男はソレしか言えないだろうか。
好きだ。愛してる。君しか見えない。必ず幸せにするよ。大丈夫だ。安心して欲しい。だからどうか自分を選んで欲しい。君のことしか考えられない。好きだ。愛してる。絶対に、幸せにするから。


馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返されるそれらの言葉の羅列には正直うんざりしてしまう。確かにわたしも彼らに好意を持っていたし、それなりに嬉しかったりもするのだが、自分が主役だとしか思っていない彼らの言動はしばしばわたしを落胆させた。絶望と言ってもいい。彼らは言葉の使い方さえまちまちだけれど、要はこれらの台詞を並べ立てて贈り物のように大切にわたしに与える。見た目はリボンをかけられたような美しい言葉たち。けれど実際にわたしの胸に残るのは、彼らの安直な思考と低脳さ加減、それにあんまりにも少ないボキャブラリーに驚愕すら覚えるという虚しさだけ。
これがもし恋の力ってやつならば、彼らはすぐに治療を施されるべきだ。少なくともそんな陳腐な台詞で落とせるほど、女性というのは簡単な生き物じゃないのだから。


、聞いているのか」


静かな部屋で、静かな男が、空気を必要なだけ震わせてわたしを呼んだ。
目測三メートルほどの距離をとり、わたしは身構える。もちろん彼に対して構えるのであり、今から彼が放つわたしを絶望させる言葉に耐えるためのものだ。この雰囲気は間違いなく経験したことのあるそれだった。彼は――――ガルルは、いつも以上に真剣なように見えた。


「聞いてる。それで、なに?」
「…………そう、構えないでくれないか」
「構えてない。そう見えるんだとしたら、そうさせてるのはあなたよ」


わたしは正直にそう言った。とにかく緊張しているのは確かだ。張り詰めた一本の糸が、わたしをぴんと立たせている。それが今から訪れる絶望のためなのかはわからない。男性がこういった雰囲気を作り出すたびに言われる言葉を予測することはできるのに、なぜかそれ以上のことが―――例えばどうして愛だの恋だのと叫ばれるような関係になってしまったのかということが―――にはわからなくなる。彼はどうして真剣な瞳でわたしを見ているのだろうか。どうしてこんな部屋に二人きりで、彼と向き合っているのだろうか。そもそも愛していると言うのは自己満足なのだから、こんな緊張を強いるのはまったく迷惑な話なのだ―――――――といった風に、にはわからなくなってしまうのだ。


「顔色が悪いな…………それも私のせいか?」
「そう、よ」
「…………ふむ」


考えるように腕を組んで、ガルルは黙り込む。わたしは自分が緊張しているというよりはおびえ始めているのがわかった。低脳で陳腐な、例の言葉を彼から聞きたくないと体全体で訴えているのがわかる。それは始めてのことで、だからわたしは上手く対処できていない。以前ならば絶望だけが心を満たして冷め切ってしまえたのに、今は痛くてたまらない。
ガルルが以前の彼らと同じであってほしくないのだと思っているのだと理解したのは、彼が突然わたしに歩み寄ってきたときだった。静かな部屋には似合わないほど突然に、ガルルはわたしの目の前に立った。そして驚くわたしが非難するよりも早く、その腕にわたしを閉じ込めてしまった。あんまりにも迅速で無駄のない動きに、ようやく状況を理解したわたしは彼の腕の中でただ呆然とする。


「…………私はこういったとき、女性にかける言葉を知らない」


頭の上でつむがれる声の低さは、相変わらずの彼だった。


「だから、どうか逃げないでくれ」


胸の温かさ、心臓の音、しっかりと抱かれている自分が感じるのは少しも揺るがないガルルの全てだった。言葉とは裏腹に、わたしを逃がすことを許さない腕。


「…………もちろん、もし嫌ならば跳ね除けてしまって構わない。私は二度と君の前に現れないことを誓おう」


許さないくせに、しっかりと抱きしめておきながら、彼はそうやってわたしに対して逃げ道を作る。とても卑怯な手口だとわたしは咄嗟に思った。なにしろ抱かれた瞬間に拒否しなかったわたしは、彼の言葉をただ聞き入っているわたしは、この腕を跳ね除けるだけの理由を失ってしまっている。


「…………卑怯、だ」


胸の中で、緊張したまま声を固くした。きっと届いたわたしの抗議の声は、けれどガルルの腕を緩める効果はもたらさなかった。ただ、ガルルの気配が薄く柔らかくなったような気がした。


「すまない」
「…………謝るのも、ずるい」
「…………ではどうしろと言うんだ。私は女性にプロポーズなどし慣れていない。少々手荒くても、我慢してくれ」


日常会話の延長のような口調で、ガルルが言った。


好きだ。愛してる。君しか見えない。必ず幸せにするよ。大丈夫だ。安心して欲しい。だからどうか自分を選んで欲しい。君のことしか考えられない。好きだ。愛してる。絶対に、幸せにするから。


そのどの言葉も使わずに、ガルルは言ってのけてしまった。緊張と絶望を感じさせたくせに、最後の最後で逆転されてしまった。
わたしの負けだなと、どこか嬉しさを含ませながら感じる。もちろん心の底から。


「プロポーズなんて、し慣れてちゃ困るわよ…………」


胸に顔をうずめながら言った言葉は彼に通じて、「そうだな」と更に柔らかくなったガルルの声が鼓膜に返ってくる。わたしは薄く薄く、彼の十分の一ほどの力で弱々しく笑った。















































(08.05.03) ガルルさんは、困らせ上手だといい。