最近、夢を見る。それは綺麗で陰惨で、ひどく血生臭くて目を覆いたくなるのに、変に現実味のないものだった。触れたら壊れてしまうんじゃないかと思うほど脆いのに、内容はどんなホラー映画の比にならないほど醜く恐ろしいのだ。

そんな夢を見たあとは、決まって気分がひどく悪くて起き上がれない。顔を動かすのにも体力がいる。幸せな夢は起きた瞬間に溶けるように消えてしまうというのに、わたしは最悪な夢の残り香に酔いながら、ベッドで吐き気に耐えなければいけない。まったく、どうしたのだというのだろう。以前は、こんなことなかったのに。


「………… 殿?」


今日も目が覚めれば、馴染んだ頭痛と吐き気が襲った。同時に、そっとわたしの顔を覗く顔。


「起きたのでありますか?」
「…………ケロロ」


起き上がれない上に、絞り出すようにしなければ声が出ない。そんなわたしにケロロは笑って、「無理に答えなくていいでありますよ」と言った。気遣うような声は優しくて嬉しいのに、悪夢の余韻がそれさえも蝕んでいく。
ケロロはわたしが悪い夢を見るたびに、まるでそれを察知するかのように現れる。いつかそれについて尋ねたら、「愛の力でありますよ」と答えられた。どこまで本気なのだろうか。


「今日も、よくない夢だったのでありますか?」
「うん…………。またケロロが出てきたよ」
「およっ。最近ずっとでありますなぁ」


何が楽しいのか、彼は存外嬉しそうに笑った。わたしは出来るだけ力を振り絞って、夢を頭の中で整理して口にする。それはもう決められた義務のようなものだった。本当はあまり愉快な夢ではないから話したくないのだが、ケロロはだからこそ話すべきなのだとわたしを促す。


「うん。…………それで、また、ケロロは地球を侵略しちゃってた」


彼は顔色一つ変えずに頷いた。わたしは続ける。


「ケロロはね、UFOに乗ってるの。銀色の円盤で、とても大きい。その中でケロロはずっと下を見てる。わたしが何を見てるのかなって覗くと、下には一面の氷の世界が広がってるのよ。南極か北極だと思うんだけど…………たぶん北極ね。地球にとって大事な場所よ。支える軸がある場所だと思う。ただずーっと続く無色の世界は綺麗だった。しばらく眺めてるとね、ケロロが言うの。『やれ』って。ひどく冷たい声で、まるで人形みたいだった。あんな声は聞いたことがないから、きっと違う人と混同しているんだと思う。…………それで、その後は、一面の白が一瞬で青い世界に変わるの。氷が溶けたのね。本当に一瞬だった。大事なものが一瞬で失われて、ぐらり、って地面じゃなくて地球が揺れた気がした。…………それからは、とても、とても、怖い」


思い出しても、吐き気がする。氷を失った世界は、映画よりもリアルな死と人間の無力さを嫌というほどわたしに見せ付けた。


「世界のほとんどが海に沈んだり、壊れたり、急激に暑くなったり寒くなったりするの。たくさんの命が、消えてく。森も動物も死を受け入れて、でも人間だけは最後まであがくのよ。…………でも、相変わらず円盤の中でケロロは下を見てる。笑っても、泣いても、面白がってもいない、何にも感じてない目で、ただ見てるの。世界を」


大きな瞳に映る地球の最後は、とても一言で表せるほど簡単なものではない。夢の中のケロロは、いつまでも直立不動であり、どこまでも生気が感じられなかった。


「でもね、やっぱりそんなケロロは一度も見たことがないから、わたしの頭が勝手に作り上げてるんだと思う」


あんなに冷たい彼は知らない。見上げれば、いつもの彼がいる。これは現実だ。


「それで全部でありますか?」
「うん。これでお終い。ごめんね。…………気分を悪くした?」


現実の彼は微笑んで、首を振る。動くたびに帽子が揺れる。柔らかい風を感じた。


殿はすぐ抱えるっしょ。それに悪夢は言っちゃったら正夢にならないしね」


彼は夢とは裏腹に、綺麗に笑った。わたしは安堵して、ようやく胸のあたりにざわつく不安が治まっていくのを感じていた。この頭痛も吐き気も、不安やストレスによるものが原因なのだ。そうに決まっている。


