「こんにちは」
その人は、あまりにも自然にそこに立っていた。まるであたしを待っていたかのように、いや実際待って居たんだろうけれどこちらは待ち合わせをしているつもりなど毛頭なく、むしろ連絡の手段など知らずに、でもあまりにも綺麗な笑顔で手を振られたのでどうしようか本気で迷ってしまった。周りにいた友達が、「アレ誰?」と聞いてくる。あたしは何とかこの事態を穏便に解決する方法を探した。なのでとりあえず「親戚のお姉ちゃんなの」と嘘をつき、「そう言えば約束してたんだった!ごめんね!」と不自然すぎる笑顔を振りまいて、友達の前から逃げ出した。ひったくるように腕を取って駆け出したはずなのに、当の本人はゆっくりとあたしの友人に「ごきげんよう」と笑顔で手を振っている。走っている間中、目眩がした。
「いったい、どうしたんですか?」
駆け込んだ喫茶店であたしはいささか平静を取り戻しつつ聞いた。本当は人通りの少ない路地や川べりなんかに行きたかったのだけれど、ボケガエルとは違い地球人に見えるこの人をそんなところに連れて行くのも気がひけてしまって結局こんなところにいる。先ほどからメニューを見て、「地球の食べ物は綺麗ね」と笑う女性はどこまでも完璧に地球人にしか見えない。それなのに、彼女の放つ雰囲気がどこかアンバランスな魅力となって先ほどから喫茶店の入る客や窓の外から男性の視線が痛かった。単に彼女がお世辞を抜いても綺麗だったからかもしれないけど。
「ねね、ナツミ。これは何?」 「それはパフェです。あの、
さん、本当にどうしたんですか?」
嬉しそうにメニューを眺め、わたしが先ほどコーヒーと紅茶を頼んだのを真似して、注文を運んできたウエイターに彼女はパフェを二つ注文した。年若いウエイターは明らかに
に見とれながら、短い注文を二度ほど間違って赤面して戻っていく。厨房の方で従業員たちがウエイターをからかっているのを見て、本当にこんなところに入るんじゃなったと再度思った。しかし当の本人はそんなこと気づきもせず、運ばれてきたコーヒーに口をつける。
「美味しい。ねぇ、ナツミ。最初の質問だけれど」 「え、はい」 「内容を具体的にしてくれないかしら?『どう』なんて曖昧な内容は好きじゃないわ」
形のいい唇を綺麗に吊り上げて、
さんは笑った。長い指がコーヒーカップをソーサーに戻す動作さえサマになっている。あたしはどうやって質問していいかわからずに、えぇと、と自分用に頼んだ紅茶にミルクを入れてかき混ぜながら考え込んだ。
「じゃあ、一つ目の質問です。なぜ、ここにいるんですか?」 「あなたに会いたかったからよ。ナツミ」
即答で返されて、スプーンを持つ手が固まった。目の前の女性は、母親にはない色気を持っていてそれが何を言ってもそうだと信じさせる力を持っている。前に会った時はギロロに会いにきただけで、あたしとは初対面だった。そして話をするうちに泣き出し、それでも気丈に話し続けた。泣く女性を不謹慎にも綺麗だと思ったのは初めてだ。あとからママにそれを話したら、「じゃあ、その人は恋をしていたのね」と返答された。「恋をした女の人の涙はね。綺麗なのよ」そう言うママは、まるでその光景が見えるように笑っていた。
「あたしに、会いにきたんですか?」 「そう。あなたに突然会いたくなって、迷惑にならないように地球の服を買ってから来たの。これ、おかしくないかしら?」
宇宙のデパートとやらで買ったというその服は、特別なものではなかったけれど、彼女は似合いすぎていた。凡人がいくら着飾ったところでショーのモデルをやれることなどないように、備わっている魅力があれば着る服など関係ないことを証明されているようだ。あたしは「似合っていますよ」と笑って、自分が制服のままであることに気付き、少し恥ずかしくなった。
「…………あの、ギロロのお兄さんは一緒じゃないんですか?」 「ガルル?彼はどこかに遠征中のはずよ。まぁ、そのうち帰ってくるんじゃないかしら。あ、もしかして彼に会いたかった?」 「いいえ!」
否定する言葉の強さに
さんは少々驚いているようだった。目を丸くし、少女のように笑う声が高くて可愛らしい。
「そう?先日会ったんでしょう。彼はまた会いたがっていたわよ」 「あ、その節は…………」 「まったく彼らのお父様にも参るわよね。わたしのときも大変だったわ」
そのときのことを思い出しているのか、
は瞳を伏せて苦笑にも似た声を出す。ガルルと
は正式に結ばれたのだとギロロから聞いたのは、つい先日のことだった。親父が気に入って仕方ないらしい、と付け加えたギロロの顔は不機嫌の中にも隠しきれない嬉しさが含まれていて心から祝福しているのが窺えた。
「あの、
さん」 「何?」 「ギロロには会ったんですか?」
自分に会う前に、会ったのだろうかと思い聞いてみた。
は一瞬だけあたしの瞳を見たあとに、面白そうに笑った。
「いいえ。今日はナツミに会いにきたのよ。ギロロ君にはまだ会ってないわ」 「そう、ですか」 「えぇ。それにあなたの許可なしに彼に会うわけないじゃない」
ちょうど紅茶を飲んだ瞬間に言われたから、あたしは噴出すのをなんとか堪えた。彼女の言葉に一瞬何も言えなくなり、頭が真っ白になり、否定する言葉を見つけようにも頭が働かない。
さんはそんなあたしに満足するようにコーヒーカップに口をつけて、大丈夫?と余裕を持って聞いてくる。今更否定することもなんだか可笑しいような気がして、あたしは大丈夫です、と返事をすることしか出来なかった。たぶん、今、顔が赤い。
「ねぇ、ナツミ。あなたがいいと言ってくれるなら、おうちにお邪魔したいわ」 「…………いいですよ」 「そう不機嫌にならないで。わたし、もっとナツミとお話がしたいの。明日は日曜でしょう?どこか行きましょう。二人で」
が日曜と流暢に発音して、あたしはそれにも驚きながら明日の予定を頭の中で考えていた。ちょうど予定もなかったから頷くと、
は本当に嬉しそうに笑う。ピクニックがいいわね、それと見晴らしのいい場所だったら最高、と笑う彼女は本当に綺麗で可愛らしい。 ウエイターがパフェを運んできた。テーブルに並べられたチョコレートとストロベリーの二つのパフェ。
がウエイターに礼を言うと、彼は可哀想なほど赤面して何か呟いたあと戻ってしまった。
は並べられた二つを凝視して、添えられた細長いスプーン嬉しそうに持ちながら、首をかしげた。
「ねぇ、ナツミ。これはどうやって食べるものなの?」
弓形の眉を寄せ、長いまつげを揺らしながら、すっきりとした目鼻立ちに整った顔をした女性のこの発言は、少々あたしを困らせた。知らないで頼んだんですか、と聞けば、だって綺麗だったんだもの、と子どものような返答。わたしは自分の分のスプーンを持ち上げ、アイスを掬って食べる。彼女はあたしを観察し、同じようにアイスをすくって食べた。
「冷たい」 「ミントはきついかもしれないんで、食べない方がいいですよ」 「ナツミ、これ美味しいわね。甘くて、綺麗で、完璧だわ」
満足そうに
が笑ってあたしを見た。極上の笑顔に気圧されながら、窓の外の視線が露骨に増えたことにうんざりしつつ、あたしは完璧なのはあなたです、と心の中で呟いた。
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