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わたしは、何も知らずに降格を悲しんでるわけではなかった。


作戦を遂行中にわたしが敵に捕まったと確認されるまで、ケロロ小隊には一度とならず撤退命令が下っていたのを知っている。新兵であり突撃兵が捕まったというのも立派な理由ではあったのだろうが、それよりも女性軍人が捕まったということに本部は重きを置いたのだ。敵の女性兵士が辱められることは敵全体を侮辱するのにもっとも効果的だった。今回、わたしが女性的には何のダメージも受けずに戻ってこられたことは正しく奇跡に等しい。本部がわたしのことをもみ消すために正規軍を向かわせようとした判断は正しいのだろう。しかしケロロ小隊はその命令に背いたのだ。

そのために、小隊の面々が奔走したことも事実だった。

まずは敵の妨害に見立てて本部からの命令を遮断し、依然交戦中であることを一方的に伝えた。ギロロ伍長は自分専用機にすぐさま乗り換え、敵との交戦に入る準備を整えた。あとで聞いた話しだが、わたしとギロロ伍長に割り当てられた敵の全てを彼はたった一人で殲滅したのだという。
ゼロロ兵長は姿を隠し、わたしを攫った連中を追うことだけに専念した。仲間思いの彼が、一人で敵を相手にするギロロ伍長を助けにいけなかったのは大変辛かったと思う。けれどアサシンの任務を全うすべく、彼は敵の本拠地を見つけ出しわたしの居場所を隊長に報告したのだ。
クルル曹長の先読みと行動が一番早かったらしい。本部にでたらめの情報を流し、そのくせケロロ小隊面々のフル装備をすぐさま用意した。そして流されていたわたしの映像だが、あのみっともなく情けない姿で座っている映像はなんとわたしが起きる十分も前から撮影されていたらしい。もちろんそのときすでにゼロロ兵長がわたしの居場所を報告していたから、何かあればすぐにでも救出されることになっていたのだろうけれど、クルル曹長はダダ漏れ状態の電波をすべてキャッチしていた。全世界に流されてもおかしくないわたしの映像を、彼はすべて自分のものにしていたのだ。それは多分わたしの軍の立場とかこれからの人生とか、そんなもろもろのことを考えてくれたからだと思う。
そして、彼。隊長であり、指揮官であり、誰よりも冷静に命令を下さなければいけないこの人は、誰よりも無茶をして一番に駆けつけてくれた。



「聞きましたよ」



迎えにきてくれた、彼専用の軍用機に揺られながらわたしは静かに言った。彼は先ほどから前ばかりを見て、オート操縦にしているはずの操縦桿を握りしめていた。



「何をでありますか?」
「ゼロロ兵長がわたしの居場所を報告した途端に、ポッドに乗り込んだんだって」



面白そうに話してくれたのは、クルル曹長だった。
助けられてすぐには落ち着かないわたしに鎮静剤を打ちながら、彼はまるでドラマのあらすじでも語るかのように楽しそうに言った。隊長はアンタの監禁された場所がわかるやいなや、オペレーター室から飛び出しちまったんだよ。しかも何の武器も持たずに。正気の沙汰とは思えねえよなぁ。



「そ、そりは〜、もうギロロが敵をやっつけちゃってたしぃ」
「嘘。だって、確認したのはポッドから降りた後じゃないですか」
「や、それは友人である感というか我輩の第六感が告げていたのでありますよ、うん」
「本部から撤退命令だって出てたんでしょ」
「それは我輩知らないでありますよー。いやはや敵の妨害が厳しくってさぁ」



明後日の方向を向いて口笛を吹く人はどこまでも掴みどころがない。わたしはただでさえ狭い一人乗りのコクピットの中で、彼の表情を見ようと体をねじる。
しかしやっぱり見えたのは、かすかに瞳が確認できるところまで。



