この世界はまったく自分には馴染まない。本気になれば大抵のものを壊すことのできる腕を抱えてゾルルは思う。片目だけの世界はいつも灰色がかっていて寒々しい。肌に触れる鉄の感触だけが、この数年でようやく自分に馴染んだものだった。だからそれが、とても欲しくなってしまったのだろう。


「ゾルルー。ねー」


苦しそうな声が聞こえた。は後ろから抱きしめられるような格好で、ゾルルを受け止めている。


「無理だから。ありえないからー」
「…………」
「黙るのもナシ!」


怒ったような声のくせに、ゾルルの腕を包み込むの腕は柔らかく温かい。まったく、と更に声が重なって、仕方ない、に変わるまでそう長くかからないことをゾルルは理解している。


「いくらでもこうしてていいけどさ。でも、無理だと思うのよね」
「…………なゼ?」
「ん。だってまだ早いと思うし」


そういうと、器用に体を回転させてゾルルと向き合う。満足したようにゾルルの胸にぺったりと頬を寄せては笑った。ゾルルは抱きしめなおすために腕の位置をずらしながら、尋ねる。


「早イ………?」
「うん、そう」
「…………早イ、のカ…………?」


抱きしめあったまま、はぺったりと寄せた頬を少しだけ上にスライドさせてゾルルを見た。


「早いよ。わたしはまだまだゾルルを知り足りないもの。だから、ゾルルが望むようにわたしがしっくりあなたに馴染むまでは、まだまだ時間がかかると思う」


言い終わるとさらに力を込めて、ゾルルの背中に回した指先を組んだ。


「急がないでいいよ。わたしはあなたのものだし。ゆっくり、楽しみながら、お互いを理解していこうよ」


わたしはあなたのものだし。当たり前のように言われた言葉に、ゾルルは自分が安堵するのがわかった。少し疑っていたのかもしれない。だから、彼女に無理な願いを言ったのだ。受け入れて実践してくれるは優しく賢いなと、ぬくもりに酔いながらゾルルは思った。


「いつか溶けてしまえたらいいねぇ」


ふたり一緒に。の声は幸福そうで、それだけでゾルルも幸福になってしまい、馬鹿みたいに甘く濃い空気だけが取り残されて浮いていた。































(08.02.22) ゾルル兵長の行動をおおらかに見守れる人は実際あんまりいない気がする。