自分のアパートに戻ったときすでに空は白んできていて窓から朝日が見えた。立ったまま、は何をするでもなく、段々と色を取り戻す空を見ていた。雲は少ないから、今日はきっと日差しが強いなとぼんやり思う。明かりに満ちる輝かしい町並みが、なんとなく自分とは違うもののようで、言い知れぬ疎外感を感じる。 自分が何をしたのか………わかるかい。 軍法会議が始まるなり、目線よりも上に座る大佐がそう聞いた。を囲むようにしつらえた部屋は、裁判のそれとよく似ている。顔ぶれはどれも軍の中核を担う重鎮ばかりだった。一瞬答えることに躊躇した。けれど、はっきりと自分は答えられたはずだ。タルルとゾルルを倒したのは自分であると。 本当は、わかってなどいなかったというのに。 切れたのは随分久しぶりのことだった。自分をなくして戦うことなど、ケロロ小隊にいたときはなかった。いつも最前線を走っていたけれど、後ろに味方がいることがはっきりとわかっていたし、それが何より強くを世界と結び付けていた。彼らがいるから、どこまでも理性的に闘うことが出来た。我を失うほどの恐怖を受けずに済んでいた。 けれど、トロロが倒れたときは違う。あの全身に走った電流は、恐怖以外の何者でもなかった。指先がしびれるほどの衝撃と、目の前が真っ白になるほどの驚愕、喪失感をあれほど強く感じたのは始めてだった。ケロロたちが地球に赴くときでも寂しさはあったが喪失感を感じることはなかったので、余計にその緊張感はを追い詰めた。 トロロが倒れて、自分のせいでそんなふうになっていることが許せなくなった。自分などいなくなってもかまわないから、どうかこの状況を覆せる力が欲しいと願った。自分なんて、死んでもかまわないから。 そう思ったまでは覚えているのだが、の意識は唐突に途切れた。トロロを殴りつけた犯人の一人のナイフを見ていたときだ。ゆらゆらと振られるナイフがちらちらと光を反射して、を一瞬だけ写した。ひらめくように、自分と目があった。あのとき、は誰かと交代しているのだと思う。何も考えず、この状況を変えるだけの力を持つ自分と成ったのだ。目標は、犯人を殺すことだけ。邪魔するものは誰であろうと許さない。そんな命令を受けた機械人形が、わたしだった。だから、タルルもゾルルも敵だと判断したのだ。 「ケロロさん」 誰も居ない部屋で、呟く声はすぐに溶けてしまう。この部屋にケロロが始めてきた日、彼は自分の小隊に入ってほしいと言ってくれた。久しぶりに会ったというのに、昨日会ったばかりのような親しい顔でケロロは笑った。その笑顔が、嬉しかったことをよく覚えいている。 ケロロは知っていた。追い詰められたがどんな状況になってしまうのか。理性を切ることが、すでに日常と化していた世界にいたことを知っていてくれた。だから、あんなにも温かい場所を用意してくれたのだ。戦っているときひどく安心できたのは、あんなにも満たされていたのは、それがケロロ小隊であったからだった。 「…………成長が、ないなぁ」 ケロロが地球に滞在して長い年月が過ぎようとしている。それなのに、自分は成長するどころか、無茶をやってケロロに助けられたときに戻ってしまっていた。なんとも情けなく、自分を信用できなくなる。軍を辞めてしまおうと思ったのは、それが理由だった。 ガルルたちにそれを告げたときを思い出し、ぼんやりと頬が痛んだ。婦長に叩かれた左頬は、受けた衝撃ほどの威力を持たなかった。腫れることはない。 自分を捨てることは本当に容易くて、幼かった自分はすぐに捨ててしまえた。けれど今、そんなふうに捨てられない自分がいることを婦長は教えてくれたに違いなかった。捨ててしまうには、長く生き過ぎており、多くの人に会ってしまっていた。 けれどどうしようもなく空いた胸の穴は埋められない。空はどんどん青さを取り戻し、町はすっかり朝の準備を終えてしまった。昨日とは違う、今日が始まる。 |