「ケロロさん…………」
「…………なんでありますか?」
「わたし、看護兵に戻されちゃいました」



もう知っているだろうけれど、わたしは自分の口から彼に伝えた。
看護兵に戻ったということはもう彼の小隊に加わることは出来ないということだ。ケロロ小隊のように動きやすい前線専門の部隊に看護兵は邪魔だった。最優先される任務をこなし、自分の体などお構いなしに働き続け、戻ってきたとき思い出したように治療を施す。
看護兵であるわたしが関われることといえば、戦場から戦場に渡り歩き、駆り出される彼らが一瞬の気休め程度に体を癒す間くらいだ。もう戦場での焦燥と高揚する感情を共用することなどない。疲れて死にそうで、でも負けるなと叫んで励まされることなどない。帰りの船の中で語らうことなど、間違っても二度とないのだ。
考えるだけで目頭が熱くなる。未来が寂しくて堪らない。



「我輩も、 がいなくなるのは寂しいでありますよ」
「…………」
「なにしろあの蹴りとか殴る様子が見られないんでありますからね。戦場の面白みの10%は確実にカットされるであります」
「…………」
「でもさぁ。我輩、実はほっとしてんだよねぇ」



どこか遠くを眺めて、ケロロは呟いた。独白にも近いその言葉には、なんとも形容しがたい感情が渦巻いているようだ。声のトーンがいつもより、少しだけ低い。



「看護兵になったら、前線に無理やり出されるってことはないっしょ。今までみたいに蹴り倒したり殴り倒すんじゃなくて、全部まとめて治す役の方が、 には似合っているでありますよ」
「…………でも」
「我輩たちはいつだって会えるでありましょう。どんな僻地に飛ばされたって、 が望むんだったらクルルに星間通信無理やり繋げてもらうし、ギロロ伍長を馬車馬のごとく使って最速で戻るであります」
「…………」
「だからさ、 らしく…………つっても、これは我輩の押し付けだけど」



頬をかいて、ケロロは肩の力を抜くような仕草をした。そして狭い室内で、くるりと器用にわたしに向き直る。そうして、固まる手をとった。



「女の子らしく〜って言い続けてきたでありますが、もう十分 は女の子なんだよね。だから、今度は らしく進んでいけばいいと思うのでありますよ」
「ケロロさん」
「でもやっぱ、突撃兵は勘弁してほしいかな。我輩の寿命、半分くらい使い果たしちゃった気がするし」



たはは、と情けなく笑うケロロの手は温かい。この人の優しさはストレートじゃない。普段は情けなくてどうしようもない感じなのに、いざとなると力を発揮してしまうんだから性質の悪い優しさだった。もしかしたら、クルル曹長よりも難解かもしれない。



「…………わたし、我侭ですよ。ただの女になっちゃったら」
「ゲロッ。それは見物でありますなぁ。財布とかバッグとかねだっちゃうわけ?」
「欲しいものなんて、無限大ですもん。知らないんですからねー。マンション買って貰っちゃおうかなー」
「そ、それはちょぉっと無理かなー。我輩に出来るのは、せめてこれくらい」
「なぁ、お二人さん。もう目的地に着いてんだけど、そろそろオレ等に気付いてもらえねぇかなぁ」


ケロロさんが懐から何かを取り出そうとしたところで、ぷしゅっとハッチが開いた。そこからクルル曹長が、いつものニヤニヤ笑いを二倍くらい嫌な感じを込めて覗き込む。わたしたちは彼の出現に驚いて、固まってしまった。軍用機はいつのまにか目的地に着いたことを示すように静止している。まったく気付かなかった。
真っ赤になるケロロさんを放っておくように、クルル曹長がわたしに手を差し出す。その手をとれば、ハッチの外に見知った顔が並んでいた。



「ギロロ伍長、ゼロロ兵長!」
「おかえり、
「まったく、一体どこに行っていたんだ」



腕を組んでこちらを睨むギロロ伍長の後ろにはケロロさんと同じく彼専用機が鎮座している。それじゃみんなで探してくれたのかと思うと凄く嬉しかった。さっきまで不幸に浸っていた自分が少しだけ恥ずかしくなるくらい、わたしは皆に助けられていたことを思い出した。



「…………ったく、みんな雰囲気を読んでほしいでありますよー。我輩、せっかく渡すとこだったのにぃ」
「いい加減にして欲しいのはこっちだぜぇ、隊長。ソレ、教えてやったのはオレだろ」
「そーだけどー。我輩のは意味が違うってゆーか。別格なんですー」



