「何がいけなかったんでしょう」
彼女は、本当にわけがわからない、といったようにため息をついた。頬杖をついて、窓の外を見上げる姿は女性そのものだ。いや、女性なのだけれど、それを彼女の役職に当てはめるとどうにも考えさせられてしまう。
「ゼロロ兵長はどう思われますか?」 「え、えと、何が?」 「さっきのわたしの対応です」
答えたくないから言葉を濁したつもりだったのだが、そんなことお構いなしに彼女は問題の核心を突いた。僕はどう答えたものかと曖昧に笑って、少し考えたあと「お茶、飲む?」と返した。けれどそんな僕の逃げ腰に対して彼女は怒るわけでもなく、「じゃあ、わたしが淹れます」と自ら立ち上がった。あぁ、困ったな。考える時間を与えられてしまった。
「ギロロ伍長の心配はわかるんですよ。ケロロさんにも言われてましたし」 「うん」 「女の突撃兵が異例なことだって充分わかってますし?なにより戦場で一緒に戦うギロロ伍長が不安になるんだってことも、承知してんですよ。わたしは」
おや? 部屋の隅に備え付けられたポットにからお湯をそそぐ音が静かに響く。その中で
の声は不機嫌気味に吐き出されていた。ところどころに、敬語とは明らかに違う単語が混じっているが彼女はどうやら気付いていない。
「でも、ギロロ伍長は実力を重んじる人だって聞いてたからわざわざシュミレーションだってやったのに、どうしてそれがまた怒られる原因になるんですかね?」 「はぁ」 「それともアレですか。全部殴り倒したのが気に入らなかったんですか。他の子みたいに口から光線とか目からビームとか出なきゃ務まらないんですか」 「え、と」 「いや、蹴り倒したのもまずかった?女は家を守ってろーってタイプには見えなかったんだけどなぁ。あ、ゼロロ兵長、コーヒーでいいですか?」 「うん…………」 「先に聞けばよかったですね。もう淹れちゃってたんで。はい、どうぞ」
会話がめまぐるしくてついていけなかった。 カップを受け取りながら、隣に腰掛けた
はまだ不機嫌なようだ。彼女の言うとおり、
が女だと言うことに食って掛かったギロロは実力を見定めてやるとシュミレーションルームへ直行。しかしなんなくシュミレーションを終えてしまった
に(しかも満点で!)また怒りの矛先を見失い、今はケロロに直訴しているはずだった。 そうしてクルルは揉め事には加わらないとばかりに彼のラボへ戻ってしまうから、取り残された
を一人にするわけにもいかず、自分が一緒にいることになってしまった。
「ギロロ君は、まだ戸惑っているだけだと思うよ。ほら、僕たち女の子だって聞かされてなかったし………」 「あぁ、そうですよね。ケロロさんが言ってました。『赤ダルマが五月蝿いだろうから、直前までだまっとく』って」 「そ、そうなんだ………」
ケロロはわかってやっていたのか、となんだか寂しいものを感じながらゼロロはうな垂れた。ふわりと珈琲のいい香りがする。香ばしい。
はそれを一口飲んでから、またため息を零した。
「ゼロロ兵長は嫌ですか?」
カップに口をつけようとしたところで声をかけられて、ゼロロは驚いて顔をあげる。 隣に座る横顔は今までの不機嫌さは取り払われていたけれど、今度は寂しそうだった。まるでそこらへんにいる少女のように、泣き出しそうというよりは拗ねた感じだ。
「女が、戦場に出て戦うのって嫌ですか?殴ったり、倒したり、そういうのって幻滅しますか?」 「…………」 「オマケに、言葉遣いだって悪いんですよ。でも女だからって理由で嫌われたらどうしようもないし。ゼロロ兵長は、駄目ですか?仲間として、見られませんか?」
カップを両手で握り締めた彼女は、俯きがちに尋ねる。先ほどの元気はどこにいってしまったんだという落ち込みように、僕は焦った。女の子が泣いたときの対処方法なんて軍では習わないから知らないし、慰め方に自信がない。
「ぼ、僕はいいと思うよ。アサシンにだって、女の子はいたし」 「アサシンは特別職ですもん。才能とか能力がなきゃ駄目です。でも突撃兵が必要なのは力だけだし―――……」 「力だけじゃ駄目だよ。その、勇気はどこより必要だろうし……。女の子がやるのは、やっぱり危ないと思うけど、でも、僕が出来る範囲は守るから。ギロロ君が慣れるのは時間がかかるかもしれないけれど、それでも女の子だからって差別するほど心が狭いわけじゃない。えぇ、と。だからね」
言葉が尻すぼみに小さくなる。ソーサーに置かれたカップを見ながら、どうにも上手く言えない言葉に苛立った。待ちに待った突撃兵が女性だったことには驚いたけれど、(その女性がシュミレーションの敵を殴り倒したのはもっと驚いたけれど)、彼女自身は正直そうだし嫌いではなかった。むしろまっすぐに悩む様は素直で可愛らしい そんな言葉をかけてあげたいのにどうにも上手くできない僕の隣で、笑い声がした。
「
ちゃん?」 「あ、いえ。ごめんなさい。でも、なんだかゼロロ兵長可愛いから」
クスクスと小さく笑う彼女の横で、きっと僕は馬鹿みたいに顔が赤いんだろう。 可愛いなんて言われたことアサシンになってからは一度もなかったし、彼女の微笑があの戦闘が嘘だと思えるくらい軽くて綺麗だったから、どう対応していいかわからなかった。
はもう一度、「ごめんなさい」と言うと、椅子から立ち上がった。
「とりあえず、頑張ってみることにします」 「え、あ、うん」 「でもゼロロ兵長にまで嫌われなくてよかったー。あ、また一緒にお茶しましょうね?」
自分の分のカップを下げながら、
が笑う。快活ではなく、朗らかに。 僕は返事が出来なくて、すっかり冷めてしまったカップを持ち上げた。何かしなければ、そのまま彼女のペースにハマってしまうと思った。けれど一口含んだ途端に、彼女は聞いたこともない明るい声で追い討ちをかけてくる。
「アサシンのトップに守られるなんて、わたし無敵ですね!」
今度こそ本当に、僕は真っ赤になっただろう。
(06.11.16)
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