「まったく!信じられないわ!」
わたしの友達が大声で騒ぐ。それを横目にわたしは紅茶をすすった。あまりにも予想したように驚く友人も、ちょうど良く焼けたクッキーも、全てが予定調和の出来事だった。ただ少し話し込んでしまったから紅茶の色が濃い。冷めたらきっと苦くなるから、早めに飲んでしまわけなければ、と思う。
「ねぇ、本当に本当に、それでいいの?!」
カップを傾けたままのわたしにすがり付く。琥珀色の液体が左右に揺れる。それを見ながらわたしはため息をついた。彼女がわたしにそう聞くのは毎度のことだった。そうしてわたしの答えも決まっている。
「いいのよ。プルル」 「…………
」 「いいのよ。わたしは寂しくなんてないから」
嘘を吐くのも、わたしたちの会話の一つになっていた。 わたしはカップをソーサーに戻し、ゆっくりと目の前の友人に微笑む。彼女はわたしの古くからの友達だ。だからこの嘘もわたしの強がりも、きっともう気付いているのだろう。けれど彼女はわたしの守りたいものをわかっているから、それ以上踏み込もうとはしない。静かに見守り、背中を押すように言葉を選びながら本当にいいのかと尋ね続ける。
「ねぇ、
」 「うん」 「ケロロ君は…………本当に帰ってくるつもり、あるの?」
戸惑いがちに聞かれた言葉にわたしは彼女と目をあわせる。プルルが核心に触れることを聞いたのは、これが初めてだった。彼女はガルル小隊に編入したと聞いたから、きっと何かしら情報は掴んでいるのだろう。掴んでいるからこそ、理不尽だとわたしに伝えるのだ。不安な瞳はわたしを気遣い、彼女の怒りは彼へと向かう。
ケロロが地球侵略の任務についてから、もう随分年月が過ぎていた。
「さぁ。帰ってきたくなったら来るんじゃない?」 「さぁって…………それでいいの?」 「…………いいも何も、任務は任務だもの。片付かなければ帰れないし、隊長だけ戻ってくるわけにもいかないでしょう」 「そ、それはそうだけど!」
「だって、自分の彼女をほったらかしなんて、酷いじゃない!」
勢いあまって立ちあがったプルルは、拳を握ってわたしに力説する。正しいことを言っているのは彼女だった。世間一般の理想論。恋人たちは寄り添いあうことが大切で、思いは一時間の電話では収まらず、相手の行動パターンは家族よりも理解している。(今何してる?なんて、聞かなくてもわかるような)けれどそんなものにわたしたちは当てはまらない。
例えばわたしの彼氏だけれど、地球侵略の任務についてからというもの音沙汰がない。はじめは死んだかと思った。本部は見捨てだのだと撤退の理由を述べていた。けれど生きていて、小隊もみんな無事で、軍の発表によれば「723」という恐ろしい敵と交戦中だという。正直ほっとした。生きていることが嬉しかった。けれどやっぱりわたし宛の手紙やメールや電報は一通も届かない。待つだけで過ぎてしまった時間は、気付けばかなりの年月であった。季節にすれば三度、わたしは一人で桜を見たことになる。
「手紙くらい書けるでしょう? ギロロ君はお正月だって帰ってきたし、仕送りだってしてるわ!」 「ケロロの散財能力は知っているでしょ。彼にお金を貯めるなんて芸当できるわけがないわ。お正月は…………そうね、きっと寝過ごしたのよ」 「それでもおかしい!だってそれを納得したら、
が報われないわ!」
首が千切れそうなくらい頭を振る。パタパタと、ピンク色が揺れた。同時に地団駄を踏むように手足を動かすけれど、その足音はピコピコと軽いから笑ってしまう。可愛らしいわたしの友人。軍人であることがときどき信じられなくなるくらい、平和な日常をわたしに要求する。激戦地区で戦い抜いても見たくもない汚い策略に落ちても、彼女はわたしに白くて暖かいものに包まっていろと優しく諭す。それが当たり前であるのだと言うように。
「ねぇ、プルル」 「…………なに」 「わたしは本当に、大丈夫だから」 「でも」 「それにね…………ケロロはあれでいいのよ」
そっと、零すように呟く。彼はあれでよかったのだ。わたしの彼氏でプルルの古い友人は、今の状態が最上なのだ。それをわたしも彼女も知っている。けれどその平和はやっぱりどこかでひび割れていて、亀裂を生んで不満を呼び起こす。だからプルルはわたしに聞くのだ。 本当にこれでいいのか、と。
「ねぇ、覚えてる?プルル」
彼女はいつも間違わない。間違っているのは、わたしとケロロだ。
「彼、任務が終わると真っ先にわたしに会いにきてくれた。何故かわかる?」 「え?…………それは」 「わたしに会いたかったからじゃないわ。恋人だから、でもない」
彼が一目散にわたしの部屋に来てくれた理由なんて、わたしとケロロ以外は誰にも知られなくて良かった。ただわたしはそこにいて、乱暴に開けられるドアの音に耳を澄ませる。興奮気味な足音、ピコピコとこの上もなく高く響く。やがてわたしを見つけた彼に「おかえり」と笑う。そのわたしの顔も見ずに、彼はわたしをただ抱きしめた。力いっぱい、わたしの体などお構いなしに、骨の軋む音もわたしの訴えも聞こえない彼はただ強く抱きしめる。
「あれは、ケロロが壊れないための行為だから」 「壊れる?」 「そう、彼は、この星ではあまりにも生きにくかった」
彼を追い詰めたものをわたしは知らない。震える腕も、その腕に抗えない自分も、きっと破綻していた。彼の日常を保つために彼はわたしに一生懸命触れていた。彼自身の日常を取り戻すためにわたしは必要だった。こんな愛の形は、プルルの望むものではない。 それでも一緒に居たのはわたしが彼と一緒にいることに幸せを感じていたからだ。どちらも自分たちの幸せを願っていたし望んでいた。幼すぎたのだと、今ならわかるけれど。
「だから、これでいいのよ」
届かない便りはあなたが壊れていない証。
これほど嬉しいものはない。
プルルに微笑む。信じていないわけではなく、疑っているわけでもない。ましてやわたしは自分を不幸だと呪うわけでも、彼に幸せにしてほしいと願う少女でもない。あなたが望むまま、そこにいたらいい。ひび割れた絆はいつか修復できる。わたしたちの関係も、諦めなければそこに未来がある。
窓を覗けば、空には満点の星空。 いつか会う日が来たら、わたしはあなたに笑顔で聞くのだ。
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