Let's drink up.

 

 




アイツは入ってきたときから可笑しなやつだった。オレの持っていたある程度の常識を覆し、面白みのない日常に花を添え、火花を散らして平和を生きていた。あんまりにもあっけらかんと笑うさまは軍部には似つかわしくなく、彼女の腕一本で戦いぬく様は、(あぁ、悪い。アイツの蹴りは尋常じゃないことを忘れてた)詩人に言わせれば英雄か破壊天使のようだった。モニターの先、すこぶる軽快にタップを踏む天使は泥まみれではあったけれど。



「あ、クルル曹長ったらこんなとこにいた」



思考が途切れる。聞きなれた声がすると思ったら、破壊天使がオレを上から覗き込んでいた。
あんまりにも突然に(しかもドアップで)現れたものだから、驚いたことを示すようにオレは瞬きをする。(伝わったかどうかはわからない)



「オレがオレのラボに居ちゃわりぃかよ」
「いえ?でも任務の後にすーぐ籠もっちゃうとは思ってなかったんですよ」



嫌味をひらりとかわして、 はオレの横に腰を下ろした。オレはと言えば、 の言うとおり任務の疲れで椅子に座るのも億劫になって冷たい床に腰を下ろしている。機会が乱雑に積まれた場所で、唯一作業用に開けていた場所だ。



「何しに来たんだ?」
「クルル曹長、腕出してください」



話聞いてんのか、お前。
はオレのほうに手を広げながら、もう片方の手には塗り薬のような(多分染みる)ものを持ち、「さぁ」と催促する。まったく話を聞いていない。というか、聞く気がない。戦場ではオレの誘導にきっちり従うくせに、どうしてこうも違うのか問いただしたくなる。それともお前の耳は、平和な日常では使い物にならねぇのか。



「いーから。ほら、貸してください」
「ひっぱんな…………っ!」
「ほぉら。やっぱ怪我してた」



悪戯を見つけた母親のようなため息をついて、 はオレの腕に薬を塗りつける。別段気にもしていなかった傷だが、それ相応に悪化していたらしい。そういえば腕が重いし、肩があがらねぇ。



「どうせ手当てもしてないんだろうと思って、来たんですよ」
「大きなお世話だ。テメェも傷だらけじゃねぇか」
「わたしはちゃーんと手当てしましたもん。というか、してもらいましたもん」



薬を塗り終わったのか、次に包帯を出しながら は誇らしげに自分の腕を見せた。その腕には眩しすぎる白い包帯。瞬時に理解し、やっぱり目の前の女は平和ボケしてやがるんだと再確認した。



「隊長か」
「正解。さっすがクルル曹長、察しが早い」
「それくらいしかいねぇだろ」



アンタが腕を触らせるやつなんて。
最後の言葉は飲み込んだ。いつも の周囲に人は耐えないが、それは野次馬や好奇心で動いているようなヤツラだった。長く傍にいるわけではない。成功しているからなんて理由でくっついてくる奴は碌なものじゃない。

だから が心を許しているやつは少ない。その中でも、隊長は別格だった。



「アンタ、隊長が好きなのかい」



気付いたら、それは言葉になってしまっていた。 はきょとんとした顔をしてオレを見ている。当たり前だ。唐突すぎた。
けれど、彼女はすぐに眉根を寄せて笑う。



「尊敬はしてますけど………」



好きかって言われると、どうかな?
曖昧に濁されて、今度はオレが眉根を寄せた。 が隊長を好きなのは、もう決まっているものだと思っていた。幸せそうに笑うのは決まって隊長の傍だけだから、誰が見てもそう考えるだろう。
は巻き終えた包帯を止めて、やっぱり困った顔をした。



「はい。出来た。…………クルル曹長なら知っていると思うんですけど」
「何を」
「わたしの経歴とか、その他もろもろ」



綺麗に巻かれた包帯。神妙に座る 。見比べて、仕方ねぇか、と思う。



「知ってる。アンタが配属になった日に調べたからな」
「それは行動が早い」
「当たり前だろ。オレだって無駄死にはしたくねぇ」
「うふふ。うん。そうでしょうね。曹長らしい。で?感想は?」
「…………ふざけてんのか、だな」



感想を聞いて、 は笑い出した。自分のことを言われているというのに、あまりにも嬉しそうに笑うものだから調子が狂う。



「あはは、ははっ。そう、でしょうね。っふふ!」
「笑うか相槌打つかどっちかにしな。まったく、あんなふざけた経歴見たことねぇぜ」
「そーでしょーねー。実際、初めてだって言われましたし」
「あのなぁ。普通、看護長から突撃兵に異動願い出すやつなんていねぇんだよ」



綺麗に巻かれた包帯は、窮屈でもなければ緩すぎることもない。さすがはケロン軍の看護長に一度はなったことはある、と言えるのだろう。
はオレの反応にひとしきり笑ったあと、包帯やらを全部しまった。そうして、内緒話をするように膝を抱える。



