銀行強盗の手並みは、驚くほど手馴れていた。たちが入ってきたシャッターをすぐに閉め、外からまったく中をうかがい知れないようにして、手早く人質にロープをかけていく。太いロープで、後ろ手と足首に何重にも巻かれたそれは、実戦経験も少ないトロロやCケロロにははずせそうにはない。 店内に人は少なかった。閉店時間ぎりぎりであったからか、とトロロとCケロロ以外の客は男性が二人と主婦らしき女性が一人きりだった。そのほかには銀行員が十人ほど、映画のように両腕をあげて犯人たちを見ている。 「犯人は、男が7人」 小さな声では呟く。視線は落とさなかったので、トロロはそれが彼女の独り言かと思ったほどだ。けれど、その声があまりにもはっきりとしていたので自分に向けられたものだと理解する。ぐるりと店内を見回すと、黒い目だし帽をかぶった男が3人確認できた。が7人と言ったが、銃を持って真っ黒な格好をした男たちは3人だった。トロロは首を傾げ、Cケロロは律儀に数を数えては首を捻っている。 「奥から足音がします。たぶん、4人分」 正解だった。が言った途端にどやどやと五月蝿い足音を立てながら男たちが奥の部屋から出てきた。ちょうど4人、けれどその全員がここにいる黒ずくめの男たちとは違っていた。彼らはマスクをしていなかった。おかしい、とトロロは思う。隣でが、ひゅっと短い音をたてて息を飲んだ気配がした。 ようやく事態が動いたのは、プルルから連絡をもらってから2時間ほどたったときだった。その間にガルルは空っぽであったというトロロのラボにタルルを向かわせた。比較的仲が良かった彼であれば異変を感じとれるかもしれなかったし、変化にも気付けると思ったからだ。けれど戻ったタルルはそれこそ何もなかったことをガルルに告げた。いつもより片付けられたラボ、不自然に積み上げられたお菓子、電源が切られたパソコン。辛そうに告げる彼が下を向いたとき、画面が突然切り替わってクルルが現れた。クルルは単独でたちの居場所を探していたらしい。はるか遠くの地球では無理かとも思ったが、距離など彼には関係ないようだった。 『たちが見つかったぜぇ』 けだるそうに手元だけは止めずにクルルは言った。その背後には、ガルルが通信したときと同じようにケロロがたたずんでいる。 「…………ホントっすか?!」 「………どコ…だ」 自分の両脇に並んだタルルとゾルルが同時に聞いた。ガルルは画面の前で、両肘をつき手を組む。クルルはもったいぶっている様子はなかったが、余裕があるようにも見えなかった。 『3分前、そっちで銀行強盗がおこったのは知ってるかぁ?』 3分前。言われてガルルは軍の情報網を開いて、確かに3分前に都市内の銀行に強盗が入ったという記録が残されていることと、すでに軍とは違う警察が出動準備をしていることを知った。とりあえずの情報を頭に入れながら、ガルルはクルルに視線を戻す。 「あぁ。起こっている。…………それが何か?」 まさかたちが銀行を襲っているとでも言い出すのだろうか。内心で考え、それもありえるかもしれないとたちの破天荒さに呆れた。けれどクルルはそんなことは言わなかった。『これを見なぁ』と画面端に小さく映像を映し出してくる。荒れた映像はどこかの室内を現しているようだった。大きな机が並び、人が大勢いるのがわかる。 「これは?」 『あぁ、それじゃわかんねぇか』 言ったあとにすぐ拡大し、画面も大きくなる。クルルとの宇宙回線とその映像で半分半分になった画面は狭苦しくなったように思えた。けれど、そこに映っている映像に驚きを隠せない。店内は異様な光景だった。3人の黒い目だし帽をかぶった男たちが銃を握り、十数人の女性や男性が座らされ、足くびにロープが巻かれていた。全員が手を後ろにしていることから、両腕もロープで縛られているのかもしれない。その中、出入り口に近い場所にたちの姿があった。 