わたしが始めて宇宙人と出会ったとき、ケロロ達はまたかと言うような顔をした。 友人の家に遊びに行ったときのことだ。それは程よく晴れた日であって、けれど蜃気楼や幻の類を見るような天気ではなかった。だから招かれたリビングで言い争いをする二匹のカエルを見た瞬間、自分は立ったまま寝ているのかとそう思った。気候の変化でもなく、友人も疑わずに済む方法はそれしか思いつかなかった。 しかし、友人である夏美ちゃんはあっさりとその超常現象を認めて尚且つ謝った。 わたしはそれにも面食らいながら彼女にこってりと絞られる緑のカエルと赤いカエルを交互に見つめ、あぁこれはこれで可愛いかもしれないと思いなおした。
「ギロロは、夏美ちゃんのことが好きなのね」
いつか、たぶん知り合ってまもなく、わたしは縁側に座りながらそう言った。 そのとき夏美ちゃんは運よく出かけていて、わたしはお留守番も兼ねて彼とおしゃべりを楽しんでいた。慣れてしまえばカエルたちはそれぞれが個性的で魅力的だ。日常の会話はすべてコントだったし、見たこともない宇宙の話はもっと興味をそそられた。 一番警戒心が強かったギロロでさえやっと会話が可能となったとき、わたしはそう思い切って言ってみたのだ。 ギロロは、一瞬身を震わせて焚き火を突いていた棒をぎこちなく動かした。
「ななななななナっ、ナニヲイッテイル?」 「あはは。片言だよ。わかりやすいなぁ」
実際に彼はわかりやすかった。当の本人たちだけが地球で一番鈍感なのかもしれないと思うくらい、ギロロの思いは情熱のままに放出され、受け取られることなく持て余されている。触れば熱いと火傷してしまうんじゃないかと錯覚するくらい、彼の思いは無駄に熱ばかり持っている。だからわたしは時々それが眩しくて、火傷をするとわかっていても触れてみたくなったのだろう。
「ねぇ、わたしも恋がしたいな」 「は、はぁ?」 「理屈じゃなくて、ギロロみたいな………そうだ。約束してくれない?」
首を傾げる彼は先ほどの質問ですでに真っ赤だった。 わたしは余裕を見せて微笑んで、小指を差し出した。無言のわたしにつられる様に、ギロロは自分の指も持ち上げる。さっとその指先を絡め取ってしまえば、小さな彼ではすぐに逃げられるはずもなかった。
「わたしが恋をしたら、必ず応援してくれるって」
地球の風習なんて知らないギロロには、それは意味のないことかもしれなかったけれど、わたしはそのときとてもいい気分だった。例えば学校で未来の自分を想像した作文を書いているときのような、高揚とした両手一杯の幸せを数える瞬間だ。輝かしい未来へ進むための、それは布石だった。頭の中ではどこかの誰かに恋をするわたしを、ギロロが叱咤激励する姿が作り出されていた。なんとも都合のいい子どもじみた約束。考えることも、することも、計画性など自分が思っている十分の一もなかった。
「…………
?」
あれから、すぐにギロロのお兄さんに出会った。 紫の体色をしていたのだから見間違えるはずもなかったのだけれど、わたしはその背中に場違いな声をかけた。金色の目を持つ彼はギロロよりも真面目そうだった。堅物というよりは、正確に行うことを理想としているマシンみたいな几帳面さが漂っている人だと思う。
「なに、ギロロ」 「最近、お前は元気がないな」 「あはは。同じ事を他の人にも言われたよ」
ゆびきりをしたからかもしれないけれど、ガルルはわたしに会いに来てくれた。ギロロを見に来たついでではあったけれど、彼と過ごす時間は大切だった。 ガルルはこちらの聞き役に徹してくれるから、わたしはお喋りでもないくせに沢山話した。学校であったことも、そのほかのことも、親よりも彼のほうがわたしに詳しいんじゃないかと思うくらい打ち明け話もした。そしてそんな聞き上手な彼から、時折話される家族のことを聞くのがわたしはとても楽しみだった。特にギロロとの話が好きだ。兄弟喧嘩をして一緒に叱られたことや、買い物に行ってはぐれてしまい焦ったこと、お父さんの目を盗んで夜中に出かけた冒険譚など、彼はわかりやすく話してくれるから安心してワクワクしていられた。そう、なにも悩むことなどなかったのだ。
「……………原因は、なんだ?」 「相変わらずギロロは直球だね。同じ事を言ってくれた人は、もっと違うやり方で励ましてくれたのに」 「悪かったな。俺とソイツを比べるな」
いつしか生まれたこの感情は、いったいどこから吹き上げてきたのだろう。 だって知らない。こんな、焼けるような突き上げるような、それでいて手放したくない愛おしいものの名前なんて、わたしは知らない。意識して目で追う様にしては、いた。だってガルルと会った時、ギロロのことを少しでも話してあげたかった。彼の知らない弟の日常を、ダメな部分ばかりではいけないと軍人だって納得できるところを探した。そうしている内に、この感情が芽を出した。放ったらかしていたはずなのに、それはどんどん大きくなって心にしつこい蔦をはびこらせた。気付いたときにはもう、わたしはその蔦に絡められて出られなくなっていた。 出ようとすると、蔦にびっしりと生えた棘が刺さって痛い。顔が歪んで、上手に笑えなくなるのを自覚しながら、それでも優しい人たちは何も言わないでいてくれるからそれに甘えた。
「比べられるのは、イヤ?」 「当たり前だ」 「そっか。でも、比べる対象にすらならないよ」
どろどろに甘えた結果、わたしは傷口を癒せずに人に棘を刺して紛らわすことを選んでしまった。しかもこの人を、痛みの原因になった、ギロロだけを限定して辛らつな言葉を吐くようになった。こんな言葉を言うつもりじゃなかったのに、手の中に忍ばせた棘を知らぬうちに相手に向けている。そうして脳が攻撃中止の命令を出すよりも早く、わたしの棘は小さな傷をギロロの心につけてしまう。素早く確実に、小さな傷だけれど血は流れるように。 わたしは言ったあとで後悔して、けれど謝る事も出来ずにその場を去る。 振り返っては泣きそうになるから決して振り返らずに、わたしは日向家から一歩外にでる。息をとめて、吸ってしまえば醜い自分に耐えられなくなるように感じた。部屋に戻って息をついて、わたしはドアにもたれかかりながらようやく泣いた。
それから何度も何度も、なぜか彼の兄を思い浮かべて謝った。膝を抱えてうずくまれば、彼が来てくれるかもしれない、なんて淡い期待を抱いていたからかもしれない。
明日はきっと謝ろうと、幾度として守られたことのない誓いをわたしはたてた。
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