彼女に見つかったのは、青い空の下だった。
いつだったかの遠征の帰還途中、自分の現在位置を確かめてとっさに足が向いた。それは任務についてからめっきり便りが少なくなった弟の仕事場で、自分も少しだけ興味を引かれた場所だった。宇宙から見る、あの青く澄んだ星に魅入られない者はいない。 弟の小隊の厄介なオペレーターに見つからぬよう、同胞向けの防御壁を展開してその地に降り立った。酸素濃度や湿度など適応するための機械など必要ないほど住みやすい土地には驚いたが、同時に一つの疑念が浮かんだ。
―――――――――なぜ、この星を侵略できない?
弟の顔を見る前に歩き回り、この星を実質治めている種族のレベルを把握した。技術力、科学力、個体での能力。そのどれもが平凡極まりないという結果に、脱力と共にため息が零れる。どれをとっても侵略にてこずるようなものではない。しかも小隊のレベルは異名をとるものだらけの、その道のエリートばかりのはずだ。性格はともかく、その力だけでも易々と手に入りそうなものを。 しかし疑惑と疑念と疑問ばかりを浮かべながらようやく前線基地にしているという日向家に足を運んで見たものに、また驚愕させられた。
―――――――――なにを、やってるんだ?
視線の先、久しぶりに姿を確認した弟は前線で激戦を繰り広げてはいなかった。猫の額ほどの庭の隅で焚き火をしながら、愛用の武器を丹念に磨いている。本来ならば廃墟になり物資も耐えた先で行うはずの焚き火がうららかな午後の陽射しに揺れ、足元の猫がみゃおと鳴いた。使い込まれ実弾なぞ残っておらず最後にはそれすらも投げ出し戦わなければいけないはずであるのに、磨かれ艶を増した銃は飾られることに慣れているようにさえ見える。 愕然とした、と言っていい。しかし、驚きはそれで終わらなかった。
「ギロロー。洗濯物が煙たくなるって言ったじゃない」
窓から顔を出したのは、ツインテールの少女だった。一目で報告書にあった723という地球側の女性兵士だとわかった。しかし彼女は攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、庭に出てギロロの焚き火を迷惑そうに見やるだけだ。
「あぁ、スマン」
そしてギロロも、その言動に不服を申し立てるわけでもなく素直に謝った。 二人はそれからもいくらか会話をしていたが、何を話していたかはわからない。自分の足がその現実を拒絶するようにその場を離れたからだ。どうやって戻ったかはわからない。記憶した道をただひたすらに戻り、その間中怒りとも悲しさともつかない複雑な思いに囚われていた。
―――――――――これは、本部に知らせるべきか。
ケロロ小隊からの報告書では、地球側の反撃が予想を上回り苦戦しているとのことだった。しかし先ほどの現状を見れば全てが改ざんされた偽りの記録としてみるべきだろう。あのオペレーターならばいくらでもその手のことはやってのけそうだ。 問題は、ギロロがこの現状を黙って受け入れているかどうかだ。 もしそうならば、兄として上官として叱咤するべきだろう。本来の任務の通り、ここは戦場なのだと思い出させ武力制圧の命令を下すのが正しい。先ほどのような、まるで日常化された穏やかな空間こそが間違っているのだと自覚させねばらないのだ。 …………そうだ。間違っているはず、なのだ。 しかし、なぜだろう。あの陽だまりの情景を壊すことが、ひどく躊躇われた。
「あれー?ギロロ?」
考え事に集中し、周囲に対する注意がおろそかになっていたせいだろう。声をかけられてようやく背後に迫っていた人物に気付いた。驚きと同時に銃を構え振り返れば、一人の少女が立っていた。彼女の方も、自分の意図した人物ではなかったことに驚いているようだった。
「うわっ」 「…………誰だ」
驚いたのは一瞬だけだった。そもそも異星に侵入し、尚且つここは侵略するべき場所だ。その先で他種族に会うことなど想定の範囲内でしかない。銃を構えながら、視線の先で少女がたじろぐ。
「あ、の」 「誰だと聞いている。しかも、ギロロと言ったな…………」
少女は確かにギロロと言った。自分とギロロを間違えたと言う事だろう。 そのことに更に不快感が募った。明らかに民間人である少女にすら気軽に名前を呼ばれているとは。 畏怖を込めて呼ばれたわけではないことなど、声の調子からもわかる。
「あの…………ギロロのお兄さん、だよね?」 「っ?!」 「うわ、やっぱり?!よかったぁ、あたって!」
銃を向けられていることなどお構いなしに、少女はそう言うと手を合わせて笑った。話に聞いていたとおりだとしきりに笑って、土がつくのも構わずに膝をつき、腕を伸ばしてくる。
「はじめまして! わたし、
って言います」
向けられた右手の先には、もちろん武器などなかった。変わらずに銃を向けたままだったこちらは手のひらの意味が理解できない。この女は状況を理解できていない。銃を向けられ引き金一つで死ぬ運命をわかっていない。 あまりにも無防備に晒された白い指先。その先の微笑を湛えた柔らかな顔が、尋ねるように傾げられる。さらり、と髪が流れるのに見惚れていると不意に彼女が両手でこちらの手を握ってきた。
「?!」 「はじめましての握手! それにわたしは名乗ったでしょ。次はあなたの番よ」
手を握り目線を同じくして、
と名乗った少女は言う。握られた手の温かさに気を取られ、無意識に銃を下げながら俺はいつのまにか自分の名を名乗っていた。
「…………ガルル、だ」
カッコいい名前ねと、
は朗らかに笑った。 あまりにも眩しくて、青い空に映えた彼女の笑顔が綺麗だった。
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