胸騒ぎが、する。

仕事中に本部の医療班から連絡を受け、ガルル中尉は急いで小隊全員を司令室へと招集した。タルルやゾルルは程なくして集まったのだが、トロロ新兵と肝心のCケロロ隊長に連絡がつかない。トロロ新兵のラボに人を送ったが、彼のセキュリティを全て解除するには相当時間がかかるだろうと思われたし、なによりすでにいない可能性の方が高かった。
呼びつけられたタルルが不安げにガルルを覗き見たが、常では余裕さえある表情が険しいから何も言えなくなる。ゾルルは天井に張り付きぶら下がりながら、事態が動くのを待っているようだった。


「…………二人とも、に会ったのはいつだ」


待機を命じられて一時間ほどしたころ、ガルルが椅子に座ったまま尋ねた。その視線の先には巨大画面が、一向に入らない連絡を待っている。
タルルは一瞬何を尋ねられたかわからずに、言葉を失った。なぜここでが出てくるのかわからない。


「…………二時間ほド前ダ…………」


とっさに頭の働かないタルルに代わり、ゾルルが静かに答えた。ガルルは二人に背を向けたまま、その答えに抑揚のない返事をする。


「そのとき、に異変はあったか?」
「…………採血を済ませたダけだ。特に変わったことハ、なかった」
「そうか。では、感情の機微に変わりはなかったと?」
「…………おおムねは」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっス!!」


取り残され進められる話に、タルルがようやく口を挟んだ。その声に驚くことも振り返るもせず、ガルルは答える。


「…………何かね。タルル上等兵」
「なにって!さっきから何の話してんスか!のことばっか聞いて…………」
「我々がここに集まっていることにが関係しているからだ」


タルルの顔に一層不安の色が濃くなる。普段は部下に必要以上の負荷をかけないよう気を配っているガルルだ。その彼が事態の不確定要素の概要だけを口にするのは、よほど気が動転しているかそこまで気を配っている余裕がないかどちらかである。加えてその場にいるのは慰めや気配りには無縁のゾルル兵長であったから、タルルは放りだされた言葉を自分で考えなければならなかった。


が…………何かしたっていうんスか」


正確には、自分たちが呼ばれなければ何かだ。ガルル小隊の任務は大体が討伐や殲滅、制圧などに限られる。少数精鋭を活かし、敵の懐に潜り込み撃滅せしめることを得意としていた。その任務にが関係しているとは、思いたくない。


「それはわからん。だが、その可能性は限りなく高い。こちらもその準備はしておく必要があるだろう」
「準備ってなんスか!まさかのこと」
「タルル上等兵!」


怒気を含んだ重低音が、部屋を揺らした。びくりと身体が震える。


「可能性が高いだけだと言ったはずだ。今は、不用意な言動は慎むように」
「…………は、はいっス」


部下を嗜めながら、今この状況を一番理解できないでいるのはガルル本人だった。
医療班の婦長からの緊急コールをとった瞬間から、嫌な胸騒ぎがしている。齢を重ねた女性の声は、始めガルル中尉に謝った。その上での状況や彼女の抱えた特別任務について聞かされ、彼女の後悔のわけを知った。次にから最後の連絡を受けたプルル看護長が代わり、にはやはり異変が感じられなかったこと、トロロ新兵のラボに行くと言ったきり連絡が取れていないことを報告した。彼女は画面の中で目を赤くし、それでも軍人である最後の誇りなのか涙だけは流さずに気丈に言葉を選んでいるようだった。
そして先ほどまでのを思い出し、自分自身に舌打ちをした。どこかあったはずだ。の表情や、感情の変化、それに伴う奇妙な行動。しかし、どれだけ細かく思い出してみてもいつもの彼女と特別な変化があったように思えなかった。


