「最近、ガルル中尉おかしくないッスか?」 なるべく声を潜めて、タルルは自分の斜め前方でパソコンをいじるトロロに聞いた。 小隊に与えられた一室は、会議室とは続き部屋になっているフリールームだった。だからタルルはさっきから持ち込んだ用具で体を鍛えているし、トロロは自分のパソコンでわけのわからない世界の構築にいそしんでいた。二人以外の人物はその部屋にはいなかったので、なぜ声を潜めてタルルが自分に話しかけてきたかまったくわからない、とトロロは思う。 「はぁ?ナニ言ってるのサ」 「だから、ガルル中尉のことッスよ」 腹筋しながら、タルルが言う。腰に当てられた機械は、圧力をかけて筋肉をきたえるものらしい。冷房がゆるくかけられているはずなのに、タルルの額には暑苦しいほどの汗の粒が浮いていた。 「なぁんか、最近おかしい気がするんスよねぇ」 「………具体的に、どこがサ」 「ほら、この間だって、ガルル中尉が書類ミスしたじゃないスか」 タルルが言うには、あのガルル中尉が書類に不備をだすなんてことはあるわけがないらしい。トロロは彼の言葉に耳を傾けながらそこまで心酔しきっているのもどうかと苦笑いを浮かべる。盲目的にタルルは上司を崇拝しているのだ。ガルルだってミスもすれば、自分の上司に叱咤されることだってあるだろう。 けれどタルルは、それは違うと言って受け入れなかった。 「違うッスよ。とにかく中尉はぼうっとしてることが多くなったっつーか……」 「考えすぎじゃナイ? ボクには普通に見えるケド」 「トロロは鈍すぎッスよ!ぜったい、おかしいっす!」 腹筋から背筋に体勢を変えながら、タルルは叫ぶ。トロロは心底どうでもいいという感じに、頬杖をついて彼を見た。暑苦しいことこの上ない状況に、キーをうつのも面倒になる。 タルルはそれからも、ガルルの奇怪な行動についてまくしたてた。同じ武器の手入れをしていたり、パソコンをつけてもまったく指を動かそうとしなかったり、かと思えば看護室に駆け込んだりしたりするのだという。 「看護室?」 「そうッス。もしかしたら中尉はどこか悪いんじゃ……!」 「それはないわよ。タルル」 背筋をしながら、一人あわあわとし始めたタルルに柔らかい声がかぶさった。二人が振り向くと、プルル看護長が立っている。扉をあけた音もしなかったので、彼女がいつ入ってきたかわからなかった。 プルルは書類を抱えたまま、二人の間を通って自分の机に座った。 「それはないって、どういうことッスか。プルル看護長」 「そのままの意味。中尉の体のどこにも異常はないわ」 あたしが受け持ってるんですから、とプルルは胸を張る。確かに彼女が小隊の健康を担っていると言ってもいい。トロロの不健康そのものの食生活を(無理やり)改善しているのも彼女だったし、ゾルルのメンテナンスを(これでもかというほど)手伝っているのも彼女だった。 その彼女が言うのだから、本当にガルル中尉は大丈夫なのだろう。 「でもじゃあ、なんで………」 「うーん。ガルル中尉でも、いっぱいいっぱいになることくらいあるんじゃないかしら」 「あの中尉がいっぱいいっぱい……?」 あまりにも似合わない言葉に、タルルが思い切り顔を歪める。完全無比な上司にできないことはないと信じきっているのだ。トロロは本当に呆れて、ため息をついた。 「あのネェ、ガルルだってたまにはミスだってするし、余裕がなくなるときだってあるんじゃないノ」 「トロロ………でも、中尉が余裕ないなんて…………あ」 思い出した、という顔をしてタルルは勢いよく立ち上がった。 「さんのことかもしれないッス!中尉が余裕なくなるなんて、あの人のことしかないッスもんね!」 「………? まぁ、そうかもしれないケド」 タルルが中尉に心酔しているように、ガルルはに惚れこんでいた。周囲の誰が見てもわかるほどの愛し合いっぷりだ。結婚する前からそうであろうことを予想していたトロロでさえ、驚くほどの溺愛ぶりだと言っていい。愛妻家という域を超えてしまっているんじゃないかとさえ、思う。 くすくす、と小さな笑い声がして、二人が視線をくれるとプルルが笑っていた。 「半分正解よ。タルル」 「そうなんスか! でもさんが病気とかじゃ………」 「そうじゃないの。ただ、彼女は今ガルル中尉のご実家にいるから………」 プルルがすべてを言い終える前に、扉が勢いよく開けられた。びっくりしてそちらを向くとガルル中尉が立っている。冷静だけれどどこかいつもと違う雰囲気で。 「プルル看護長! ここにいたのか、探した。聞きたいことがあるんだ」 「はい、中尉」 二人には目もくれず、ガルルは自分の部屋に来るようプルルに言い渡した。プルルは肩をすくめて二人に微笑んだあと、その部屋から出て行く。 残された二人は呆然とプルルの残していった言葉と確かに可笑しいガルル中尉のことを考えていた。それから二人とも同じ感じの答えが定まって、顔を見合わせる。 「まさか………べ、別居ってことはないッスよね」 「いや…ボクに聞かれても」 「……最悪の場合、離婚とか………」 「そんなことになったらガルルは確実に壊れるデショ」 「そ、そうッスよねぇ」 がガルルから離れるなんて考えたくもない、というふうに、二人とも頷きあった。 |
不自然なことが、
幸福に繋がればいい
(08.08.31)