特殊先行工作部隊。いわゆる、先遣隊で鉄砲玉なことをやらされるのが主だが、言ってしまえば何でも屋のような気がするこの部隊の隊長になったときは本当に嬉しかった。ありとあらゆる手を使って、旧友であるギロロとゼロロを仲間にするために奔走した。上層部で揉めていた天才クルルがこの部隊に入ったのも、無理をやったツケというやつだ。誰もが嫌がった彼だが、我輩には何がそんなに嫌悪に値するのかわからない。確かに扱いづらいが天才だ。実力がある。それは認めるべきだと思う。そう、だから彼女もここで頑張れると思ったのだ。
「…………クーックックッ。隊長。敵さん、完全に沈黙したぜェ」 「そうでありますか」
巨大画面の並ぶ、簡易オペレーター室でクルルが無感動に戦局を伝えた。けれど伝えてもらわなくてもこれだけはっきりと画面に出ていれば理解できる。モニターの中、そこに立っているのは
とギロロの二人だけ。他の敵は倒れているのかどうなったのかなどわからないが、とにかく二人だけが立ちすくんでいた。(ドロロ兵長は画面の隅にも写っちゃいない)よくよく見ればなにやら言い争っているようにも見えるが、そこはスルーしよう。
「あー、ギロロ伍長?
新兵?とりあえず、帰っておいでー」
聞こえているかどうかは定かではないけれど、自分の仕事とばかりにマイクに向かった。
「あーもー!なんっっでギロロ伍長はあーなんです?!」
扉が乱暴に開けられて、ケロロはやっぱりきたかと頭を抱えた。
が仲間になりようやく部隊として始動し始めてから、三つ目の任務だった。友軍の進軍ルートの確保は程なく完了し、任務的には二重丸で終わってもいいのだが、うちの機動歩兵と突撃兵はいかんせん仲が悪い。そうして任務のたびに、
は愚痴を零しに隊長室へやってくる。(まぁこれも隊長の任務かもしれないんで、耐えるのが仕事なのでありますが)
「どーして、あーも口うるさく出来るんです?敵の蹴散らし方が上手くいかなかったのは事実ですよ。それは認めますよ。でもちゃんと道は確保しましたし、あっちの部隊は全滅じゃないですか!」 「あーうん、そうネー」 「先走りすぎって言いますけどね!どっからどこまでそーなんだっつーんですか。戦場に白線でも引きますか?こっからは行くなって言われれば行きませんよ。出来ないでしょうけど!!」 「そーれはー無理だねー」 「それともわたしはギロロ伍長の銃撃の邪魔ですか!そうですよね。小バエのように邪魔でしょうとも!!」 「んー。そーかもネー」 「だったら撃ってくれりゃーいーんですよ!避けてみせますもん!」
ガッツポーズで天井に向かって叫ぶ
はそこかしこに傷を作っているのにお構いなしだ。我輩はそれをいつもの調子でやり過ごしながら、ごそごそと救急箱を用意する。包帯とガーゼ、消毒液。子供ころに慣れ親しんだそれを持ちながら、ほらほらと
を手招きする。
「わたしもなんか武器持とうかなー!」 「
はそんなもん持たなくても充分強いでありますよ」 「やぁーもぉー……って、ケロロさんいいですよ!わたし自分でやりますから!」 「はいはい。ちょっと黙ってー。ほら。隊長命令でありますよ。そこ座る」
有無を言わせず、人差し指をびしりと下げる。
はそれでも抵抗して、うーとかあーとか言っていたがそれでも最後には座って我輩を見上げた。それに満足して、ソファに座る
に跪くように片足を折る。
「上着は脱いでねー。つか、あんな最前線でよくこれだけの傷で済んでいるでありますな」 「ケロンの軍服は薄くて丈夫ですから。てか、鉛通さないし、殴られても痛くないですし、ナイフなんて肌まで通らないし。すっごいですよ。これ欲しい」 「
のでしょ、それ。まったく今日の任務も激しかったでありますなぁ」 「しょうがないですよ。それがお仕事だし」 「ちがうでありますよー。ギロロと
の喧嘩がね」 「うっ…………ひ、否定はしません。でも」
戦場と比べられてもなぁ。
包帯を腕にくるくると巻きつけながら、彼女の腕だけを見つめ続ける。多分、上を向けば彼女は少し罰が悪そうにして、でも少しだけ嬉しそうなんだろう。実際、ギロロと