「…………ガるル」
「ゾルル兵長」
に特別の変化ハ…………見らレなかった。…………だガ」


普段多くを語らず必要以上の事項を省く彼が重々しく告げる。タルルはその言葉に引き付けられるようにじっと彼を見た。
ガルルも、その言葉に耳を澄ませる。


「…………少し…………寂しソうだった」

冷たい声から言い放たれた言葉の意味に、ガルルは一瞬考え込むように視線を落とす。

「それは…………アサシンの力で視たものか?」
「いヤ…………」
「そうか。わかった。…………ようやく、こちらにも連絡が入ったようだ」


巨大画面の端でコールを告げる明滅を見つけて、ガルルはすばやくその連絡を受けた。ぱっと画面が光り映し出されたのは、本部ではなくトロロ専用にあつらえたラボの前だ。その前で任務を命じられたガルルの部下が、中には誰もいないことを告げる。


「そうか。了解した。…………キャッチが入ったようだ。各自、持ち場に戻れ」


短く解散を言い渡すと、ガルルはまた画面を操作する。その動作が自分でも乱暴になるのがわかった。次に映し出されたのは、プルル看護長だった。


『ガルル中尉、ご報告します』
「あぁ」


あいさつもせず、プルルは下から何かを持ち上げる。それが画面に映しだされたとき、諦めとも怒りともつかないため息がガルルから零れた。


「あ、あれって…………の看護バックっスよね?」
「あァ。…………そウだな」


プルルが持っていたのはが採血の道具を入れていた看護バックだった。見た目よりも随分重く、その細腕のどこにこれを抱えて動き回る力があるのかと疑問を持つような代物。はこれをいつも抱えて移動している。もちろん今日の採血にも使用していた。


「それで、プルル看護長…………中に、アレはあったのか?」


ガルルの瞳が、険しく細められる。プルルは悲しそうに俯いた。


『ありました。から時空転送されたこの中に…………使用されては、いません』
「そうか…………」


二人の会話のやりとりについていけないタルルが、何か悪いことが起きる漠然とした空気に拳を握りしめた。ゾルルもある程度は察しながら、ガルルの次の言葉を待った。プルルも答えた後は、何も言わずにガルルの判断を仰いでいるようだ。


「報告ご苦労。プルル看護長は引き続き本部に待機し、から連絡があった場合こちらに繋げてくれ」
『了解しました』
「よろしい。では、話をしなければならない方がいるから一旦回線を切るぞ」


言うなり、返事も待たずにガルルはコンソールを操作して回線を別に繋げる。はじめから用意されたような手際の良さから、もしかして彼は始めからそこにいる人物に話すことを決めていたのかもしれないとゾルルは思う。
画面が一瞬砂嵐状に荒れた後、現れたのは黄色い同胞の姿だった。


「クルル曹長」
『クーックックッ。本部からの回線だからシャットアウトしてやろうかとも思ったが、コードがアンタだったんでねぇ』
「それは有難い。早速だが、ケロロ隊長はおられますかな」


繋げられた回線は、星間通信と呼ばれる星と星を繋げる連絡手段だった。ガルルはそれを遥か彼方、地球にいるケロロ小隊に向けた。日夜待機しているクルル曹長に阻まれることを知っているから、本部のコードを使わずに自分専用のコードを使ったのだろう。
クルル曹長は一瞬迷うようにした後、彼の隊長であるケロロ軍曹を呼び出した。ガルルの名前を出されたケロロは別画面で驚いてすっころびながら、急いで彼のラボに駆けつける。


『ゲロッ!こ、これはこれはガルル中尉殿!!本日はお日柄もよくっ』
「ケロロ隊長。今は悠長にあいさつを交わしている場合ではない」


ガルルの冷たい声に、ケロロが身体を固くさせ緊張したのがわかった。その様子を見ながら、の負った任務をガルルは思う。それがこの星とケロロの抱えたものだとしても、彼女に背負わせる必要はなかったのではないだろうか。



「本日、看護兵及びトロロ新兵両名の任務放棄と妨害が確認された。現在はCケロロ隊長を伴い逃亡中だと思われる。…………彼女たちの行き先について、ご存知ではありませんかな」


画面の中、ケロロがはっきりと目を見開くのがわかった。


「彼女は特別任務についていた………Cケロロ隊長をタマゴに強制還元するという、任務に」


胸騒ぎが、どうか現実のものにはならないで欲しいと切に願う。
























(07.11.22)