「
がまた思いつきで出て行ったと聞いたので、遠征から帰った足で寄ったんだ」
リビングに座ったガルルが、あのタイミングで来られたわけを聞かれてそう答えた。明らかに地球人よりもケロン人のほうが多いリビングは大変狭く、大分可笑しなことになっていたが、冬樹は混乱するどころか興奮しているし、あたしもなんだかどうでもよくなってしまっていた。
「それにしても、グットタイミングでありましたなぁ」 「私は愛する者の危機に遅れはしないからな」
明らかにギロロが聞いている前で言うのにはもっと別の意味が含まれているのかもしれなかったが、今はやめてほしかった。
は兄弟げんかが始まりそうな険悪なムードにはまったく触れずに、傍にいた黄色いカエルを見る。
「わたしはちゃんとお願いしたのよ?クルル君に。何かあるかもしれないから、ギロロ君の装備はすぐに用意してあげてねって」 「まさかスイスくんだりまで行くとは思ってなかったんでねぇ」 「遠すぎた、なんて言いワケにもならないわよ。ギブ&テイクの交渉は決裂ね」 「…………チッ。仕方ねぇか」
クルルはいじっていたパソコン越しに舌打ちをする。彼女たちがどんな協定を交わしていたかはわからないが、ギロロにとってはこれ以上情けないこともないだろう。先ほどからあたしの隣で座るギロロはぷすぷすと、人体から発してはいけない音を出している。怒りでショートした回路がなんとか理性を保てているのは、きっとこの二人が祝福すべき二人だからだ。
「…………まぁ、いい。
。戻ろう。式の日取りは迫っている」
ガルルが、
を窺うように見た。しかし
はガルルの顔も見ずに、少しだけ拗ねたような顔になる。
「…………いい加減に、機嫌を直してくれないか」 「だって、ガルルがナツミは式に呼んじゃいけないっていうからじゃない」
唇を突き出し、
が小さな声で呟いた。その言葉に周囲が唖然とする。もしかしてそのために地球まで来たのだろうか。中尉であるガルルの結婚式ともなれば軍部中枢も集まる盛大なものになる。しかしそこに敵と認識されている夏美が行けばどうなるか。それを危惧しガルルは却下したのだろうが、
は納得できずに彼の遠征中に飛び出した。全ては夏美に会うために。
「
」 「…………」
ガルルが名前を呼ぶが、
はもう理解しているはずなのに頷かなかった。それはもう意地の張り合いに近い。あたしは自分が当事者に上げられているのを信じられないと思いながら、子どものように拗ねる
を見た。長い手足をガルルから背け、反抗する姿は可愛らしくて仕方がない。
「おめでとうございます」
だからかもしれない。あまりにも会話からはずれた声が出た。
が、初めてあったときと同じようなキョトンとした瞳で見ている。
「ご結婚、おめでとうございます」 「あ、りがとう。…………ナツミ?」 「あたしは行けませんけど、素敵な披露宴にしてくださいね?」
念を押すように
に笑いかける。
は一瞬だけつまらなさそうな顔をした後で、仕方ないといった表情で笑った。大人っぽい笑顔だった。
「ナツミがそういうんじゃ、仕方ないわ。帰りましょ。ガルル」 「やれやれ…………ようやくお姫様の機嫌が直ったようだ」
肩を竦め、感謝の印なのかガルルがあたしに小さく会釈をする。
はまたね、と微笑んだ。
二人はガルルの乗ってきた円盤に乗り込んで、最後まで笑顔で帰っていく。小さくなるまで手を振ったあとで、あたしは隣に立つギロロに視線を合わせた。彼は先ほどから何か言いたそうに口ごもっている。
「その、夏美…………さっきは、すまなかった」
小さな謝罪だった。
「かっこよく、駆けつけられなかったこと?」
おどけて聞けば、更に小さくなる声。これ以上は可哀想だと思って、あたしは空を仰いだ。正直なところ、来てくれるなんて思っていなかったから、それだけで嬉しかったのだがそれは言わないでおくことにする。その代わり、彼にはしてもらいたいことがあるのだ。
「ねぇ、ギロロ。買い物に付き合ってくれない?」 「買い物?」 「そう。
さんに、結婚祝いを贈ろうと思うの。白いエプロンよ。素敵でしょ?」
あたしの提案をギロロは笑って承諾してくれる。
「何がそんなに嬉しいんだい?」
地球から帰ってからというものすこぶる機嫌のいい妻に、ガルルは聞く。
は鼻歌を歌いながら、イヤリングをつけ、くるりと後ろを振りむいた。
「ふふ。聞きたい?」 「あぁ、是非とも」 「あのね。ナツミが言ったの。わたしが彼女を待っていたとき、友達に向かって、わたしを紹介するときに」
本当に嬉しいことだと言う様に
は顔を綻ばせる。ガルルはその笑顔につられながら「なんと?」と促した。
「『親戚のお姉ちゃんなの』って」 「ほお…………」 「ねぇ、ナツミはわたしの妹になるわ。これは運命よ」
あまりにもはしゃぐ
にガルルは苦笑する。彼女が言うと本当になってしまいそうだから不思議だ。夏美本人はそんなこと考えもしなかったのだろうが。
「それでは、君は私の妻でいなければならないな」 「あら。手放す気なんて、あるの?」 「まさか。例え、君が本気で逃げたとしても捕まえてみせるから安心したまえ」
それは安心なのかしら?
が小さく笑う。その体にぴったりと嵌った白いドレスが眩しい。直前になって白いドレスが着たいと言い出した
には驚いたが、彼女は白も良く似合っていた。
「それでは、行こう。皆が待っている」 「わかったわ。ねぇ、ガルル。わたし可笑しなところはない?」
くるりと舞う蝶を、ガルルは愛おしげに見つめる。
「私の完璧な花嫁に、可笑しなところなどあるわけがないだろう?」
自信満々に呟いた彼に、
は笑ってその頬に軽くキスをした。
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