わたしが降りた後からようやく這い出してきたケロロさんは不機嫌気味に唇を尖らせた。何に対して怒っているのか、もうちょっとだったのにぃ、と不貞腐れている。この人はこうしていると、本当に強いのか弱いのかわからない。けれどそんな不思議な魅力に惹かれて、自然と人は彼の周りに集まるのだ。わたしだって、その中の一人に過ぎないのだから。



、ちょっとお話があるのであります」
「は、はい」



わたしの前に一列に整列する小隊メンバー。わたしは反射的に緊張して背筋を伸ばした。



「本日、正午付けで我々ケロロ小隊に新たな任務が下ったのであります」
「え」
「我輩たちは辺境の惑星である地球に赴き、そこで宇宙侵攻軍特殊部隊として前線に立つのであります」



びしり、と彼らがわたしに敬礼する。そんなとか、まさかとか、早すぎるとか。わたしの心は追いつけない悲しみに支配されてしまって、何の感情も吐き出してくれない。ただ、ずっと近くにいた人たちが急激に離れてしまう感覚に陥っていた。本当は肩を並べることさえ出来なかった人たちだったのかもしれないけど、あの日々はわたしにとって何より輝いていたのに。
どうしよう。頑張ってくださいとかご武運をくらいは言わなければ。



「えーと、 ?そんな顔しないでほしいであります」
「アンタに無理に笑えとは言わねぇよ。だけど黙るのはナシだぜぇ」
「軟弱者が。戦場のお前の勝気さはどこへ行ったんだ」
「ほら上を向いて。…………うん、大丈夫だよ」



わたしが応援するべきなのに、逆に励まされてしまった。なんとも情けなくて、自分の弱さを思い知る。ただ笑えなくても前だけは向いていようと心に決めて、わたしはじっと耐えてケロロさんを見た。ケロロさんは、ようやく目をあわせたわたしに微笑んで、今度こそ懐からあるものを取り出した。



「我輩たちから、 にプレゼントであります」
「え、はい」
「ささ、ずいっと手ぇ出して」



要求された通りにわたしが左手を差し出すと、ケロロさんはその手を恭しく取って薬指にするりと何かを嵌めた。金属の冷たさが一瞬わたしの背筋を上っていく。かざしてみれば、そこには銀色の指輪が収まっていた。中央にキラキラと輝く小さな緑の石があしらわれた、シンプルなものだった。



「これは…………?」
「えっとねー。なんでも地球の風習らしくて…………んーと、なんだっけ」
「わかってるくせにドモんなよ、隊長。これはなぁ、一般的には男が好きな女に贈るもんだ。婚約とか結婚とか、そんなもんのときに贈るなぁ」
「なっ、おい!クルル!俺はそんなこと聞いておらんぞ。大事な誓いの儀式に必要だと言うから…………!」
「たぎんなよ、先輩。地球っつーのは面白い星でな。指輪も嵌める場所によって意味が違ってくるんだ。…………つーわけで、オレはここにするぜぇ」



クルル曹長が嵌めたのは、わたしの中指だった。彼らしい黄色の鉱物の名前はわからない。
中指っつーのは、閃きやインスピレーションを司るからなぁと天才発明家は笑う。



「オレは、ここだな」
「ギロロ伍長」
「親指は、俺とお前の約束を示す。自分の力で道を切り開け。そのためになら、助力は惜しまん」
「うん…………、今まで反発ばっかしてごめんなさい」
「フ、フン………。今さら殊勝ぶるな。こちらの調子が狂うわ」



照れて一層顔を赤くさせながら、彼はわたしの手を不器用にとって指輪を通した。赤い石の綺麗なそれが、わたしの目にはなんとも優しく映る。



「最後は僕だね。 ちゃんにはいっぱいお世話になったよね。僕のことすぐに見つけてくれるし、いつも会議に呼んでくれるのは ちゃんだった」
「…………いえいえ」
「だから僕は人差し指に。君がいなくても僕は強くなれるようにするよ。だから君も、僕らがいなくても笑ってまた会えるように、一緒に強くなろう?」



