仕事をするようになって、自分は格段に時間の使い方が上手くなったと思う。頭の中で手順を踏んで、その通りに行動すればどうにか昼休みを確保できるし、苦手な事務処理も慣れれば単純でつまらなくなってしまった。それでも自分の机がすっきりとしたことなどなく、けれどそれは時間に関係なく使いやすさを求めたものなのだと思い込んで放置している。
時間はとても有効に使わなければいけない。直属の上司で、タルルの尊敬するガルルは言った。時間は無限ではなく、科学力の優れたケロンでもそれは決して覆せない。限りあるものは意味のあるものにしろと教えてくれた上司を、やはりタルルはすごいと思っている。
時間は一律に平等で、感情を挟む隙もないくせに驚くほどこちらに作用してくるのだ。
「タルル、聞いてる?」
ぼんやりとしていたことを見咎められた。タルルは急いで意識をこちら側に―――昼間のカフェと言うなんとも暢気で明るい場所に――戻した。テーブルの向こうにが頬をついたまま、瞳を細めて機嫌を悪くしている。幼さを残した瞳は大きい。
「あぁ、悪いッス。ちょっと考え事してて」
「なぁに。またミスしたの?」
「してないッスよ。それより、今日はどうしたんスか」
時間が取れそうだからお茶をしよう。明朗には誘う。そこに一切の色を持たせないことが、タルルに好感を抱かせた。彼女は幼年組からの同期で、今はメカニックを専門にしている。機械や武器を扱い、ときには戦艦さえも手がけることだってある。けれど、だから突撃兵の自分とは会う時間がぐっと減ってしまった。友人である以上頻繁に会いたいとねだることも変だから仕方のないことかもしれないが、それでも仕事に忙殺される日々に会いたいと何度も思った。
は手元にあった、穏やかな濃いキャラメル色の液体の揺れるカップを持ち上げる。それから小さな肩を竦めた。
「用ということもないんだけど、本当に久しぶりに仕事が空いたの。大きな艦を作っていたから」
「へぇ、すごいッスね」
「すごくないわ。部品のひとつひとつは、誰にでも出来る作業が多いのよ」
冷めた口調で言い放ってから、は厚い白地のカップに口をつける。指先は小さく細く、部品を扱うにしても頼りなく思えた。
一緒に幼年組から卒業した。一緒に軍にはいった。それなのにどうして、自分のほうが先に大人になんてなってしまったんだろう。彼女の幼い顔を眺めるといつも絶望に満ちていく。幼いなんて、思ってしまうことに対しても。
「それより、タルルの方はどう? 戦場はつらい?」
「……………まぁ、嫌なことはいっぱいあるッスよ」
「そうね。可笑しなことを聞いてごめんなさい」
さっと身を引くように言葉を反転させるは賢い。こちらの触れて欲しくない部分を、避けて通れる頭の良さを持っている。会話の内容だって、の方が大人らしく機知に富んでいるというのに、謝った彼女の唇は薄く柔らかで子供のようだった。
「」
名前を呼んでみる。しばらくぶりに会った時、タルルはすでに成人になっていて、はいささか驚いたものの喜んでくれた。格好いいと褒めてくれた。友人としての距離を壊さずに、あまりにも上手には突き放す。距離をつめられなかった言い訳に、自分が幼いことをあげられないことが悲しかった。
キャラメル色の液体がゆらゆらと歪んで揺れている。
「なぁに」
時間が戻ればいいと思った。それで自分が大人になってしまった理由を見つけて、なくしてしまいたかった。が距離を持つようになる理由など、欲しくなかった。会いたいと言われてあんなに嬉しかったというのに、今はこんなにも淋しく思っている。テーブル分の距離さえももどかしいと、思ってしまうくらいに。
時間はとても有効に使わなければいけない。ガルル隊長の優しく太い貫禄のある声が、頭の中に響く。
「タルル?」
思うより先に行動してしまっていた。手順など踏まなかったのは、正確に頭が機能していなかったからだ。立ち上がったタルルはテーブルに左手をついて、右手をの頬に、身を乗り出して唇を奪っていた。衝動的に、けれど驚くほどの迅速さで。
唇を離したときは大きな瞳をまん丸くさせていて、先ほどまでの余裕はなかった。拒否されたらどうしようと、してしまった後で後悔した。逃げる選択肢も嫌う権利も、彼女は持っている。怯えるように自分の顔が歪んでいくのが、はっきりとわかった。
けれどタルルが謝罪するよりも早く、は声をたてて笑いだした。唐突に、手の甲で口を押さえながら容器に泣き出すような声を出す。
「……?」
「ご、ごめんなさい。だってあんまりタルルが可愛いから」
目じりに涙さえ浮かべて、は謝る。まったく謝られていると感じられない。
は微笑んだまま、テーブルに片手をついているタルルの手に自分のものを重ねた。それから悪戯っぽい瞳を向けて、ゆっくりと確かめながら「大丈夫」と頷いた。それだけで全部許されたような気がして、タルルは全身の力が抜けて喜びに沈んでいくのがわかった。
はくすくす笑いながら、呆けたようにしているタルルを上目づかいで見上げる。
「明日大人になっていたら、どうしてくれるの?」
言いながら、今度はから唇をあわせる。一度目よりも長く、二人とも周囲のことなどかまわずそうしていた。
やっと離れて、照れながら「甘い」と感想を漏らしたタルルに、はまた可愛らしく幼い顔を笑顔にする。
(09.02.22) 幼年体ラブです。
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