ひとりの時間は、苦痛以外のなにものでもなかった。昔のことや、これからのことがどんどん頭の中に溢れて止まらずに、知らず青ざめていく。ガルルに出会ってからというもの、こんなふうに自分が弱くなることを予想していなかった。彼の傍より安全な場所はないと思えたし、事実彼は全身全霊をこめてわたしを慈しみ愛してくれている。だから、わたしがいちいち不安に駆られるのは今が幸せすぎるからだと思った。幸せで、今が大切で、経験上幸せというものが長く続かないものだと知っているわたしは無くすことが怖いのだ。とても、とても怖い。


『どうして、助けになんて来たの』


瞳をつむった先で、彼女はわたしに言った。あの日、ドロロを殺そうとした暗殺者の彼女を助けたときに、お礼よりも先に言われた言葉だった。わたしは自分の手にある懐かしい武器の類を握り締め、そのどれもが手入れの行き届いていることに、少し安堵していた。
刃こぼれひとつしていないナイフを収めて、今しがた壊滅させたアジトを足早に去りながら、隣を歩く彼女はとても不思議そうにを見る。
なぜ? なぜなんて、どうして聞くのだろう。
わたしは助けに行きたかったから、向かったのだ。それ以上でも、以下でもない。


「どうした?」


回想の中にどっぷりと嵌っていたわたしは、その声が現実のものなのか一瞬判断しかねた。けれど顔を上げれば見慣れてしまったその人がそこにいる。


「あぁ、お養父さん」


赤い体のガルルの父は、わたしのことを気にいってくれている。彼らの父親の素晴らしい部分は自分の思ったことを包み隠さず、それでいて核心をはずさずに語ってくれるところだった。わたしはガルルの父親に救われている。父親というものを初めて感じていたせいかもしれない。


「何か、考えてたのか」
「……………すこし」
「あの暗殺者のことか?」


言い当てられて、わたしは驚いた。彼らの父親はわたしがまばたきを繰り返すのを満足そうに見やる。


「あたりか」
「は、い。でもどうして」
「昔の商売道具を大事そうに抱えてりゃあなぁ」


言われて、自分がナイフの手入れをしていたことを思い出した。持っていることさえ忘れかけていたが、彼女を援助に向かった際に使ったので、見ておこうと取り出していたのだ。
あぁ、そうか。このナイフにはさまざまなことが詰まっているから、記憶があふれ出してきたのかもしれない。


「…………お前さんのいいところは、理由をきちんと見定めようとするところだな」
「え?」
「本当の殺し屋は理由なんて必要ない。考えるお前さんは根っこが優しいんだろ。だが、当の本人つーのはいつも客観性が欠けてるもんだ」


ガルルの父親はヒザを立てて座って、わたしを見ている。双眸がぎらぎらと輝いている人だ。この人を怒らせたら怖いと思うし、ずっと見つめられていたいと思う。今すぐにでも武器を持って戦えることができる人だとも。


「お前さんが何故、あの暗殺者の嬢ちゃんを助けに向かったのか教えてやる」
「?」
「お前さんは、自分を助けに行ったんだよ」


お養父さんは、そう言ってくつくつと笑った。その笑い声はガルルのものと似ていたけれど、とても深みのある笑い方だった。
わたしは、わたしを助けに行ったのだろうか。彼女の生い立ちに自分を重ねて、同情にも似た気持ちで助けたのだろうか。確かに似ているとは思ったし、助けなくてはと思ったのだが、そんなふうに自己満足な理由だったのだろうか。それとも、彼女が幸せになることが自分の幸せを崩させない方法だとでも思ったのか。
けれどお養父さんの言葉にわたしのもやもやはすとんと収まってしまって、もうそこから動こうとはしなかった。彼女の幸せは、今でもじくじくと傷になっているわたしの過去を癒すための治療方法だったのだ。あぁ、それはなんていうエゴだろう。


、それが悪いなんて誰も言っちゃあいない。過去と決別するなんざ、もっと年くったあとの話だ。お前さんはそのまま進め」
「……………お養父さん」
「あぁ、まぁ、それだけだ。そろそろ馬鹿息子がきやがるな」


少し照れた顔をして、ふと視線をさまよわせた彼らの父親が、にはとても可愛らしく見えた。が「お養父さん」と呼ぶことに未だに慣れず、けれど慣れないことを楽しんでいるふうでもあるのが、にはとても心安く嬉しいことだった。
遠くで呼び鈴も押さずにドアが乱暴に開けられる音がする。きっとガルルだ。わたしとお養父さんは顔を見あせて笑い、一部屋一部屋確かめて進んでくる足音を聞いていた。
しまいにはわたしの名前を呼び始めたガルルに、「馬鹿息子が」と彼が嬉しそうに零したのを、わたしは忘れないでいようと思う。


















心に踏み込んでもらえるということ



(08.08.31)