それは多分精神面のことだったのだと思う。ゼロロ兵長は小隊の誰よりもそうっとわたしの手を取って、誰よりも綺麗に指輪を嵌めた。あまりにもお姫様のように扱われてしまうから、思わず照れてしまいそうになる。まるでそのまま手の甲に口付けされてしまうんじゃないかと錯覚する。実際はすぐに、ゼロロ兵長は手を離してくれたのだけれど。
燦然と輝く四つの指輪を見つめて、わたしは胸の詰まるような気持ちになった。



「ありがとうございます…………。でも、わたし皆にお返しできるものが何も」
「あぁ、いーんでありますよ。その代わり、 は我輩たちのことちゃんと待ってるんでありますよ?」
「自暴自棄になぞなるんじゃないぞ。貴様は看護兵のままでも敵に突っ込みかねん」
「そーそ。帰ってきたら本部が壊滅してたーなぁんてお祭り騒ぎ、是非オレも混ぜて欲しいしなぁ」
ちゃんはそんなことしないよ。でも、本当に出来れば危険なことは避けてほしい」
「はい…………!」



ぎゅうと拳を握れば、小指以外に嵌められた指輪がちゃり、と音を立てた。
小隊の皆がわたしのためにこの指輪を買う姿を思うとおかしい。でもそれ以上にわたしに渡してくれるまでの気持ちが大きくて嬉しかった。この気持ちをどう返せばいいかわからない。わからないので、とにかくわたしはありがとうございますと言い続けた。お礼の仕方がわからない。誰もこんなプレゼントは思いつかないに違いない。穴の開いたわたしの心を全部塞いでも余ってしまうくらい、彼らが愛しくてたまらない。

さぁ、パーティに出かけよう!今日は飲もうぜ!

わたしの手を取ってケロロさんがパレードの先頭を切るようにそう叫んだ。もう夕暮れは夜の帳を濃くしてきていた。わたしたちは口々に何か話しながら、その場を後にする。ギロロ伍長は上手い肉が食いたいと言い、ゼロロ兵長は出来ればお酒の強くないところへ行こうねと却下されるであろう提案をして、クルル曹長は皆に普通の店以外行かないからなと念を押されている。最後にケロロさんがわたしの行きたい場所を尋ねた。あぁ、もうどこだって、でも今日は朝まで飲みたい気分!答えるわたしの声は弾んでいたのだろう。今なら空だって飛べそうだ。







 

 

 

 

 

 






「はい、ケロロさん?」



居酒屋を五、六件ハシゴして、熱燗を一本飲ませられたギロロ伍長が千鳥足になったころ、ケロロさんがわたしの耳にそっと告げた。



「あんね、さっき、クルル曹長が言ってったっしょ」
「? カレーへの愛情についてですか?」
「ちがうって。それそれ、指輪。婚約とか結婚の約束の印って」



クルル曹長のご機嫌な笑い声がこだましているのをBGMに、わたしはお酒の力で定まらない思考をなんとか動かそうと必死に考えた。指輪、婚約、それは誓いで、あれでもケロロさんの嵌めた指は何を意味するんだっけ。



「やっとわかった?我輩が嵌めた左手の薬指は正真正銘、婚約指輪の納まる場所なんでありますよ」
「え、あ、え?」
「しかも給料の三ヶ月分でありますよ?つくづく地球ってのはおかしな星であります」



ねぇ?

首を傾げて同意を求めるケロロさんは、酔っ払ってなんかいないのに真っ赤だった。わたしは赤かった頬を更に赤くさせて、そうですね、と返事をする。左手の薬指。原始的な愛情表現。繋ぎとめて置くことが出来る力が本当にあるのか。こんな小さな銀色に。


「ま、こんな甲斐性なしだけどさ、ついてきてよ」


あまりにも当たり前のことを当たり前のように言うケロロさん。
わたしは笑いながら頷いて、それからもう嬉しくて泣き出した。



たぶんわたしは最初からあなたのことが好きでしたと、わたしは告白する。





 

 

 

 

 


(06.11.16)