「はじめまして、敵性宇宙人です。あぁ、撃たないでギロロ君」



わたしは今、地球に来ている。

彼の弟の会うためだ。そうして会おうと考えたのは始めてではなかった。何度も良く考えて、何度も思いとどまって地球に来た。ガルルの言っていたことを思い出しながら、彼が任務のことを話してくれるのなんて珍しいから覚えていたのが幸いだった。


「で、お前は何しに地球に来たんだ?」
「あぁ、ごめんなさい。わたしの名前は よ」
「しかも敵性宇宙人……。ふん、変な真似をしてみろ。ただでは済まさん」
「わかっているわ。大丈夫。あなたが心配なら持っている武器弾薬すべて預けたって構わない。わたしは誰も傷つけるつもりはないの……ここで話してもいいのだけれど、お庭じゃやっぱり邪魔かしら?」
「あぁ?」


見れば、どうやら家に住む兄弟がこちらを興味深そうに観察していた。わたしはその二人に微笑んで頭を下げる。あちらも下げ返した。ギロロはなんとも言えないような顔になって「じゃあ、表で」と言ったのだけれどそれは兄弟が許さなかった。姉と思われるツインテールの少女が「中に入りなさいよ」と言ったのだ。何故だかはわからない。
家の中に入れることを少しだけ躊躇ったギロロではあるが最後には結局折れてしまった。そういうわけで地球の居間と呼ばれる場所に招かれたわたしはお茶とお菓子を出されながら、ソファに座っている。なんだか、可笑しい。


「何を笑っているんだ」
「あ、ごめんなさい。こんなお持て成しされたことないから嬉しくて」
「フン。こっちもしたくてしてるんじゃないがな………」
「えぇそうね。……それはそうと、さっきのお嬢さんがナツミさん?」
「なっ!お前何故ナツミのことを……!」
「やっぱりそうなのね!あなたの態度で丸わかりよ。ソルジャー失格ね。それじゃ話が早いわ。そんなところで聞いてないでこちらに来て、ナツミ」


なんでお前がナツミを呼ぶんだと抗議するギロロに目もくれずにドアの外で聞き耳を立てる彼女を呼んだ。罰が悪そうに出てくる姿に顔が綻ぶ。なんて、素直なんだろう。


「おい、お前本当に何のよ」
「あと、部屋の四隅の監視カメラに広域集音マイクは何?このうちはそんなに泥棒に入られやすいのかしら」
「は?ま、まいく?」
「あぁわかったわ!噂のクルル曹長ね!それじゃこのカメラ越しに皆さん見てるってことよね。よかったわ、呼ぶ手間が省けて」


わたしは最上級の笑顔でギロロを見た。本当はとても緊張していたから、きっとわたしらしくないことを沢山言っているしやっていると思う。ギロロの隣に腰を下ろすナツミを見ながら(彼らは視線で会話をしているようだった)どうにか五月蝿い心臓を宥めようとする。でも駄目だ。戦場でさえ高揚はするけれど冷静になれないことはないのに、どうしてだろう足が震えた。

ここに来た理由を話そう。聞いてもらうには彼の弟が最上だと思ったのだから。

でも何から始めればいい。お兄さんにお世話になっています?お付き合いさせていただいています?あぁでももう一緒に暮らしているのだからこれはおかしい。それじゃどういえばいい。付き合うことになった経緯だろうか。でも戦場でヒトメボレなんて誰が信じるだろう。銃を向き合ってそれでも撃たなかった真実をどうすれば伝えられる。隠れ家での楽しい生活を、彼のくれたバラの花びらを、ランプに浮き出される木目を、彼の言葉を、あぁどうしたら。


「あの……」
「え?」


ナツミが恐る恐る声を上げ、わたしの頬を指差した。その先を辿るようになぞれば冷たい何かが頬を伝っていた。あぁ、なんてことだ。戦場でだって泣いたことがないって言うのに。これじゃどこかの淑女のようじゃないか!


「なんでもないわ」
「でも……」
「ありがとう、優しいのね。でもすぐに話してしまわないといけないから………。それにあんまり長居するとギロロ君に怒られちゃうわ」


急いで顔を拭い笑ってみると、ふんと鼻を鳴らされた。赤い体、彼とは違う瞳の色、それでも彼らが兄弟だと感じてしまうのは魂の気配が一緒だからだ。
しゃんとしろと自分に言い聞かせる。ガルルの声を思い出す。不思議な、いつも落ち着いた彼の声はこちらの心まで宥めてくれるようだった。



 

 

 

 



ガルルとのことを話した。包み隠さず話したつもりだった。彼との出会いも思いも、どんな風に一緒にいたのかも、わたしがどんなつもりで一緒にいたのかも全部全部、言葉に出来ることはした。でもヒトメボレなんて言葉が堅物だというギロロに届いたかわからなかったし、言葉で足りない部分のほうが多かった。それでも話さなければならなかったのだ。


幸せが長く続かないことくらい知っていた。楽しい夢はいつか覚める。現実を受け入れるときはやがてやってくる。頭の端で彼もわたしも理解していたことだったのだ。
敵であるわたしの何もかもが、彼を苦しめる手段にしかならないことなんて。


「夢をね、見ているようだったの」
「夢?」
「そう、果てのない甘い夢。覚めることを拒否し続けてきたけれど、もう潮時ね」


出されたお茶に映る自分自身を見る。こうして見るとわたしのどこを彼は気に入ったのかわからないといつも思う。しかもあの場は戦場だ。髪は振り乱れ目は血走り、砂まみれの汚い女のどこに彼を射止める魅力が?神様だってこの問いには答えられないに違いない。


「わたしね、次の戦場が決まっているの」
「さっきまで白鳥座で内乱の加勢をしていたっていうのによ?まったく、信じられない」
「でもその前にここに寄る事が出来てよかったわ、あなたに一つ頼みがあるの。いいかしら?」


膝の上に組んだ手が汗ばんでいて、まるで違う場所で話されている言葉のようだった。ギロロはわたしの話をここまで黙って聞いてくれている。奇跡だ。きっと途中で殴られるか発砲されるかを覚悟していたものだから余計に拍子抜けしてしまった。やはり隣にいるナツミのおかげだろうか。よかった、彼の弟はきっと幸せになれるだろう。


「別れろって言って欲しい」
「は?」
「すごく嫌なお願いだってわかってる。別れるのが当然だってことも。でもね、言って。自分じゃ決断できない。だって」


目の奥が熱い。堪えようと拳を握る。鼻の奥が熱い。


「だって、こんなにも彼を愛してる。苦しめて、追い詰められる彼を見たくないはずなのに、でも傍を離れらないの。だからお願い。わたしを彼から、どうか引き離してしまってください」


哀願にも似た声が自分から出る。頬に伝う涙が後から後から流れ出た。



知っていたのだ。
夢の終わりくらい。
でも、考えなかっただけ。


そう、それだけ、

 

 

 

 

終焉の鐘を鳴らす

(06.08.19)