不思議な静寂の中に、わたし達は二人で寄り添っていた。彼はとても小さかったので、他の人からは寄り添うという情のこもった見方は出来ないかもしれないが、わたし達二人にとってそれは寄り添うというより他にない行動だった。
ケロロは先ほどから、少しだけ無口だ。時折ガンプラが、とか、侵略が、と申し訳程度に話しはするのだが、それはまったく本心から出た言葉ではなかった。そうではないとわかるほどよそよそしく喋れる彼はすごいかもしれない。だからわたしは隣で寄り添いながら、彼の話にじっと耳を傾ける。ガンプラのことにも侵略のことにも興味のないわたしにとって、関心があるのは彼だけなのだ。
「殿」
しばらくして、彼がやっと意味を込めてわたしの名前を呼んだ。わたしは今までの延長のような口調で――彼が込めた意味になど気づかなかったフリをして――返事をする。
なぁに。つとめて柔らかく聞こえるように、なんとなく気をつかった。
「我輩が、殿を抱きしめられたらよかった」
ぽつりと、ケロロは独り言のように呟く。わたしは彼が何を言いたいかを少しばかり考えなければいけなかった。その唐突さに、驚く時間も必要だった。
抱きしめられたら。
それはたぶん、今この場で両腕の中にすっぽりと収まるだけの話ではない気がする。ケロロの腕の中にわたしが入り込むのは無論できないけれど、彼はそういうことを言いたいわけではない。地球人スーツを着てというわけでもなく、誰からの助力も得ずに、ケロロはわたしに近づきたいのだ。
苦笑するしかなくなって、わたしは実際笑った。
「………………そんなに信じていないわけではないよ」
こんな言い訳で彼が納得するわけがないことはわかっていた。苦しめるだけの理由だということも、承知していた。ただ彼に再確認させるだけの言葉だということも。
けれどやっぱりわたしには「信じていないわけではない」ことしか伝えることが出来なかった。ケロロは前を向いたまま、寄り添っているというのにまったく和まない雰囲気の中で、ぎゅっとこぶしを硬くする。
「我輩が」
とても小さな体は、わたしの視線の斜め左にある。視線を下げなければ見つけられない。
そしてわたしが見ているケロロは、たぶん彼の本心の半分以下も語っていないのだろう。辛そうに俯いていても、こぶしを握り締めていたとしても、その半分もわたしは見ることが出来ていない。
「強くあれば、よかった。もっと真面目で、殿にわかりやすい愛情を与えられることが出来ればよかった………………であります」
いつもの口調にわざわざ戻して、ケロロは冗談のように笑った。自分の掴み所のない性格に、彼自身が辟易しているようだ。
ケロロは決してわたしに対して不平を言わない。こうやって愛の籠もらない会話を続けていたとしても、文句を言ったり怒ったりしない。それは彼がわたしを許しているのだと知っている。許して、わたしを受けて入れてくれているのだと。
だから、許していないのはわたしの方なのだ。
「抱きしめられればよかった、であります」
もう一度言うケロロは、その性格に反してとても優しい。
わたしは彼が強くなくても、真面目でなくても、わかりやすい愛情を与えられなくても、こうやって一緒にいることに支障はないのに、と思った。寄り添って過ごすだけなら、わたしはいくらでも彼に許してしまえるのだ。そんなふうになら、愛してしまえる。
「ケロロはときどき、むずかしいことを言うね」
理解してしまっているはずなのに、わたしはとぼけた。
ケロロがわたしに要求しているのは、とてつもない安心だ。そんなものを渡してしまったらどうなるかなんて、考えたくもない。すべて預けて全部許して、そうしなければ満足できないものなど何もないはずだ。少なくとも、わたしはそう思う。
「難しくはないのでありますよ。ただ、我輩が」
今日はケロロの懺悔ばかりだ。
「殿を安心させられるものを、何ひとつ持っていないのがいけないのであります」
痛々しく笑う、彼の横顔を見つめられるわたしは残酷だろうか。こんなにも真っ直ぐに見つめてしまえるのは、彼もわたしも相手に嘘をついていないからだ。どちらもどこで間違ってしまったかを知っている。立ち止まった場所を覚えている。そこから進むすべも、だから立ち止まってしまった理由も、同じように理解できない相手の理由も。
全部知ってしまっているから、わたし達の間に嘘はない。偽りもないので、とても気が楽だった。けれど傷つけあっていることに変わりはないので、とても辛かった。
「わたしも、もう少し強ければよかったね」
例えば、彼の性格や困難な社会的背景を直視できるくらいに、大人であればよかった。そして彼に安心と情愛を、押さえることもなく渡してしまえればよかった。
ケロロの懺悔と進まない会話に満たされて、この部屋はとても不思議なほど静寂にひたっている。静かで重い空気に溶かされて固まっていくわたし達は、一体こんなふうな会話をいくつ重ねればいいのだろう。わたしが大人になるまでだろうか。ケロロがいなくなってしまうまでだろうか。それとも、そんな日は来ないのだろうか。
「いつまでも、このままは嫌であります」
はっきりとした口調でケロロが言う。いつのまにか、こちらを向いていた彼の瞳は光を取り戻していた。わたしはなんとも言えずそれでもこの状況は息が詰まってしまうので、彼がそう言ってくれたのは嬉しかった。やんわりと笑って、「そうね」と答える。ケロロはやや不満そうな顔をしたけれど、短いため息をひとつ吐いたあとで小さな手をわたしの手に重ねた。
「今はこれで、勘弁してあげるでありますよ」
随分上からの物言いに、わたしは不平を漏らしながら、それでも握る手の温かさに耐えられずに握り返した。
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