午後八時を過ぎてようやく人の混み始めた店内で、プルルは綺麗なカクテルを傾けながら隣にいる友人を見ていた。薄暗い店内で、テーブルひとつひとつオレンジの明かりが灯っているのだが、そこに浮かぶ女性は知らない誰かのようだ。ゆったりとした大きなソファがひとつきりの席だったから、横を向かなければお互いの顔を見ることは出来ない。けれどそれがこの店の売りにもなっていて、客が少し高級なホテルにいるような錯覚を覚えさせてくれる。
「なぁに、プルル」
可笑しそうに、が笑ってグラスを揺らす。彼女はプルルのOL時代の同期だ。しかし同期といっても彼女はすでに何人もの部下を持つ、言わばエリートコースを順調に進むキャリアウーマンというやつで、仕事だけで言えばプルルよりも数倍忙しい。会社での彼女の立場は役員候補に名を連ねるまでになっているのだと、風の噂で聞いたほど。
「あたしよりも忙しいなんて、ちょっと働きすぎじゃない?」
オレンジに艶めく肌から視線をずらして、言ってみる。は同姓から見ても文句なく美しかった。他の女にあるような、媚びた色気がまったくないのだ。
「なに言ってるの。ほとんどデスクワークと外回りや商談だもの。プルルの方がよほど疲れるでしょう」
「…………それを引いたって」
働きすぎだ。
OLを止めて軍に入ったプルルとが交友関係をなくさず居られたのは、一重に彼女のおかげだと言えた。同じ会社であったときからの仕事ぶりは目を瞠るものがあり、プルルとの予定をあわせてこうやって飲みにいくのも大変な作業だった。それが働く場所を違えても会っていられるのは、彼女が面倒くさがらず予定の中にプルルの枠をとっていてくれているからだ。プルルは決して卑屈ではなく、そんなに感謝する。
「それよりも、ねぇ」
すっと体をこちらにずらして、がプルルの耳元でささやく。
「誰か、いい人いないかしら?」
だいぶ酔いが回っているのだろうか。がそんなことをプルルに言い出したのは始めてだった。会社にいるころは他から見ても群を抜いてモテていた彼女が、男に困ることなどなかった。
「どうして?」
「なんとなく。今まではいらなかったけど、仕事ばかりっていうのも飽きてきてしまって」
「そうなの。………でも、あたしには適当な人を紹介できないかも。が一緒に働いている人たちの方が将来性があると思うけれど」
将来生きている可能性だって、軍人であるよりは遥かに高いはずだった。比べものにならないくらいに。
けれどは線の細い首を左右に揺らして、瞳をそっけなく逸らす。
「違うわ。同僚はダメよ。あんなやつら」
綺麗な唇が歪められ、憎々しげに呟かれた声は低かった。の成功を妬む男たちは少なくなかった。男性社員はどこかしら彼女の粗を見つけたがり、はそれをすべて一蹴して生きてきた。恋人が欲しいという背景には、そういったことに疲れたという理由もあるのかもしれない。
「プルル看護長じゃないか」
そのとき声がして、プルルは振り返った。ガルル中尉と、その後ろにはゾルルとタルルの姿もある。驚いて「飲みにいらしたんですか」と問うと、ガルルは笑って「あぁ」と頷く。この調子だとココはガルル中尉の行きつけの店だということが窺えた。ゾルル兵長にはおしゃれすぎたし、タルルには大人びすぎている。どこか所在無さげに突っ立っている二人を見て、プルルは微笑む。そうして、隣にいる友人を紹介した。
「、こちらはガルル中尉とゾルル兵長それにタルル上等兵。わたしの上司と仲間よ。そして、こちらは。OLのときの同期なんです」
が立ち上がって、はじめましてと軽く会釈をする。ガルル中尉も社交的な笑みを浮かべて返事をした。プルルはその二人を見ながら、「紹介」に適しているのはガルル中尉くらいだろうと考えていた。年収や年齢を考えても、釣り合いが取れていると。
だからそのとき、プルルはまったく気づかなかった。その一瞬の出会いに若い彼が彼女に目を奪われて声も出せずにいたことや、その瞬間に決意したものの大事さなど知りえなかった。そしてプルルには感じられなかったそれらを、当の彼女だけははっきりと確認して知っていたなんてことも。
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