銀行強盗の行動は早かったが、の計画はそれ以上に素早く俊敏で、トロロを驚かせCケロロを喜ばせるには充分な力を持っていた。 警察と交渉し始めた犯人たちの目を盗み、小声で会話しながらはこれからやることと役割をきちんと伝えた。まずが飛び出し、犯人たちをかく乱させる。彼女のロープは座らされたときには解いており、足のロープもすぐにはずせる状態であった。言いながらは気付かれないようにトロロとCケロロの手のロープもほどく。足は、彼女が飛び出すときに隠していたナイフを置いていくから自分で切るようにと言われた。 「トロロ新兵は、店のドアをあけてください。あのシャッターは手動じゃないでしょう?」 「うん。それにたぶん、防犯用のロックがかかってる。店のパソコンさえ触れればどうにかなるヨ」 「オーケー。扉さえ開けられれば人質も逃がすことが出来ますし、警察だって突入できます。わたし達は迅速に事態を収束させなければいけません。人質に怪我があってはいけない。なにせ」 そこで真面目ぶって、怯えた女性らしく小さくなっていたが微笑んだ。 「わたし達はCケロロ隊長のもとに、行動を起こすんですから」 の計画はつまり、Cケロロの指示の元にテロリストを一網打尽にするというものだった。Cケロロはもちろん隊長としての才覚は充分にある。地球にいるケロロ軍曹とは違い、軍人としてのマニュアルが彼にはインストールされているはずだった。だから子どものクセに読みが早く、度胸が座っている。の声をちゃんと聞き取って頷き、「わくわくするであります」などと言っている姿は子どもそのものなのだが。 「では、いきましょうか。隊長は隠れていてくださいね。トロロ新兵も気をつけて」 返事をしながら、が誰かに対して「隊長」と使うのは何年ぶりだろうと考えていた。 「さぁ、隊長。どうぞ、ご命令を」 が本当に小さな声で伝える。ぱらりと、ロープがはずれる音。Cケロロが息を吸う。とてつもなくウキウキとした調子で、まるでお祭りの前にみたいに。 「作戦開始であります!!」 「サーイエッサー!」 響く声を合図にして、が一番近くに立っていた黒ずくめの男を殴り倒した。 * * * * 「戦っているだと…………?!」 銀行内の異変に気付き、ガルルが声を出した。つい先ほどタルルとゾルルを銀行に向かわせたばかりだ。彼らがいればあれだけのテロリストに遅れを取ることはないと思ったし、たちを上手く救出して穏便にことを済ませられると考えてもいた。 けれどたった今、Cケロロの命令を皮切りには犯人を殴り倒した。一撃を容赦なくみぞおちにいれる、強烈な一発だ。犯人は呻く間もなく昏倒した。 『クーックック! さぁすが、だ』 「笑い事ではない」 右画面の半分でクルルが笑い出した。ガルルがたしなめるが、そんなことでクルルは動じない。そうこうするうちにもは二人目の犯人の銃を蹴り上げ、右の頬から地面に叩きつける拳を繰り出している。 『おいおい、が負けるとでも思ってんのかよ』 クルルがせせら笑いながら、自信たっぷりに聞く。たしかに敵は少なかったが、にはブランクがある。 「の強さは認めよう。だが、彼女はもう何年も戦場に出ていない」 厳密に言えばケロロ小隊が地球への任務に赴いてこれまでの期間だ。その間、は看護兵として室内での仕事をこなしていた。クルルたちと共に突撃兵として働いていたころとは、どうしても同じだとは考えられない。けれどクルルはそんなことがまったくあるわけがないという表情で笑っている。それまで黙っていたケロロが一歩、画面に近づいた。 『はやられはしないでありますよ。ガルル中尉』 「ケロロ軍曹」 『ずっと、これよりも辛い場所では戦ってきたのでありますから』 突撃兵であるは、無傷のままの兵士を相手にしなくてはならない。それを倒したならまた新しい相手が、やっぱり無傷のまま襲い掛かってくる。は特殊能力を持っていなかったからビームで敵を一網打尽にすることはできなかった。肉弾戦をフルに使い、敵の間をすり抜け確実に一発で仕留めなくてはならない。無駄のない動きが求められ必要とされる。勇気はもちろんのこと、恐れなどはもってのほか。そんな世界。 『ただ…………』 ケロロが言いよどみ、ガルルから視線をはずした。彼も画面越しにを見ているのだとわかった。は黒ずくめの男を三人倒し、軍人あがりだと思われる4人に向かっていた。 まず一人、銃ではなく棒のような武器を操る男の後ろに回りこみ手刀を首筋に叩き込む。なめらかだか焦っているように感じる動き。 「ただ、今の彼女には荷物が多すぎる」 ケロロの言葉を引き継いで、ガルルが答える。画面の端でうずくまる銀行員と一般人。はそれにも配慮して、まずは銃を持つ手近な三人を狙ったのだ。本来であればリーダーを仕留めるべきところだったのに、は人質を優先させた。 あと3人。リーダーを残し、他の二人がに向かってくる。銃を器用に避けながら、は一人の顎を下から殴り銃を遠くに放り投げて、もう一人の男も銃と一緒に蹴り倒した。 * * * * もう少しだ。 トロロはが置いていったナイフで足のロープを切り、同じようにしてCケロロのロープも切ると四つんばいになって窓口に滑り込みパソコンを起動させた。微弱な振動音と共に画面が光りだす。自分のパソコンならいざ知らず、業務用のパソコンは起動まで恐ろしく時間がかかる。トロロは苛々しながらを見やった。が男を蹴り倒しているのが見えた。あと、ひとりだ。 突然がこちらを向いた。同時に、瞳を大きく見開く。 「トロロ新兵!」 悲痛な声でが呼ぶ。わけがわからなかった。けれど、自分がすっぽりと何かの影に入ったのはわかった。振り向いて、息を飲む。振り上げられた拳が見えた。とっさに動けず、トロロは右頬をしたたか殴られた。衝撃が、思考を無理やり中断させる。 勝利を確信して背後に気を配ることを忘れていた。もっと言えば、背後から銀行員の服を着た男に殴られること想定していなかったのは、果たしてどこまでトロロのミスであっただろうか。 |