程なくして二度目の再会を果たした俺たちの話は、一度目ほど劇的なものはない。
けれど一度目以上に
は俺をすんなりと出迎えた。学校帰り、待ち伏せしたとしか取られない場所で彼女を待つ俺は最初の一言がどうしても浮かばず悩んでいた。しかし
が訪れ目があった瞬間に、先ほどまでは二枚貝のように固く閉ざした口がすべらかに動くのだから不思議だ。まるで古い友人を訪ねたような文句を口にする俺に、彼女は「久しぶり」と笑った。離れていた時間のうちに忘れかけていた優しげな風貌が、また心の中に刻まれるのを感じながら俺は自分でも不器用だとわかる笑みを返す。
「ねぇ、ガルルはいつもどこにいるの」
数えて五度目の来訪のときだったろうか。
がそう聞いた。 地球に訪れた場合、大抵は
の部屋で過ごすことが多い。お忍びであったし、何より連絡もせずにギロロに見つかるのは少々不味い。何か上手い言い訳か口実があるのならば別だが、最近はギロロの様子を見にくるというよりは
に会いにくるようになってしまっているから余計に見つかるわけにはいかなかった。
「…………どうした?」 「ううん。ただ、気になって」
窓辺に寄りかかりながら、
が弱々しく笑う。いつもより、その声がいくらか沈んでいるのがわかったが詮索をするのも野暮だと思ってやめた。代わりに尋ねられた問いを精一杯考え込む。
「書類整理は大抵、ケロン軍本部だな。…………任務の場合はその都度違う。星々を行き交うことなどしょっちゅうだ」 「へぇ。いいなぁ………」
が、うっとりと続ける。けれど
の想像しているような「いいこと」など実際には起こりはしない。星々には戦うために赴き、支配するために力を振るう。スコープの先に誰かの未来を握りながら、それでも怯えることは許さず軍のために引き金を引く。そんな俺を彼女が見たらどう思うのだろう。非情だ冷徹だと仲間内では畏怖と尊敬を込めて言われたが、彼女からその言葉を聞くなんて考えるだけでぞっとした。
「行ってみるか?」 「…………え?」 「
は、自分の星さえ見たことがないのだろう」
返事を聞く前に連れ出したのは、彼女に拒否権を与えないためだった。 小型の宇宙艦に乗り込み
の安全を確認して飛び立ち、数分もすれば地球の軌道にのる。振り向けば、出発の瞬間から目を瞑りシートベルトを握りしめた
はまだ目を開いていなかった。そのあまりの怯えに苦笑し、宥めるように頭を撫でると、恐々と瞳を開ける。その瞳に、吸い込まれるような青が映った。
「…………きれい!!」
ここがどこか、などというものを忘れて
は叫んだ。窓の外、闇夜に浮かぶような青い星はどんな宝石よりも美しい。
は窓にへばりつき一心に地球を眺めた。雲が球体を囲む様や、青ばかりではない地表の部分、時折雲間に見える雷に、目を輝かせ子どものようにはしゃいだ。
はしばらくそうして地球を眺め、俺はそんな
を見ていた。
「ありがとう。ガルル」
一時間ほど地球を見つめ、
はようやく俺に向き合った。その様子に安堵し、俺は操縦桿を握りしめる。帰るのが勿体無いと
は駄々をこねたが、いつでも連れてきてやると言うと大人しくなった。名残惜しそうに眺める
は、よくみると微笑んでいた。
「本当に綺麗だった。ありがとう、ガルル」 「いや…………いい」
部屋に戻り帰り支度をする横で、
が宇宙での余韻を思い出すように言う。俺は座り込む
と同じ目線に立ちながらその髪を撫でた。
「戻ったようだな」 「え」 「最近、元気がなかったろう。大きなお世話かもしれないが」
柔らかい髪を撫でながら、俺は目をぱちくりさせる
に微笑んだ。
はここ最近目に見えて落ち込むことが増えているようだった。ついさっきまで笑っていたのに、目を離すと遠くを見つめ苦しそうにしている。無意識の行動なのかはわからないが、その表情があまりにも切なそうで消え入りそうに儚くて、こちらさえも苦しくなった。だからどうにか
を慰めてやりたかった。上手くやれたかは、彼女次第だが。
は大きくした瞳をゆるゆると細めて、困ったように微笑んだ。
「心配かけちゃった?」 「…………少しな」 「ごめんね。でも大丈夫だから…………それに、今日のこと、本当に嬉しい」
指を離し、
が心から笑っていることを確認する。こちらの心までも満たされるような微笑みに、逆に慰められたような錯覚を覚えた。彼女は人に優しい。
それから艦に乗り込み、
の部屋を後にした。ぼうと考え事をしているといつのまにか知らない場所に出てきており、俺は正気に戻ってから自嘲する。 彼女のことを考えているといつもそうだ。周りのことが疎かになる。 一度戻ろうと旋回し、ついでにギロロの様子でも上空から見てやろうかと日向家に向かう。そのときだった。
の部屋から、彼女の姿が見えた。窓から身を乗り出し何かを見ている。苦しげに、地球を愛おしげに見つめた瞳を悲しみに歪めて、
は見ていた。 それを見た瞬間に、怒りともつかない火が俺を満たした。何が彼女をあそこまで追い詰めているのか、その原因が腹立たしかった。憎かった。殺してしまってもいいと思うくらい、無くしたかった。けれど視線の先にあるものを見つけた瞬間に、息を飲んだ。
道を行くのは、紛れもなく自分の弟のギロロである。 その隣を歩くのは夏美と言う少女。
自分の顔が青ざめるのがわかった。
の視線の意味を、自分の驚愕の意味を、今更になって思い知った。彼女が苦しければ苦しいと感じ、喜ばせてやりたいと尽力し、追い詰める全てのものを破壊してやりたいと願った。その微笑みを自分に向けていてほしかった。 けれど、
の見つめる先にいたのは自分ではない。
遅すぎたのは自分の心か、出会いからの長さか。
への思いが愛しいばかりではなく、酷く歪んだのがわかった。
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