「誰かにとって自分がどれくらいの存在であるかがわかったらいいのに」
目の前にいる男に向かってそう言えば、自慢の片腕からのぞく刃を丹念に磨いていたゾルルがこちらを向いた。首を傾げるでもないその動作が、わたしの言葉を促しているのだとわかっている。けれど、わたしは彼を見つめたまま―――けれど、その実まったく彼など見てはいないようなそぶりで―――かぶりを振った。
この話はお終いにしましょう、とでも言うように。
「いいの。言ってみたかっただけ」
「…………なンだ」
「ちょっとした怠慢だよ。相手にとって自分の価値が分かったら、それはとても楽だと思ったのさ」
「…………」
「あ、納得したね? 怠慢だって」
ゾルルの沈黙はわかりやすかった。肯定も否定も、彼は上手に使い分けている。
灰色の肌にそれ以上に冷たいねずみ色の鉄を纏いながら、地球のぼんやりと平和な場所にいるゾルルはそれだけで異星人だ。奇妙に歪んでいるくせに、わたしの部屋は彼を受けいれてしまっている。長い時間と、短く大量な会話の末に手に入れた安穏。
「人間関係で悩んでいるわけではないからね。言っておくけど」
「…………もシ、分かッたトしたら」
「うん?」
「面倒、だロ」
ため息と言うには投げやりに、ゾルルは吐き捨てる。
相手の気持ちがわかったのならば――例えばゾルルたちの使うアサシンマジックなどのように明確に知ることが出来たなら――それは果たして面倒なのだろうか。相手の気持ちがわかれば、単純でわかりやすくていいじゃないか。好意を持ってもらえているのが目に見える幸福、嫌われているのがわかるのはいやかもしれないけれど。
「嘘ヲ、つけなクなるだろ」
「嘘? つかないでよ。そんなの」
「俺のこト、ジャない」
呆れたようにため息。ゾルルの表情が変わるのは、本当に微々たるものなので見つけると嬉しくなったものだ。そんなことを思い出して、気持ちの端で笑う。
彼の言いたいことはわかっていた。
「わかってるよ。本音ばかりが見えてしまったら、それはとても生きにくいことになるってことでしょ。相手の気持ちなんて、知りたくないものが大半なのに」
電車で乗り合わせた人やすれ違う人々にとってどうでもいい自分自身を目の当たりにしてしまったら、大抵の人が可笑しくなってしまう気がした。社会と言うのは結局、無理にでも円滑に進めなければ破綻してしまう脆い人間関係の中で成り立っている砂の城なのだ。表面がくずれそうなことに、気付かないふりをしている。
ゾルルはわたしが賢いと思ってやまない瞳をこちらに向けて、それからおもむろに立ち上がった。座ったわたしとちょうど視線があうくらいの彼の身長。
「嫌ワ、ない」
ひた、と肌と同じくらい冷たい手のひらがわたしの額に触れた。
「お前が俺ニ何をしたとこロで、絶対に嫌ワん。だカら…………好きニしろ」
わたしの熱を奪って彼の指が熱を帯び始める。しばらく考えて、わたしはそのままゾルルを抱きしめた。黙って抱かれてくれる彼は、やはりとても賢いと思う。
何をしても許される。そんな安心はやはりまだ完璧にわたしは手に入れられないけれど、腕に収まってしまう奇跡だけはどうか失くさないでいたいと切に願った。
(08.05.24) ゾルル兵長は、どことなく淋しさには敏感だと思う。
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