「ケロロって本当にガンプラが好きだよね」
隣で本を読みながら、がふと思い出したように呟いた。
ケロロも自分の手元だけを真剣に見つめ、パーツとパーツを静かに寄り合わせながら返事をする。
「…………いきなり、なんでありますか?」
「あ、ううん。ただ、なんでかなーって思って」
ぱらりと本をめくりは付け加えるように言う。
ケロロはようやく合わせたパーツの端々を吟味するように凝視しながら、しばらく考えるように時間をおいた。ガンプラが好きなのは、元を辿ればガンダムの歴史や書籍の数々を愛しているからなのだが、そんなことをに話したところで三秒で眠りについてしまうのは目に見えている。先日お気に入りのアニメを見せたところ、は一話だけは辛うじて見たものの、二話目は何度誘っても見てくれなかった。何でも、彼女いわく『理解できない』らしい。
「あー。何でって言われてもー。作り込むのが、好きなんでありますよ」
「つまりは工作好きってこと?」
「いや、日曜大工が趣味のお父さんみたいな言い方しないで」
「だって同じじゃない。それともオタクなの?」
嫌につっかかってくる。
思ってようやくパーツから視線をはずし彼女を見ると、もう雑誌は閉じられていた。こちらをじっと見つめる綺麗な双眸が、我輩を映している。こうなってしまってはちゃんとした答えを言うまでは離してくれない。そっと、心の中で薄いため息を吐いた。
「オタクっちゃーオタクでありますかなぁ」
「でもさ、眺めてるだけって飽きない? どうせ壊れちゃうのに」
壊れることを前提に話されると辛いものがあるのだが、侵略の作戦や日常の出来事で壊されまくっているガンプラを見ればそうも言いたくなるのだろう。
作っては壊されていく、プラスチックのモビルスーツ。
しかし次の日にはまた新しいものを自分はせっせと作っては棚に並べている。
また壊されることを知りながら作って、壊されては傷ついていく我輩をは滑稽だと思っているのだろうか。それとも、学習能力のない男に腹でもたてているのだろうか。
正直言って自分の趣味を他人にとやかく言われたくはないのだが。
「ねぇ、悲しくならない?」
壊されて、作って、また壊されて。
破壊されるたびに、同じように絶叫をあげる。いつもと同じ光景が広げられているとしか思われない日常だが、あぁそう言えばだけは違っていた。棚に飾るのならもっと頑丈なものにしたらと提案し、出来るだけ触らないように努めている。実際に、壊される現場では一つでも多くのガンプラを守ろうとしてくれる。
だからこそその行為が虚しくはないかと問うのだ。
「悲しいでありますよ。でもさ、ガンプラはまた作り直せばいいじゃん」
「…………うん」
「絶対無くならないし…………。あぁ、案外それが理由かもしれないでありますなぁ」
ガンプラには、決して間違いがない。
人生の決断のように、切り捨てなければいけないものがない。壊されてもまた作れば元通りになる。間違っても次がある。同じものが整然と店内に並び、自分はただそのときの気分で商品を手に取るだけでいい。気に入らなければまた違うものを作ればそれで済む。
小隊の命を左右する決断を迫られることも、どちらも辛い二者選択も、誰かが泣かなければいけないこともない。そこにはお手軽な安心感がある。
「…………そか」
が、ゆっくりと頷いた。伏せた瞳が逸らされる。
「呆れた…………でありますか?」
「ううん。でも、ケロロっていろいろ考えてるんだなって思った」
弱々しい笑みを作り、同じように小さな声では呟く。我輩は、苦笑した。
「…………優柔不断なだけでありますよ」
子どものころの世界のように、悪いことと良いことの判別ははっきりとしない。どちらが最善かを考えるたびに目眩に似た迷いが広がって思考を覆う。息が詰まり、呼吸さえままならず、そのたびに何度投げ出してしまいと願っただろう。
最初から、白黒ついた答えだけが用意されていればいいのに。
「ケロロが優柔不断なのはいつものことじゃない。皆に怒られるのも」
「うわー…………我輩、落ち込むよー?」
「いいんだよ。だってそれがケロロだもん。迷って間違って、それでももがいてとりあえず行動するけどやっぱり間違ってて結局自滅して」
の言葉は一々、我輩を貫いて攻撃をしてくる。真実だけに言い返せない。
「それでも最後はケロロが決断するしかないのよ」
が、にっこりと口角をあげて笑った。
間違っても望む答えじゃなくても、最後は自分で決断しなければならない。背負った重圧を誰かに押し付けることも投げ出すことも出来ないことを、は告げている。ガンプラのように作り直せない現状を、それでも選び取らなければ運命は変わらない。
どう答えればいいものかと悩む我輩の頭に、ぽんとが手をおいた。
「ガンプラ、作りなよ」
「?」
「決めなきゃいけないときのために遊んどきなって。それに何も一人で考えろなんて言ってないでしょ。間違っていたら止めるし、足りない知恵は皆で補えばいいんだし、それにほらなによりさ」
ぽんぽんと軽やかに叩かれていた頭から手がどけられて、そのまま我輩の手に滑り落ちてくる。柔らかな指先が躊躇うように触れてくる。
を見れば、照れるように染まった頬。
「わたしがいるじゃない」
だから一人で先走らないでね。
優しい声音で囁かれた言葉に胸の奥が熱くなった。恥ずかしかったのかすぐに手を離そうとするの手を逃げる前に絡め取って強く握り返す。温かさが伝わり、自分の温度と溶けていくのを感じながら、の存在を嬉しく思った。
不安要素しかない今を、それでも投げ出してしまわないのは君がいるからだ。
「殿」
「ん?」
「今度、一緒にガンプラ作ろ」
「えー? わたし、種類もわかんないんだけど」
「そんなもんはいいんでありますよ。おもちゃ屋行って、見て、殿がいいって思うやつ作れば」
「そう? …………可愛いのある?」
「んー。きっとあるでありますよ」
「ちゃんと、作り方教えてくれる?」
「大丈夫。我輩が一から教えるから」
「…………そこまで言うなら作ってみよっかなぁ」
が困ったように笑って、仕方ないなぁと手を握り返す。その確かな強さに安堵を覚えながら、我輩も同じように笑った。そして不安も不満も尽きない今がこんなにも愛おしいのは、それでも彼女がここに居てくれるからだと再認識した。
彼女の始めてのガンプラ作りはきっと失敗するだろうなと、我輩はこっそり笑う。
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