『いきさつは知らねぇが、たちは銀行強盗に捕まってやがる』 「…………なぜ」 『知らねぇっつってんだろ。ちなみにこれは防犯カメラが壊されたときのための隠しカメラの映像だ。本来なら軍か警察の監視下に置かれるやつだな。面倒なんでオレが奪ってやった』 なんでもないことのようにクルルが笑う。けれどクルルが奪ったせいで警察の方では対策に困っていることだろう。面倒で済まされることではない。 「あなたにはまったく、驚かされることばかりだ」 ため息と一緒にガルルが零す。クルルの有能さに舌を巻き、その傍若無人ぶりも相変わらずであることを確認した。クルルはまた笑って、ガルルの賞賛には答えなかった。 銀行強盗の画面に、新たに4人の男が別の部屋から出てくる。 マスクをしていない男たちは、一様に不穏な空気を纏っていた。他の3人とはまったく違う、それはトロロがやっと慣れ始めてきた不穏さで、自分もそうなるかもしれないという可能性を秘めているものだった。4人は会話を最小限に抑え、リーダーだと思われる人物が予定を指図していた。自分に従うことが当たり前だという態度だった。軍と同じ、幹部のやつらと一緒の高圧的な物の言い方で、他のやつらは怯えるでもなく反論するわけでもなく、すべてに従っている。 彼らは金を手に入れたようだった。逃げる算段をつけているのか、人質の処理に困っているのかはわからなかったが、彼らは短く何かを確認していた。そして次の瞬間、サイレンの音がして店の周りで止まった。警察が来たのだ。 「…………まずい」 トロロは反射的に呟き、とCケロロを見た。このまま掴まればすでに任務放棄が確認されているは確実に処罰の対象となる。けれどは冷静に犯人グループを観察していた。表の警察官たちは出てきたのかどうかはわからないが、気配だけは濃くなった。 追い詰められた犯人たちがどんな行動を起こすのかとトロロが考え始めたとき、それは起きた。突然、グループのリーダー格の男が何事か吠えたのだ。それは本当に雄叫びに近かった。それに追従するように他のやつらも叫びだす。耳をつんざくほど高くはないが、鼓膜を容赦なく震わされる声にトロロは目をつぶる。 「…………まずい、ですね」 まだ口々に叫んでいる男たちを見ながらが言う。ただ、そのニュアンスは先ほどのトロロの「まずい」とは違っていた。視線だけで問えば、舌打ちしそうに唇を歪めたが答える。 「さっきのは、あいつらの名前です。最近、世間をにぎわせているテロリストをご存知ですか」 「え?…………あぁ、次のボクたちの仕事?」 ガルル中尉のところにあったファイルには、最近ケロンで活動が確認されたテロリストの動向をまとめてある。政治色の強い、自爆や破壊を好む過激集団だった。あんまりにも音が大きすぎて聞き取れなかったが、そのグループらしい。ということは、彼らは銀行の金に興味などなく、警察を呼び寄せ世間の脚光を集め、自分たちの主張を告げることに重きを置いているのかもしれない。例えば要求が飲まれない場合、人質を殺すことで自分たちの本気さをアピールするような。 「…………トロロ新兵」 が、恐ろしく冷静な声で言った。青くなっていたトロロ新兵はその声に我に帰る。 「この世は実力主義です」 「え?」 「計画変更ですよ。逃げるのではなく、認めさせてやりましょう。Cケロロがどれだけの力を持っているのか」 の声はちっとも怯えは含まれておらず、それどころか嬉しそうな響きさえ滲ませていた。なんのことかわからないトロロは首を傾げる。はゆっくり口角をあげて微笑み、大人しく縛られているCケロロを見た。 「この子をタマゴになんて戻すのは惜しい存在なのだと教えてやりましょう。今から彼はわたしたちの隊長です」 彼女がしようとしていることをようやく理解して、トロロは驚くでもなく怯えるでもなく奇妙に納得する気持ちになった。頭が任務にすばやく切り替わったせいかもしれない。 結局自分も統率の取れた軍人なのだと、改めて確認する。 |