突然上司に呼ばれたのは、目を覚ましたタルルとゾルルを見舞っての処分を告げて戻ってきたときだった。二人は痛々しい傷跡を残しながら、包帯に巻かれ、大人しくベッドに横たわっていた。二人とも、が謹慎処分だけであったことを喜んでいた。だから表面上に浮かぶ辛さが、を止められなかった自分たちに向けられるものであることはすぐにわかった。に手を出せなかったのは彼らが彼女の友人であるからで、ガルルはそれを咎めることはできない。軍人として発した命令ではなかったし、自分だってを相手にすれば手などだせなかったことなど目に見えている。


「お呼びでしょうか、大佐」


シンプルだが貫禄のある調度に彩られた部屋で、ガルルは敬礼をする。自分を呼び出した上司は、ガルルが部屋に入り名乗りをあげるまで窓の外を見ていた。もう夕暮れに近くなった空は、遠くに闇をはらんでいる。
大佐はこちらに向き直り、呼びつけた唐突さと同じくいきなり話を切り出した。「彼女の件をおかしく思うかね」直球すぎて、ガルルははっきりとした戸惑いを浮かべてしまう。


「大佐………?」
「いや、君のことだ。疑問があれば追求するだろうと思ってね」
「それは………」


調べようとした矢先に呼ばれたことを、目の前の人物はお見通しだった。
ガルルは、だから観念して一度目をつむって覚悟を決める。


「単刀直入にお伺いしたい。なぜ、を特別視なさるのですか」


特別視。は二度、厳罰を逃れている。一度目は敵に捕まり、女性というもっとも弱い部分を逆手に取られた。軍全体の失態だったにも関わらず、は部署移動と言う通常ではあり得ない降格処分を受けただけだった。そして今回、は任務放棄を犯した。クローンの強制還元は日時や場所を指定される。看護バッグを転送した時点で、彼女の罪は確定していたのだ。
それなのに、彼女はまたも一ヶ月の謹慎処分を受けるだけで事を免れた。それはいったいなぜなのか。
大佐はガルルをじっくりと観察するように眺めてから、うっすらと微笑んだ。


「さすがはガルル中尉だ。肝が据わっているな。だが、物事はそう簡単なものではない」
「…………」
「君には理解できないかもしれんことを、もうひとつ伝えよう。今日の会議で決まったことだ」


大佐は机の上にあった書類を一式、ガルルに手渡す。


「Cケロロの強制還元を正式に中止することが決まった。これは、その承認だ」
「……!」


特殊な場合を除き、根本を同じくする人物の同時存在は許されない。軍法に規定されているこの法律を、覆すことなど出来るのか。ガルルが目を見張ると、大佐は笑ったまま肩をすくめる。


「今が、その“特殊な場合”であると我々は判断したということだ」
「………なぜ、ですか」
「ふむ。難しい質問だな。…………上辺だけの根拠では、君は納得せんだろう」


大佐は考えるふうに顎に手を当て、もう一度窓辺に近寄った。その先に濃くする夜を見ながら、五分ほどそうしたあとで、ゆっくりと振り向く。


「彼女の昔を知っているかね?」
「は?…………一部始終は」


が昔、荒れているのは知っていた。そういった連中を統率していたことも、そこそこに名前が売れていたことも調べはついている。けれどそのあと、なぜか彼女はすべてに敵対し、ケロロに救われ、軍に来た。


「一度、が率いてた集団を討伐しに軍が動いたことがある。秘密裏にだ。若者の暴走とはいえ、の力は強大であり、脅威だった」
「………軍が、ですか」
「そうだ。にわかには信じがたい話だろう。当時は随分と揉めたものだ。警察に任せておけばいいと一度は幕を閉じたのだが、警察の部隊が壊滅させられてね。軍にもう一度白羽の矢がたった」


あんまりの失態だろう。だから、当時は情報を流さなかった。
大佐は懐かしささえ漂わせて語る。その口調にどこも避難するものがなくて、ガルルはいささかいぶかしんだ。


「それで、軍の方も討伐案が出た。しかし、先に言ったように若者の集団だったからな。下手に力を加えて、死者が出たらコトだ。だから、軍の精鋭部隊を向かわせた。拮抗する力ではなく、容赦なくねじ伏せるつもりだったようだ………。しかし、その部隊は」


そこで本当に面白いと言った様に、大佐は微笑む。


「たった一人の少女に壊滅させられた。あんまりにもあっさりと」
「それが、ですか」
「そうだ。…………だが奇跡的に死者はでなかった。今でも覚えているよ。偵察衛星が映し出したのは、累々と倒れる兵士の中で、たった一人たたずむの姿だった」


幼い少女が一人でいる情景にはひどく似合わなかった。大佐は言い、当時の軍内部の混乱振りを話して聞かせる。だが、ガルルは重要なワードを聞き逃さなかった。


「大佐、は一人で立っていたとおっしゃいましたか」
「……あぁ、たしかに言ったな」
「彼女の統率していたグループは、共に戦わなかったのですか」


もちろんそうではないことくらいガルルにはわかっていた。今回の事件があったあとだから、それは痛いほどよくわかる結果だった。大佐は微笑むのを止めて、ガルルをまっすぐに見る。射るように、冷たい視線で。


「彼女はすべてをなぎ倒してしまった。…………それからだ。がグループを追われ、一人で戦いだしたのは」


符号の一致した瞬間だった。は仲間も敵もすべてを倒してしまったのだ。今回のように我をなくし、目に映るすべてのものを攻撃対象にして遂行した。自分ひとりが立っている戦場で、は何を思ったのだろう。悲しかったのだろうか。泣いていたのだろうか。そのときいなかった自分には、想像することすら憚られる情景だと思った。


「だから、ガルル中尉。軍はを、君の言うように特別視しているわけではない。単純に…………恐れているんだ」


彼女の暴走を、破壊衝動の矛先がどこに向けられるかを。
大佐は、今度はひどく悲しそうに残酷な笑みを浮かべた。もうすっかり暗くなった空のせいで、表情はうまく読み取れなかったが、それは残酷な笑みだった。


「これは決して慈悲のある判断ではない。Cケロロが生かされたのは、その用途があるからだ。……………質問の答えになったかね。ガルル中尉」


ガルル中尉は礼を言う。決まりきった文句の中で、苦い味をかみ締めながら。

























(08.02.23)