「お話、してあげましょうか。馬鹿な女のお話ですけど」
「それ聞いて、オレになんか得があるのかよ」
「いいえ?でも暇つぶしくらいにはなるかと」



だって暇でしょう?
念を押されなくても、お前と一緒で大いに暇だ。仕方ないから聞いてやるか。



「あるところに、とっても世界を憎んでいる少女がおりましたー」
「昔話かよ」
「そう。昔話ですよ。それで、その少女が世界を憎む理由はいーろいろあったんですが、ほら、親の離婚とか友達の裏切りとか、思春期ならではの反抗期とか、そんなもんがたくさんあったんですよ。大変大変」
「ものすげぇ人間臭い主人公」
「人間ですもん。それでー、その少女は若かったので、色々やばいことに手を突っ込んじゃいました。具体的に言うと、暴れて暴れて暴れていたらいつのまにかそこら一帯を占めるレディースの頭になっちゃってたーっていうところですかね」
「若さで済ませられんのか、ソレ」
「若気の至り、若さゆえの過ちですよー。んで、いい気になっちゃった少女は、いっつも戦いまくってました。戦って戦って、青春を血で染めていくわけですよ。クルル曹長の耳を腐らせちゃうようなことも、たぶん一杯しましたし」
「…………」
「でも、だーんだんと群れるのが嫌になって?いつのまにか一人で戦ってました。百人相手なんて、ザラでしたねぇ。やればやるほど相手も警戒して、武器持ったり数増やしたりするんですけど、馬鹿な少女は戦いつづけるわけですよ。がむしゃらに」



の瞳は遠い。見えるはずもない記憶の中の、当時の自分を思い浮かべているんだろう。膝を抱えた腕に力が込められていた。



「でもやっぱ、限界は来るわけで。倒しきれなくなって、ヤバイなこれはと思ったんで逃げたんです。初めて本気で逃げました。腕は折れてたし、足も上手いこと動かなかったけど、でも必死で逃げた。初めて自分の体を気遣ったんですよね。死ぬなぁって感じたら、逃げるしかないって」
「…………」
「でも、やっぱり見つかっちゃって。どっかの路地裏で、きったない場所で、わたしは死ぬんだなーって考えました。追ってきたのは五人くらいだったんですけど、もう体も動かなかったし。もうやめちゃおうかなーって思って」
「………」
「そんときですよ。わたしがぜーんぶ諦めたとき、神様はわたしに最後のチャンスをくれたんです」



膝にうずめた顔がやっと綻ぶ。あまりにも大切なものを噛み締めるような顔に、胸の奥が軋んだ。



「突然、ぱっと、ケロロさんが現れたんです。『女の子に何やってんでありますかー』って」
「ヒーローのご登場ってやつかい」
「そうです。ヒーローもヒーロー。わたしには後光さえ見えました。ケロロさんはあっという間に〜っとはいかなかったんですけど、でも全員倒してくれて、顔なんかぼこぼこにされちゃって…………。でも、わたしに向かって『大丈夫でありますか』って言うんですよ」



あのお気楽な隊長が、ぼこぼこになりながら を助ける様子が見えるような気がした。隊長はそういうやつだし、なにより自分もやられているというのが真実味がある。



「それから、傷の手当をしてもらいました。物凄く口が悪かったからお説教も聞かされたし。女の子が“俺”とか使っちゃ駄目―とか、ありがとうとごめんなさいは基本だーっとか」
「あーあーあー。言いそうだねぇ」
「でしょ?…………わたしも最初は反抗してたんですけど途中からどうでもよくなっちゃって。だってあんまりにもしつこいから」



あ、これ秘密ですよ?
唇に手を当てて、 が笑った。オレは肩をすくめながら、あの隊長のことださぞしつこかったのだろうと考える。



「それからケロロさんと別れて、わたしの元にはなーんにもなくなちゃって。さてこれからどうしようかなって思ったら、なんだかケロロさんにまた会いたくなって」
「んで、ケロン軍に入隊したわけか」
「そうなんですよー。でもでもここに落とし穴があったんです!せっかくケロロさんの言ったとおり必死こいて女の子らしい看護兵になったっていうのに、ケロロさんの部隊は看護兵いらないんですもん!」




そりゃ落とし穴だな。特殊先行工作部隊は主に特攻、攻撃に特化したやつらが集められる。確実に任務をこなすための看護兵の存在は、そんな部隊じゃ必要とされない。
はそのときの絶望でも思い出したらしく、へたりと前から寝そべった。まるで世界の終わりを嘆くみたいに。



「昔取った杵柄ってやつで、突撃兵にはすぐなれたんですけど、ちょっと心配してたんですよね」
「隊長か」
「そーです。女の子らしくしろって言うのに、突撃兵になっちゃってるんですもの。また怒られるのかなーって覚悟してました。…………でも」
「…………怒られなかった?」
「むしろ、喜ばれました。突撃兵になった次の日に、うちの部隊に入ってくれって、笑顔で言われましたもん」



耳が早いのか、単に運よく知ったのか。ケロロの行動は本当にすばやかった。 を無理やり、人事のやつらの話しなど聞かずに部隊に編入させたのだ。そのせいで、大量の書類処理に追われて大変そうだった。(もちろん手伝ってなどやらなかった)



「だから、ケロロさんを追って軍には入ったんですけど、好きかって聞かれるとどうにもわかりませんね」
「…………ククッ。お前、ホントにおもしれぇな」
「えー?クルル曹長ばっかり面白がってずるいですよー」



寝そべりながら、 がこちらを向く。上目遣いにオレを見る瞳は大きい。さっきの話のような時期があったとは思えないほど、 はどこからどう見ても女性だ。敵を殴り倒し蹴散らし、疾風のように戦う姿を見ていても彼女は女だった。彼女の出す雰囲気が、頭の先からつま先まで、女であることを主張しているようだ。それがどこから来るものか、なんて非科学的なこと考えたくもないが。




「あ、でも突撃兵になって、いい事もありましたよ」




視線の先、 が床からオレを見上げる。純粋にまっすぐに素直に。気持ちをそのまま言葉に乗せるように。



「クルル曹長に会えました」



女の子諦めてよかったですよ。

目の前の女が、まるで何も知らない少女のような顔をしてそう告げた。



(あぁ、オレはどんな反応をすればいい?)










(06.11.16)