の間に穏やかな会話は一切ないが、それでも相手を心底嫌っているわけではないことがわかる。お互いの力を知っているからこその反発だ。ドロロは二人の喧嘩に決して割って入ろうとはしないし、クルル笑って見守って(観察して)いる。 いい傾向だと言える。なんだか腑に落ちない点があるけれど。
「わ、わかってはいるんですよ…………?」 「何がでありますか」
会話が途切れて十秒ほど、
の方から切り出した。沈黙が苦手な彼女は、どうにかして会話の糸口を掴もうとする。それを知っていて黙っている我輩も、意地が悪いと思うけど。
「わたしがこんな怪我で済んでるのはどうしてか。ギロロ伍長のサポートは適格だし、ドロロ兵長は防御の弱いところを教えてくれますし、クルル曹長だってぱぱーっと…………よくわからないけれど凄いことだけは、わかりますし」 「んー」 「でも先走っちゃうのも、どうにも出来なくて…………。だって、やれるところまではやらなきゃって、そう思っちゃうから…………」 「そーねー」 「でもそれで、やっぱりギロロ伍長の邪魔にはなっちゃうし。なんか、駄目ですね」 「んー」
両腕の包帯を巻き終わり、よっこらせと立ち上がる。親父臭いですよ、と
が笑った。
「いーんでありますよ。我輩、オジサンだしぃ」 「ケロロさんなら、素敵なおじ様になれそうですね」
救急箱をしまいながら、ため息をつきたくなる。
は我輩が拗ねていることにはいつも気付かない。他のやつが、例えばギロロの機嫌とかドロロのトラウマ具合とかクルルの笑い声の種類とかはわかるくせに、どうしてか我輩の機微には疎い。さっきだって我輩は生返事なのに、
は自分の本音をちゃんと話してくれる。それこそギロロにもドロロにもクルルにだって言ったことのないようなことを言ってくれる。でもそれにはいつもいつもいつも、我輩のことは含まれていない。 なんだかそれに腹が立つから、嬉しいのにどうも行動が伴わないのだ。
「ケロロさん」 「なんでありますか?我輩、報告書書くからもう愚痴には付き合ってあげられないでありますよー」 「あ、ごめんなさい。でも、これ」
振り向くと、
が自分の腕を大切そうに抱いていた。健康そうな肌に浮かぶ真っ白な包帯が、眩しい。
「これ、ありがとうございます。大事にしますから」
まるで贈り物をもらったように喜んで頭を下げる。その光景にちょっとした痛みを覚えつつ、でもこれから弁解するのも可笑しな気がして我輩はやっぱり生返事しか返せなかった。「じゃあ失礼します」と
が明るく言う。我輩の心とは裏腹に、ここに来たときとは180度違う表情で去る
。駄目だ、と心のどこかで誰かが言った。
「
!」 「え?」
扉を半分開けた
が振り向いた。焦ったような自分の声とは違う、落ち着いた声で「なんですか」と首を傾げてる彼女。何を言えばいいのかわからずに、でも無性に謝りたくなった衝動を抑えられず我輩は笑う。行動に意味はないし、解決になんてなっていないのに口の端は引きつったようにあがった。
「あの赤ダルマはこき使っちゃっていいから、
は自由にやっていいでありますよ」 「そんなこと言うと怒りますよー?ギロロ伍長」 「怒らせときゃいいんでありますよ。あーそれと、その、
」 「はい」
「け、怪我したら一番最初に、我輩のところに来るんでありますよ」
あまりにもお粗末な言い回しだ。怪我したら来い、だなんて。自分に出来ることなんて限られてるのに。それでも
は嬉しそうに笑うから、どうしようもなくなる。「はい。絶対」彼女の言葉は軽くはない。約束は破らないし、有言実行してしまう。それがわかるから、
の去ったあとに残された自分はひどく幸せだった。 この幸せの意味なんて、そんな後付された理由に興味はないけれど。
指先に残った彼女の熱が、熱い。
(06.11.16)
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