を自宅に連れ帰り、大まかな事情を冬樹に話すとオカルト好きの血が騒ぎ出した彼は一目散に
を待たせていたリビングに走っていった。何やら聞きたいことがあるらしい。あたしは
の相手を冬樹に任せることにして、あたし自身よりも驚いているボケガエルたちに目を向ける。
が来ていることを話したら、ケロロはもとよりタママやドロロやクルルまでもがそれぞれの表現で驚きを表した。ギロロも驚いているらしく、先ほどからこの五匹はまったく役に立たない状態だ。
「ボケガエル!ちょっと聞いてるの?!」 「え、いや、我輩ちょっとトリップしていたであります。いや、なんか驚きすぎると反応できないでしょー」 「そんなこと知らないわよ。というか、どうすればいいのよ」 「我輩は知らないでありますよー。だって
殿は夏美殿に会いにきたんでしょ!御もてなしするのは夏美殿の努めであります!!」 「そりゃ、ちゃんとするけど…………どう接すればいいのかわからないのよ」
正直なところはそうだった。
の扱い方がわからない。冬樹のように好奇心と興味だけで人懐こくするのには気が引けてしまうのだ。それなのに
の方は飾らないから、余計に緊張してしまう。
「てか、ギロロは聞いてないんでありますかー?仮にも義理の弟っしょ」 「知らん。こんなことはガルルにも聞いてないし、何より籍を入れてから初めて会ったんだぞ」 「えー?やーくたーたずぅ。…………それにしても凄いお茶の間でありますねぇ」 「何が?」
興味津々と言った様子でケロロはリビングが映し出されている画面を見た。ケロロの部屋であるここからリビングが映し出されているのは奇妙な光景だ。しかしカメラの存在を怒るよりも、今は
の方が先決だった。
と冬樹の会話は弾んでいるらしく、時折二人が同時に笑った。
「いやぁ、あの『無音の黒蝶』でありますよ?夏美殿は知らないかもしれないけどさー」 「そうですぅ。ボク、出来たら手合わせしてほしいですよぅ」
「無音の黒蝶」 聞いたことのある単語だった。そういえば、彼女が帰ったあとでギロロが呟いていたのだ。神妙に囁かれた言葉は彼の額に浮かんだ汗とは似ても似付かない綺麗な音だったのを覚えている。
「それって何なの?」 「あー。ギロロの二つ名と一緒のようなもんでありますよ。
殿のいた組織は個人派遣が売りの傭兵専門の戦争屋だったでありますからなー。実績が上がればコードネームが付くんであります。その方が箔がつくしね」 「そうだなぁ。
のことを話すときは大抵「蝶」って訳されるときが多いぜぇ。『屍の蜜を吸う蝶』なぁんてブラックジョークが飛び出すくらいは、売れてる名前だったしなぁ。クックッ」 「アサシン部隊にいたときも
殿の話題は出ていたでござるよ。元は接近戦専門だったのに、あるときを境にライフルや重火器も使い出して、驚いたものでござる」 「そーれがガルル中尉のせいっつーのも、すげぇ話でありますなぁ」 「クーックック…………隊長、オレちょっと気になるから上、あがるぜぇ」 「ゲロ!ずるいであります!我輩だって
殿とお話したいでありますよ!」 「そうでござるな。では拙者も…………」 「わぁーん、軍曹さん!置いてかないでくださいー!!」
みんな結局
と話してみたいらしい。文字通り置いて行かれたあたしとギロロは、視線をあわせてどうしようか、と呟いた。
「迷惑だったか?」
最初にギロロが口を開いた。その質問が指す意味を知って、あたしは考える。迷惑だっただろうか。もちろん
が目の前に現れたときは驚いたし、困った。けれどよく考えれば、現れ方以外は普通だ。一緒に喫茶店に入って、お茶をして、パフェの食べ方を教えた。
「ううん。でも、突然だから驚いたのよ」 「そうか。俺も驚いた。ガルルから籍を入れたと聞いたが、そのときも連絡をくれたのはガルルだけだったからな。正直、まだ親戚になったという感覚がない」
画面のさきでは、ケロロたちがリビングに到着して騒ぎ出したようだった。その先で穏やかに微笑む
を見つめながら、やっぱり信じられないものを感じる。彼女が戦場に立ち、そんな風に呼ばれるようになるまで戦ったということを信じたくない部分があるのだ。
