きい体を小さく震わせる彼女は地球上で一番弱い生物に思えた。
「なぜだ?」
一定の距離を保ったまま、ギロロは尋ねる。先ほどが自分にした告白が――すきだ、とあんまりにも健気にささやいたあの言葉が――ギロロの思考をゆるやかに溶かしていく。はしばらく泣いた後で、覆っていた手を離した。両手をふとももの上に置くと、は赤くなった瞳を伏せる。長いまつげにきらきら光る粒がいくつもついていた。
「わたしが、勝手なの。勝手にすきになったの」
だからギロロをわたしは責めない。わたしが責めないなら、ギロロは誰からも責められないよ。
は小さいけれど意志的な言葉でそう言った。責めることができたとき気持ちが揺れたことも、いつのまにかギロロとの時間が何よりも大事になっていたことも、全部自身が問題であり、ギロロは関係ない。
がなぜこんなことを言うのか、ギロロは無論わかっていた。夏美のことがあるから、ギロロに負担をかけないようにしているのだ。はっきりと告白を断ることが二人の間に重くのしかかって引け目や負い目になってしまうことを危惧している。
けれどギロロはまったく別のことを考えていた。を悲しませたくなくて、自分は嘘をついてまでクルルのフリをした。クルルのフリをしていたときに何度も失望に似た後悔と絶望を感じた。それは彼女に対する良心が痛むのだと思っていた。クルルのどこがいいのだと何度も考えて、彼女に対する口調はどんどん否定的になっていった。そしてなにより、クルルがに対して吐いた暴言にあれほど激昂した自分がいる。それは本当に自分自身と重ねてしまったという理由だけだったのか、とギロロは一人になったときたびたび考えていた。
そして数分前、クルルに告白すると言って出て行った彼女を自分は必死で追いかけた。自分の嘘がバレることなどどうでもよかった。そんなものは始めから覚悟の上だ。それ以上にギロロを焦らせた感情を、どうやってこれ以上誤魔化し続けていられるだろう。
決心をしてギロロは一歩前に踏み出した。ギロロの影が彼女にかかり、は顔をあげる。
「俺がお前を抱きしめたいと言ったら、幻滅するか?」
は一瞬きょとんとして、すぐに目を見開いた。目の縁をなぞるように赤く張りあがっているのが、痛々しい。ギロロはもう一歩、踏み出す。がびくりと怯えるように体を震わせた。
「…………だ、ダメだよ。ギロロ。そんなの、違うから。ギロロはわたしが可哀想だって、思ってるだけだから」
これ以上間違わないで、とは必死に身を硬くして叫ぶ。
ギロロはの言葉が隅々まで理解できるようだった。自分たちの考え方はよく似ていて、気が合うからこそお互いをすれ違わせてばかりいたのかもしれない。
だから目を閉じて、夏美のことを考えた。自分を一発で倒した地球の女戦士に、敬服と親愛と愛情を持って接していたことは忘れていない。けれどそれ以上に我を忘れて走り出す衝動があることをギロロは知ってしまった。嫌なヤツとは言え、仲間に銃を向けてしまうほど気持ちが傾いてしまっている相手を間違えるわけがない。
目を開けて、怯えるにもう一歩踏み出す。もう距離はゼロに等しい。
「ギロロ!」
「間違ってなど、いない」
混乱して怯えるを抱えるようにしてゆっくりと腕を広げた。何をされるのかわかって、は思い切り目をつむる。
腕は考えたとおり、回りきらなかった。右手を後頭部に回し、左手を彼女の背中にあてる。それから噛み締めるように、ギロロは囁いた。
「好きだ」
柔らかな彼女の額に自分の額を合わせて、呟く。はまだ目をつむったままで、今にも泣き出しそうだった。
「お前が、好きだ。」
もう一度、これ以上ないほどゆっくりと言った。自分がこんな言葉をはっきりと言う日がくるとは思わなかった。自信を持って伝えたい相手が出来るということも。
は恐る恐る瞳をあける。至近距離にあるギロロの視線から急いで目をそらした。
「わ、わたしだってギロロを騙してたんだよ?」
「お互い様だろう。俺たちはどちらもそれを認めたじゃないか」
「………でも」
「お前が言ったように、俺も勝手に好きになったんだ。勝手に、を選んだんだ。だから嫌だというなら断る権利があるのはお前だけだ」
「そんなこと!」
しない、と告げられるはずだった言葉はギロロに飲み込まれる。至近距離にあった顔が、もうすでに距離など関係なく目の前にあった。キスされたとわかったのは、離されたあと。
「可愛いことばかり言うな」
意地悪そうに笑ったギロロの八重歯が綺麗だ、とはぼんやり思う。そうしてやっぱりこの人がどうしようもなく好きなのだと、絡まった糸を直すように心をほどいていく。
ギロロの肩に額を寄せて、自分の腕を彼に回した。すっぽりと腕に収まってしまう彼の体は温かい。その体温や匂いに心から自分が安堵するのがわかった。
「幸せすぎて、怖い」
呟くと、「俺もだ」とギロロが同意した。二人はくすくす笑いながら、なんとも言えない空気に身をゆだねた。あの日溜りの中で、居心地のいいブロックの上に座っているような。
ふと、ギロロが思い出したように顔をあげる。もつられて顔をあげ、何事かと首を傾げた。ギロロは右手に銃を時空転送させて、どこか不適に笑った。
「とりあえず、これ以上は邪魔者に見せてやるつもりはない」
やおら掲げた銃を、そのままギロロは何発か打った。それが何かにあたって、砕けた音や壊れた音と電子音が重なる。それがカメラだと知っているのはギロロだけだったので、その先にいた人物はまったく面白くなかったことを知っているのも彼だけだった。そして不機嫌なクルルの相手などしてやるつもりも、についての安い挑発にも、金輪際のってやるつもりはなかった。
目を丸くさせるにギロロは自分でもわかるほど柔らかく微笑む。二度目の口付けは、涙のせいで少し辛かった。
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