可愛げのない子供だと思った。第一印象はもちろんのこと、今でもその感想に変わりはない。彼はわたしが出会ってきた子供の中で一番性質が悪く、子供の持ち合わせている純粋で自然な可愛らしさがなかった。軍で働いていると言っていたからそれも作用していたのかもしれない。なにしろ平和な地球育ちのわたしには、ケロン星とやらの軍人がどれほど辛い目にあっているのかなどわかるはずがない。けれど彼が可愛らしくないことだけはようくわかっている。
なにしろトロロは、決して泣かないのだ。わたしの前で、我侭は平気で言うのに泣いたことは一度たりともない。泣きそうになったことさえもないのだから、彼はまったく子供らしくなかった。我侭を放置しても、意地悪なことを言っても、トロロは我慢しているのか馬鹿にしているのかわからない表情で、飄々としている。大人らしくではなく、風に吹かれる柳がそうであるように、何にも感じていないような態度をあらわす。それが気に入らない。


「トロロ、ねぇ、トロロってば」
「なんダヨ、


時折、ふらっと遊びにくるトロロは今日も部屋でパソコンに向き合っている。何のために来るのかまったくわからない。わたしに構うわけでもなく、長時間放っておくわけでもないこの時間がとても嫌いだ。


「ねぇ、トロロはどんなことをしたら泣く?」


不機嫌なわたしは少々自棄になっていたので、不快な質問だってぶつけられた。トロロはとめることのなかった手を、ぴたりと止めた。振り返る。不快な質問のせいで、やっぱり機嫌を悪くした顔をしている。我侭をいうときとは違った乱暴な顔。


「なにソレ」
「単純な質問。だって、トロロが泣かないから」


日常で泣くことなんて物心がつき始めたときにはもうなかったくせに、わたしは堂々と言い放った。まるで泣くことが自然で、そうできないトロロが不自然であるような言い草だと自分でもわかっていた。そんなのは個人の自由であることも、十分承知していた。
けれど抑制がきかなくなった言葉は暴走して、わたしは更に不快で暗い言葉を吐き出してしまう。


「わたしが死んだら、トロロはやっと泣いてくれるのかな」


愚かで湿っぽくて陰湿な声だと、思う。平和な世界で暮らすわたしには、死と言うものが具体的にわからない。でも意味の中に含まれているどんよりとした不幸はわかっていた。
トロロの顔が一瞬、とまった。時計の秒針が突然止まったような不自然さで、次の瞬間にはぐんにゃりと歪んでいく。戸惑っているのだとわかったのは、彼がぐっと唇を引き結んで下を向いたときだった。こぶしが震えて、視線はつま先をじっと見ていた。まるでそれが元凶だと言わんばかりに、睨みつけていた。


「馬鹿じゃないノ」


罵ってくる声が脆弱であんまりにも脆いので、今度はわたしが狼狽する番だった。どんなことをしても泣かなかったトロロが、あんな一言でこんなにも弱々しくなってしまうとは思わなかった。罪悪感が胸を占めたが、どこかしら達成感もあったことを否定できない。わたしは残酷なことに、彼が何よりもわたしのことに対して感情を乱してくれたことが嬉しかったのだ。
こんな支配欲は子供にしか許されないと思ったが、わたしはそれを認めてしまいたくなくて、トロロと一緒に彼のつま先をじっとみつめた。可愛らしい足の先、トロロは黙ってもう一度、「ホントに、馬鹿じゃないノ」と繰り返す。




































(08.02.22) トロロの子供っぽい部分を書こうとすればするほど、複雑になる。