「怖いか?」
心の中を見透かされたような言葉に、あたしはびくりとした。そうして自分が緊張していたことを始めて知った。ギロロの目には恐怖に震えているように映ったのだろうか。もちろん怖くないわけではない。殺人犯が目の前にいると言われているわけではないことはわかっているのだけれど、それを否定するものがない。
は戦場にいた。知らないその場所で知らない
が何をしていたのかなんて、知らないしわからない。
「わかんない。でも、ちょっと怖い」 「夏美」 「わかってるんだけどね。
さんにだって、事情はあったし、そうしなきゃ生き残れなかったって。でもさ、なんだか信じたくないの」
友人が生き残るために犯した罪を笑って許せるほど出来た大人じゃない。例えるならそんな感じだ。でも頭から離れないのは、
が始めてここに来たときのことだった。
はギロロたちの敵性に当たる宇宙人だということを隠そうともせずに告げ、自分が不利になるにも関わらず武器を全て渡し、ガルルとのことを包み隠さず話した。泣いている姿が綺麗で、膝にある手を固くして、「別れろって言って欲しい」とギロロに頼んだ
は、誰よりも強く感じた。その彼女が決意の末に向かった戦場で起きたことは、あらすじだけは知っている。まるでドラマのような結末だと思った。たった一人になっても戦い続けた
を救ったガルル。銃口を向けられても
を信じていたというのだから、驚きだ。少なくとも彼と戦ったことのある自分が驚くだのだからそれは間違っていないはずだ。 そんな壮大な人生が目の前にあるという、実感がわかない。
「
は傭兵をやめたそうだ」 「…………え?」
黙ったまま考え込んでいたあたしに、ギロロがそっと独り言のように呟いた。
「ケロン軍外人部隊編入への誘いもあったらしいがな。
は全部断ったらしい」 「そうなの」 「あぁ。しかもその理由が笑える。ガルルから聞かされたから余計に笑ってしまった」
思い出したのか、ギロロは面白そうに瞳を細めた。首を傾げるあたしは、彼の言葉を待つ。
「
は断る理由に、『もう就職先は決まっていますから』と告げたらしい」 「…………決まってる?」 「そうだ。お偉方に「それはどこだ」と問われて、怖気づくこともなく『ガルルのお嫁さんです』と言ったらしい。ガルル本人さえ驚いて声もでなかったと言っていた」
ギロロも信じられないと言った感じに肩を竦めた。
がケロン星で、軍部の偉い人たちに囲まれながら胸を張って言った台詞。本当に突拍子もない言葉なのに、なぜかあたしはその光景が目に浮かぶようだった。きっと偉い人たちは困っただろうし、ガルルだって
だって恥ずかしかっただろう。でも、
は言ったのだ。きっとそのときはまっすぐに前だけを見て、後から二人きりになったときに恥ずかしそうに笑ったに違いない。
はそういう人だった。二度しか会ったことがないのに断言するのも可笑しいかもしれないが、そういう人なのだ。本当に。
「
がやってきたことを、全部認めてくれとは言わん。だが、目の前で見える部分は信じてやってくれ」
ギロロがそう言って画面を見た。ケロロが何か言って、タママが
にお菓子を進めている。クルルもパソコンをいじりながら
に質問しているようだった。ドロロは
にお茶を淹れている。それらすべてに笑顔で応対する
は、それだけで本当に嬉しそうだった。
「えぇ、そうね。あたし、ちょっと可笑しかったみたい」 「夏美…………」 「ねぇ、ギロロ。リビングにいこ。明日ピクニックに行こうって
さんに誘われてるの。何が好きか聞かなきゃ、お弁当作れない」
笑って言えば、ギロロは安心したように笑った。二人でケロロの部屋から出ながら、夏美はギロロの後姿を見て笑う。どうした?と問われれば、夏美は笑顔のまま答えた。
「あんたのさっきの台詞。ちゃんと義理の弟っぽかったわよ」
ギロロは真っ赤になって、そうか、と嬉しそうに呟いた。
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