「ねぇ、ケロロ。返事して」


わたしは、ふたたび緩やかに訪れた眠気に瞳を閉じながら言う。


「夢の中で、ケロロはいくら叫んでも返事をしてくれないから」
「…………それは悪いことをしたでありますなぁ。大丈夫。我輩はここにいて、 殿が呼べば駆けつけてくるであります。 殿が見た夢は、絶対起こったりしないから安心するのでありますよ…………」


ケロロがあんまり優しく笑うから、わたしは襲ってきた睡魔に身をゆだねた。もう悪夢を見ることはないだろう。彼に話し終えるとひどく眠くなる。そしていい夢が見られるのだ。
出来れば、ケロロの夢がいい。幸せな、甘い夢を見たい。
額がなでられる。ぬくもりを感じなら、わたしは意識を手放した。











 

 

 







の眠りを確認したあと、ケロロは小さく呟く。


『クルル曹長』
「はいよ。ちゃんと録画したぜぇ。相変わらず正確な予知夢だ」


ラボの巨大画面の前で、眠りにつく とケロロを監視していたクルル曹長は笑った。その隣でギロロ伍長が呻くような声を出す。


「今回もまた作戦失敗だな。敵側に情報が筒抜けだ」
「そぉだなぁ。北極の地軸消滅、氷河の全溶解、すべて の言ったとおりだ。この作戦でいけば地上なんてもんはあってないようなもんになっちまう。人間は生きてはいねぇだろうよ。…………侵略は成功ってわけだ」
「だが、それでは星自体の価値も失われはしないか?」
「センパイ、そこはオレたちの腕の見せ所だろ。ケロンの技術力を舐めてもらっちゃ困るねェ」
『クルル曹長、ギロロ伍長。とにかく、作戦は失敗でありますよ』


二人の間に割って入るようにケロロが口を挟む。言葉とは逆に安心したような声だった。


「イエッサー。本部にはいつも通り報告しとけばいいんだろ。驚くぜぇ。なにせ、これだけはオーバーサイエンスじゃ解読できねぇ」
『…………そうでありましょうな』
「ケロロ。お前も休め。最近は作戦立案のためにロクに眠っていないだろう」
『了解でありますー』


間延びした声。ギロロの言うとおり、まるでなにかにとり憑かれたようにケロロは地球侵略作戦を考えている。しかし作戦はある程度まとまると必ず の夢という形で現れてくる。そうなればゲームオーバーだ。もうケロロはその作戦を実行しようとはしない。


「まったく、何故こうも に予知されるのか、わからんな」
「クーックック!しかも成功率100%のもんばっかりをピンポイントで狙って当ててくるからなぁ。まぁ、センパイは安心してんじゃねぇのぉ〜?」
「なっ!お、お、お俺は別に」
「それに隊長も安心してんだろ。本部は地球の神秘に興味津々だ。突き上げはさらに緩くなるなぁ」
「そ、そうか…………」
「…………案外隊長はそれを狙ってんのかもねぇ。ククッ!面白いぜぇ。なにせ地球にいるために、地球を侵略する作戦を考えて、当たるかもわからねぇ予知夢に賭けるんだ。…………見えねぇ綱を渡るっつーのはこんな気分かね」


クルルは肘掛に肘をついて、画面を見る。白いシーツに包まるのはケロロと だ。休むからと言ってわざわざそこに潜りこむ必要はないだろうとギロロが喚くが、もうケロロは夢の中らしい。どちらもあんまり穏やかな表情で眠るものだから、声を出すことさえ憚れるような気分になった。



二人が見る夢はどんなものだろう。完璧な侵略作戦を立てる男と、それをすべて見透かして無意識に制止する女。星ひとつの運命を決めるアダムとイブが眠るベッドは、ひどく穏やかな空気に包まれている。この先、この均衡は崩されることがあるのだろうか。あるとしたら、それは文字通り二人が禁断の果実を口にしたときだ。




「まぁこれも、愛のなせる技ってやつかねぇ」


幸せに眠りこける二人を見つめ、侵略者たちは笑った。



 

 

 

 

 

 

の真ん中で逢いましょう

(06.02.10)