我輩が当たり前のように享受した、 あのころはまるで楽園だった。
朝早く目が覚めて、どうにも自分の体が冷め切っているのに気付いた。寒くて仕方がない。毛布が二枚ベッドの下に落ちていて、自分の寝相の悪さに呆れる。夜中暑くて跳ね除けたのだろう。まったく後のことを考えてほしいものだと、自分のことながらうんざりする。 ベッドを出て、震える足で窓に向かった。カーテン越しにうっすらと漏れる朝日に目を細める。もう十月だと頭の中で日付を探って、あぁもう十月も終わるのだと時間のめぐりにぐったりとした。ついこの前まで夏の開放的な陽射しの中にいたというのに、今自分はこんなにも冷たい部屋の中にいる。それは現実的で仕方のない差なのに、なぜか寂しかった。
暖かい毛布を引きずり、寒さを紛らわせるように体に巻きつけた。あまりにも寒い。どうしてかわからないけれど、ここはとても寒い。心の芯から、指の先までまるで熱を失ってしまったようだ。カーテンの先をめくったらきっと日向家の庭が見える。朝日を浴びてキラキラ光る懐かしさの漂う家。赤い屋根。白い外壁。ギロロはテントの中で寒い思いをしているんだろう。こんな朝だ。毛布に包まり軍用の暖をとって、縮こまり震えているに違いない。そう思うと少し笑えた。何の音もしない部屋は寂しすぎていけない。だけれどもうすぐ、朝の営みが始まるだろう。
夏美殿がまっ先に起きだし、朝食の用意をし始める。 ギロロは焚き火でも付けるだろうか。(意地を張らずに中に入ればいいものを) 冬樹殿はこの寒さだ。きっと目覚ましの音にごねるだろう。 そうしてきっと、夏美殿がわざわざ布団を剥がしに行くのだ。
最後に我輩が、笑ってテーブルに着く。
夏美殿は驚くだろう。冬樹殿は褒めてくれるだろう。 そこでやっと朝日を浴びるのだ。すべての歯車が上手く廻って、ようやく我輩は動き始める。用意された暖かい人々の中で、この寒い部屋を抜け出して、我輩はようやく息をつく。目を開き、足を動かし、まだ寝ぼけたような頭を回転させる。
そうして全てが整ったなら、やっと、やっと君に会いに行くのだ。
「…………ケロロ?」
静かに部屋の扉が開いた。隙間から赤い色が飛び込んで、すぐに誰かを知らせる。 ギロロはベッドにいない我輩に少なからず驚いたようだった。
「何してるんだ?こんな朝早く」 「…………」 「部屋の気温も設定しないで…………。もうここは、ケロンなんだぞ」
まったく空気の読めない赤ダルマだった。彼はたった一言で人がせっかく守り続けてきたものをあっさりと打ち砕いてしまった。感傷に押しつぶされる。重たい空気に立ち上がれない。のしかかる重圧が手のひらに戻ってくるような感覚。大切だったものを、突然に奪われ失くされた喪失感が目の前を暗くする。
知っていた。わかっていた。でも理解したくなかった。
笑えない現実が君に逢えない距離を物語る。
これは仕方のない未来だった?笑わせるな。こんな未来は望んじゃいない。望む人の笑い声さえ聞こえない、見えない、触れない。そんな現実を本当に望んでいたと思うのか。こんなものは地獄でしかない。責任に負けた現実という名の鉄格子を嵌められた、出られることのない無限地獄。
あぁ、君に、君に逢いたい。
「
殿…………」
(そうだ。日向家の我輩の部屋に、窓はなかった)
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