「はじめまして。
」
銀色と緑と黄色が混ざり合ったような可笑しな円盤から現れたのは、知っている宇宙人だった。厳密に言えば知っている顔をした宇宙人だ。何度かケロロたちのゴタゴタに巻き込まれたことがあるから、他の宇宙人にも免疫が出来ていたことが幸いしてあたしは叫ばずに済んだ。宇宙人は三頭身の体で、頭は蛇のように平たく、舌先は二股にわかれている。確か「ヴァイパー」と呼ばれていた。ケロロたちとは敵性宇宙人らしい。
はあたしを包む腕を緩めて、代わりに庇うように一歩前に進んだ。
「何の用?」
恐ろしく無感動で冷たい声だった。ヴァイパーは手下を両脇に三人ずつ並ばせて、威嚇するように笑う。
「要件はもう伝えてあるはずだ」 「だったら、もうその答えはしたはずね」
まるで台本でも読むように
の答えにはよどみがない。ヴァイパーは笑った。
「おいおい、冗談も大概にしろよ。敵性宇宙人に嫁入りした挙句、天下の『無音の黒蝶』が戦場を捨てるだと?正気の沙汰とは思えねぇなぁ」 「わたしは正気よ。わざわざスカウトにこんなところまで来るなんて、あなたのほうがよっぽど狂ってるわ」 「あいにくこれが商売なんでね。考えを改めろよ。あんたならどこだって歓迎してくれる。わざわざ敵性宇宙人と暮らしてなんになる?」 「あなたの商売は人のプライベートにずかずかと上がりこむことなの?あいにくこれはわたしの人生だわ。放っておいて」
これ以上ないほどの完璧な拒絶に、ヴァイパーは怯むでもなく変わらず笑う。その、悪寒が走りそうになるほど下卑た笑い声に眉を潜めた。この宇宙人は決して好きにはなれないと本能が告げている。
「そうかい。だがなぁ、これだけは言える。アンタは幸せになんかなれねぇよ」 「…………」 「一度血の味を覚えた戦争屋が、人を殺さずにいられるもんか」
言ったあとで、ヴァイパーは「力ずくで付いてきてもらうしかねぇなぁ」と手下に合図を送る。あたしは相手の言葉に怒りで目眩を覚え、涙が出てくるのを感じていた。これほどまでに人を卑しめる言葉を言われたことはなく、また傷ついたこともなかった。そしてそれが自分ではない人のことだったから、余計に悲しくなって涙が溢れてきた。
は相変わらず無感動にそいつらを眺めていたけれど、一瞬、こちらを向いた。あたしが泣いているのを見止めると、苦笑するような顔になって、すぐ前を向く。
その後起こったことは、本当に刹那の出来事だった。
とあたしの距離は一歩しかなく、体はひたりとくっついているようなものだったのに、その瞬間に二人の間に弱い風が吹いた。穏やかな風が
のワンピースをひらりとめくる。相手の顔が強張る。けれどそのときすでに、
の両手には小さな光る物体が瞬き、放たれたあとだった。軽い音とも共に、不恰好に倒れこむ六人の部下たち。驚愕するヴァイパーが、
をまっすぐに見ていた。
はと言えば、まるで彼らが倒れたことと自分とは無関係であるような顔で、めくれたワンピースを丁寧に直している。
「さぁすが」
ヴァイパーの息は切れ切れだった。
「無音の名を持つだけあるねぇ。動きに無駄がなさすぎる。あんたはやっぱり戦場の女だよ」
そして、往生際悪く、その手に銃を握った。ヴァイパーの顔には悲壮感がありありと映し出され、銃を向けているというのに少しも安心していなかった。
「たとえ蝶の跳躍力をもってしても、そのガキを連れて逃げるなんて出来るかねぇ」
語気を強めているはずの相手の声は、弱々しい。
はそんなヴァイパーを見て、怯むでもなく、不似合いなほど綺麗に笑った。
「あいにく、蝶はもう飛ぶ必要はないの」 「なにぃ?」 「自分だけの花を手に入れたから、もう飛び回る必要がないのよ」
それから視線を上に上げ、わかっていた人を迎え入れるように微笑んだ。 その視線の先、ヴァイパーの頭上に、いつのまにか小さな人影がある。自分よりも遥かに大きなライフルを持つ姿は間違うはずもない。
「ねぇ、ガルル?」
紫の体色のケロン人。驚くほどに優秀だと周囲が認めるそのカエルが、彼専用のライフルをひたとヴァイパーに据えていた。ようやく状況を理解したヴァイパーが腰を抜かして、何か叫んでいる。
「私が花か?どうせなら、もっと雄々しいものに例えてほしいものだ」 「いいじゃない。あなたの贈ってくれる紫のバラは綺麗だわ」 「君が喜んでくれるのならいくらでも贈ろう。だが、それは屑の始末が終わってからだ」
かちゃ、とガルルがライフルを構える。ヴァイパーは、もう小さくなり震え命ばかりはと哀願している。ガルルの顔色は変わらないようだったが、彼の怒りは空気を震わせるようにして伝わってきた。射殺せそうな瞳の奥で、燃える炎が見えるようだ。 あたしは
の服を掴んで、少しだけ顔を覗かせた。どうするのかと視線で問えば、
はにっこり笑う。
「ガルル。撃たなくていいわ」 「…………いいのか?」 「えぇ。可愛いナツミに、そんな汚いもの見せられないもの。あぁ、周りにいるやつらも眠っているだけだから、あとで宇宙警察に来てもらいましょう」
ガルルはライフルを構えながらも、仕方なさそうに頷いた。
「君がそう望むなら、私は従うまでだ」 「ありがとう。ガルル」 「まったく。君は私の命を縮めるのがよほど好きなのか?なぜ一撃で全員倒してしまわなかった」
はガルルの問いに、少しだけ肩を竦めて「チャンスをあげたの」と呟いた。チャンス?明後日の方向を見る
は答えるつもりがないらしい。その間にヴァイパーが動いたのは、たぶん彼なりの最後の足掻きだったのだろう。二人はそれを予期しておきながらも放置し、
はヴァイパーが銃を構えたところでようやく笑った。次に聞こえたのは銃声ではなかった。
「夏美ぃぃぃぃ!!!!」
暑苦しいまでの叫び声を上げ、重々しいフル装備で現れたのはギロロだった。
は「惜しい」と言い、ガルルはライフルを時空転送して「まだまだだな」と漏らした。そのギロロを見たヴァイパーが今度こそ気絶したのは、みんなの視界からはずれたところで起こった出来ごと。
事態を飲み込めずに全員に涼しい眼で見られることになったギロロだけが、フル装備のままスイスの空に浮かんでいる。思い切り場違いな組み合わせに、呆れるよりも笑いがこみ上げる。きっと彼は日本からここまで全力で来たのだろう。しかし結局はいつものように兄にいいところを持っていかれてしまった。
「王子様にしては、ちょっと頼りないわね?」
こっそりと、唇に指を押し当てて「秘密ね」と
が笑う。あたしはギロロと
とガルルを見た後で、「そうですね」と言って笑った。
|