つい一週間前に一緒に飲んだというのにから食事に誘われたのは、底冷えのする早朝だった。身支度をしていたプルルのケータイが鳴って、メールが来たことを知らせた。から送られたそれは、今日のランチを一緒にどうかと誘う文句だったのだがどこかしら文面の中に可笑しいものを感じた。なぜか強制力を持って、自分を招きたいといっている。すぐにオーケーの返事をすると、しばらくして軍に程近いカフェで待っていますと常々綺麗だと思っている文章でメールが送られてきた。はその近くのビルで、商談が二つあるらしい。
「今、タルル上等兵と付き合ってるの」
真昼のカフェ。冬だからテラス席は空けられていなかったが暖房がきいた店内は暖かかった。窓際の四人席を二人で座り、めいめいにサンドウィッチやらドリアやらを頼んだ。飲み物が運ばれるまでは世間話と商談の愚痴を皮肉に短く述べて、プルルも仕事で起こったハプニングを話した。似合わない気がするが、はオレンジジュースがめっぽう好きだ。オレンジの濃い飲み物を細くて長いストローで優雅に一口啜って、はそれからゆっくりと先ほどの告白をした。プルルは飲んでいたミルクティを吐き出さなかったのが奇跡だというくらい、むせる。
「え? ちょ、それホントウなの?」
「落ち着いて、プルル。ホントだから」
余裕の微笑でナプキンを差し出してくれるは一週間前と何も変わっていないように思えた。毅然とした態度、柔らかな微笑み、優しげな姿勢で話すことまで何もかも変わらない。
「青天の霹靂だわ………」
「そう?」
プルルの驚きに「そんなに?」とはころころと軽く笑う。は付き合うまでの経緯を話してくれた。ここまで来てこちらが要求するまでもったいぶるようなことを、彼女はしない。
「二人で飲んだ日にね。プルルが帰ったあと、彼に会ったの。わたしを待っていてくれたみたい」
「………………タルル上等兵が?」
「そう。で、立ち話もなんだからと思ってうちに招いたの。コーヒーを出して、少し話して、それから告白してくれたのよ」
あまりにもとんとん拍子に進む話に、プルルは軽く眩暈を覚えた。友人と遊んでいればそれだけで楽しいと感じられるようなタルルが女性に関してそれだけの忍耐を持っていたというのも驚きだが、プルルが紹介したとは言え初対面の男を部屋に招きいれるも無用心すぎる。
「そうかな。悪い人には見えなかったけれど」
注文どおり、海老とアボガドのサンドウィッチを咀嚼しながらは言う。
ひどい男が全員ひどいことをしそうな顔をしているとは限らないでしょう。プルルは額を押さえて呻くように呟いた。目の前にはカニドリアが運ばれてきていたが、スプーンをとる力がわかない。
「だから、ちゃんと一週間付き合ってからプルルに報告したのよ」
「え?」
「一週間付き合ってみたら、ひどい人かそうかもわかるじゃない」
彼女は微笑んでオレンジジュースを飲む。笑ってばかりなので幸福そうだということしかわからなかった。アボガドの緑と海老の桜色が白いパンに挟まれて綺麗ね、とは言う。
「それにね、プルル。わたしがタルルを一番気に入ったところは違うのよ」
テーブルに両肘を着き、手を口の前で組んでは内緒話のように声を小さくする。
「彼ね、わたしが告白をオーケーしても襲ってこなかったの。それってとても誠実な気がするでしょう?」
女性から招いた部屋で手を出さなかったことが、彼女の中ではポイントが高かったらしい。プルルはもう呆れてものも言えず、冷め始めたドリアにスプーンを入れて乱暴に口に入れた。甘くて濃厚なクリームの味が口いっぱいに広がる。それを飲み下してから、行儀が悪いがスプーンをに向けた。
「の誠実のとらえ方はおかしい」
プルルの発言にはきょとんとして、「そう?」と首を傾げる。
昼休みが終わる時間は迫ってきて、プルルはもうドリアを平らげることだけに集中した。もサンドウィッチをつまみながら、「彼を責めないであげてね。プルルにはわたしから言いたいって言ったの」とタルルを擁護するような発言をした。プルルは納得いかないことを示すように残ったミルクティを一気に吸い込む。
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