恋愛なんて、一時的なものだと思っていた。大人にも子供にもなりきれていない未熟なわたしには将来の約束は絵空事であって現実をともなうはずもなく、別れなんてものは訪れてしかるべきものなのだ。好きだよ、なんて甘い言葉を意味も無く呟く女も男もそのほかの人たちも、なんだか頭の軽いボーフラのように思えてしまう。 だから、わたしは恋なんてものをしないと決めていた。そんなものは大人になってからで充分だ。大人になって、愛する人を支えられるだけの力を身につけて確実に幸せになれると確信できるまで恋はしない。 それなのに。
「
殿?」
決めていたのに、それなのに。 どうしてだろう、こんなにも理解不能な感情がわたしを包んで離さない。声をかけられるだけで熱くなる頬も、会話に集中できなくなる脳みそも、高鳴る鼓動も理解できない。 ただ溢れ出そうとするのは、暖かい心。
「なに、ケロロ」 「いや、なんか目が虚ろでありますよ?熱でも」 「ないよ。大丈夫」 「解答はやっ。もうちょっとコミュニケーションを大事にしてよ〜」
わたしを見つめるその瞳が直視できない。笑う気配は、柔らかそうな唇の端が上がったことでわかる。区切られたような狭い空間に、彼と二人でいるような錯覚が起こる。いや、それはただの願望だったのだろうか。
「ね、
殿?」
あいかわらず目をあわせないわたしにまったく構わずに話しかけるケロロの声音は優しい。羽よりも軽く、春風よりも暖かい。そんなことを思っていると彼に知れたら、笑われるだろうか。 恋愛なんて、一時期の気の迷いだと思っていたのに。
「なに?」
包み込んで離さない空間が、甘い幸せな空間がわたしを捕らえて離さない。ケロロはいつも通りなのに、わたしもいつも通りなのに。わたしの望んだ答えをもらうには彼は遠すぎていけない。突きつけてしまいたいわたしの思いは口には出せない。困る彼を見たくない。 この時間でさえ、わたしには至福であるというのに。
「
殿。今度、二人でどっか行かない?」 「………なんで」 「なんでも何も。ちょっとは外に出たほうがいいでありますよ〜」 「大きなお世話。いいわよ、外なんて出なくても………」 「いいわけないでしょー!あのね、そんなことばっか言ってると病気になっちゃうでありますよ?!それでそれで苦しくてしょうがなくて我輩もめちゃめちゃ心配しちゃって、ギロロにケルベロスの肝取ってこいとか命令しちゃうよ?!」
わけがわからない逆ギレにわたしはケロロの小さな手で肩を揺すられながら、どうにもならない頭の中をどうにも出来ずにいた。整理できない。わたしの可愛くない言葉の数々を飛び越えて差し伸べられた手。そのたった一言でわたしは救われてしまう。情けなくて泣きたいのに、笑ってしまうのはやっぱり彼がいるからだ。
多分わたしが病気になったらケロロは看病してくれるんだろう。 ギロロは大変だし、クルルは薬を作らなきゃいけないし、ドロロは八つ当たりされてしまうんだろう。 あぁ、なんて素敵な日常。そんな日が来るのなら!
「
殿!聞いているのでありますか?!」
わたしは頭の軽いボーフラになったって構わないよ。
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