と名乗った少女は立ち話もなんだからと、俺を自分の家に招きいれた。先ほど会ったばかりの素性の知れない宇宙人に対して無防備すぎる行動だ。道案内のために先にたつ後姿にさえこちらを警戒している様子は感じ取れなかった。しかし背後から仕留められても文句は言えない立場にありながら、時折屈託なく笑う
になぜか銃を握ろうとすることさえ出来ない。
「へぇ。じゃ、お忍びなんだ」
通された部屋の中、テーブルにつきながら
に事情を説明した。ここには任務で訪れたわけではなく、弟であるギロロに会いにきた訳でもない。視察と言えば聞こえはいいが、本部からその命令も受けていないのだから、これはただのお節介というものだろう。いくつになっても弟だと思えば子ども扱いをし過ぎるところが自分にはあるようだ。
「それで、ギロロには会ったの?」 「…………会っては、いない」
言葉を交わしたわけではなく、視線があったわけでもない。こちらの気配にはまったく気付かず焚き火の様子を気にする弟を思い出して、頭が痛くなる。 俺が悩みだしたのを感じたのか、お茶を出しながら
がゆっくりと笑った。
「その様子じゃ、ギロロってば情けないところを見られちゃったんだね」 「…………あぁ」 「もしかして、夏美ちゃんと一緒だったんじゃない?」
まるでそうであることが手に取るようにわかると言った調子で、
が尋ねる。その言葉に頷けば、今度は苦笑にも似た声で笑った。
「あはは。じゃあ、しょうがないよ。ガルルは間が悪いときに来ちゃったみたい」 「仕方がない?戦場ではそんなことは通用せん!」
あまりにもほのぼのと
が話すものだから、思わずテーブルを叩いて反論した。まるで我々を恐れてもいないと言った態度を取る
にも、あちらの兵士と世間話をする弟にも、腹が立っていた。 ここはどこだ。我々に課せられた任務はなんだ。責任は誰にある。 テーブルについた拳をぎゅうと握りしめ、唇を噛んだ。
「我々の任務は、この星の侵略だ」 「そうだね。ギロロも同じこと言ってた」 「ではなぜ戦わない?!お前もだ!悠長に敵を招き入れるなど、死に直結するとは考えられないのか?!」
叫ぶままに、
に銃を構える。
は一瞬だけ向けられた凶器を見た後、こちらをまっすぐに見返した。殺伐とした殺気を漲らせ張り詰めた空気の中で、
はそれでも柔らかく微笑む。
「ガルルの言うとおり。よく知りもしない宇宙人を招きいれたわたしが悪い。殺されても文句は言えないね」 「…………そうだ」 「でもね、最初ガルルは撃たなかったじゃない。だから大丈夫だと思ったの。しかもギロロのお兄さんだから、余計に安心しちゃったって言うのもあるかも」
彼女の言うとおり、始めに会ったとき撃ってしまわなかったのはなぜだったのだろうか。自分の失態で発見され、あまつさえ潜伏中の同胞を知る彼女は危険人物であるはずだ。しかし自分は握手をし、自己紹介をして、彼女の部屋まで付いて事情を話した。
わかってはいないのは、どちらだと言うのだ。
ゆっくりと俺は銃を下ろした。それから彼女に背を向け、「悪い」とだけ謝る。 自分の不甲斐なさに苛立ち、行動の意味も感情の意味もわからずに持て余していた。それを
にぶつけ、理不尽に責めたのはなんと愚かだったのだろう。
「あ、あのね。ガルル、そんな落ち込まないで」 「…………」 「ギロロも良くやってると思うよ? あー、わたしが言っても全然説得力ないとは思うけどさ。でもあの中では一番積極的に侵略しようとしているし、ときどき怖いと思うときだってあるし…………。大抵、怖くないし可愛いし、馬鹿だけどさ」
貶したいのか、慰めたいのか。
は身振り手振りで必死にこちらに訴えかける。彼女自身はフォローしているつもりなのだろうが、小隊のダメっぷりを余さず披露しているのは明白だ。それでもいいところを話そうとするたびに「優しい」とか「義理堅い」とか、およそ敵側から聞く褒め言葉には相応しくない言葉の羅列が続き、ついに俺は噴き出した。 突然笑い出した俺に、
はぽかんとした口をあけてこちらを見る。
「ガルル…………?」 「いや、スマン。ただ、あまりにもな…………お前が、必死に話すものだから」
必死に、出来の悪い友人を親に紹介するみたいな顔で話すものだから。 こちらは実の弟が情けないやら、それでもこれだけフォローしてくれる友人を持ったことを褒めるべきなのかわからなくなる。昔から友人を作ることに長けている性格とは言えない弟であったから、彼女のような存在がこの星で出来たことは奇跡に近いのではないだろうか。
「そうか…………では、今回の評価は見送ろう。あいつには今後に期待する」 「あ、ホント?よかった!」 「あぁ。…………ギロロは、君に感謝せねばならんな」
少なくとも
に会わなければ、母星に帰還した自分は現状をありのままに報告していたことだろう。それで更迭や小隊が散り散りになってしまったとしても、それもあいつのためだと言い聞かせたに違いない。そんなことをすれば、新たに派遣された工作部隊が今度こそこの星を侵略していたことだろう。 間接的に、
はこの地球を守ったことになる。
「…………そろそろ、俺はお暇しよう。帰還の途中だからな」 「あ、もう? やっぱり、ギロロには会っていかないの…………?」 「会わんよ。会えばいらぬ小言を言ってしまうに決まっているからな」
立ち上がり、小型艦を遠隔操作に切り替えこの部屋に来るようセットする。窓際に寄り振り替えると、
が少し残念そうに俯いているのがわかった。
「…………
。一つ、頼みたいことがある」 「え?なに」 「今日、ここに来たことをギロロには黙っていてくれ。また子ども扱いしたと騒がれると面倒だ」
呆れたように頼めば、
も冗談を理解して笑って頷く。任務帰りに兄が弟の仕事ぶりを心配して覗きにきたなどと知れたら、ギロロは真っ赤になって怒り狂うのが目に見えている。それに
が巻き込まれることは避けてやりたかった。
「ね、また会えるかな?」
が、艦に乗り込もうとする俺の傍で聞いた。およそ敵に向ける言葉ではないことにまた苦笑が漏れたが、それに頷いている自分にも驚いた。
「あぁ、必ず」 「約束ね!ゆびきりげんまんしよ!」 「ゆび…………?」
意味のわからないこちらなどお構いなしに、
は自身の小指と俺の小指を絡めて歌を歌い始めた。
ゆーびきーりげーんまん、うそついたらはりせんぼんのーます!ゆーびきったぁ!
指が離され、
は会ったときと同じ笑顔で手を振った。 艦に乗り込み、地球から離れ、青く美しい球体を見る。彼女の体温の残る指先を見つめながら、やはりこの星は面白いと認識する自分がいることに気がついた。
「それにしても…………」
最後に歌った
の声が耳を離れない。
「恐ろしい歌を歌ったものだ」
針を飲まされる前に会いにいこうと、新たに出来た口実に俺は笑った。
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