「ねぇ、君はどこから来たの?」
「ねぇ、君はなんで日本語が話せるの?」
「ねぇ、君はオレンジだけれどみんなそうなの?」
「ねぇ、君の尻尾はかわいいね」
わたしは思いつく限りのことを、彼が返事をする前にまくし立てた。
雨はあいかわらず降り続いていて、わたしの声を掻き消すくらいの強さを保っている。先ほどからゴロゴロと雷鳴も届くようになっているから、じきにここにも来るだろうと思われた。そんなことを頭の片隅で考えながらわたしは両手を前について小さな宇宙人を見つめていた。オレンジの小さな彼は、こちらを警戒しながら銀色の板をぎゅうと握ってわたしを睨み付けている。
「お前…………変ダロ」
「え、なんで?」
「だってボクは侵略者だゾ! 怖くないのかヨ!」
必死で虚勢を張る彼は、言い切ったあとにどうだと胸を張った。確かに彼は自分を侵略者だと言った。この星を、ペコポンなんて可愛らしい名前をつけられた原始的な民族を(彼にとってはそうらしい)わざわざ侵略しにきてくれたらしい。けれどわたしには彼がする『侵略』がどんなものか想像がつかなかったし、むしろ彼の侵略するようすを見たいとさえ思ってしまった。これが醜くて目も覆いたくなるような姿をした宇宙人だったり、あいさつよりもいただきますで襲い掛かってきたり、明らかに敵意を向けられたら話も違っているのだろうけれど、彼は好戦的というわけでもなければ言葉が通じないわけでもない。
けれどそれを理由にすれば彼の『侵略者』としてのプライドをいささか傷つけてしまうと思ったから、わたしはにっこり微笑んだ。
「怖いわ。当たり前じゃない」
「そうだロ。だったら…………」
「でも、恐怖よりも興味が上回ってしまったの。ねぇ、お仕事のお話を聞かせて?」
続けた言葉に彼は一瞬こちらを見て、それから呆れるようにため息をついた
彼はしぶしぶながら、雨が上がらないからだと前置きをして話してくれた。彼のお仕事は軍人さんで、オペレーターを担当しているらしい。小隊のメンバーは頭の悪い突撃兵と言語障害のあるアサシンと怒らせると注射器を取り出す危ない看護兵、ちょっとブラコン気味の中尉が隊長で、まぁボクが割かしマトモなほうだヨと大人みたいにアンニュイな視線を落とした。
わたしは相槌を打ちながら、彼が身振り手振りで教える小隊のメンバーを想像して笑った。宇宙はどんなところか聞いてみれば、退屈だけれどワープで一瞬だからと時間を気にするサラリーマンみたいな解答。
「違う違う! そうじゃなくて、宇宙って綺麗でしょう?」
「はぁ? あぁそっか。地球人て宇宙にいけるのも少数なんダッケ」
「うん、そう。だから夢に溢れる感想をお願いしたいな」
彼が日常で目にする宇宙は、きっとわたしたちが高速道路で目にする風景と同じ感覚なのだろう。問題はいかにして早く目的地に着くかということで、その過程は問題にならないに違いない。
トロロは思い出そうと首をひねって、思い出せずに頭を抱えた。初めて銀河列車に乗ったときは興奮したかもしれないけれど、軍に入れば活動場所は宇宙が主になってしまう。きらめく星は近づけばただの岩に変わるし、仕事の内容だって彼女が求めている答えではないと思った。だから自分が覚えているかぎりで、どうにか喜びそうなものを口にする。
「彗星の傍を通ったときは、凄かったヨ」
「彗星て………流れ星?」
「まぁそんなモン。あれってホント凄い速さでさ。近づくと迫力に圧倒されるんだよネ! その中をくぐり抜けてくのがまた気持ちいいシ!」
言っていて楽しくなってきたのか、トロロは突然閉じ込められたこの部屋に来て初めて笑った。わたしは話の内容もさることながら彼が笑ってくれたことに驚いて、自分もにっこりと笑い返した。
彼は任務のことも少しだけ話してくれた。多分わたしが飽きないように、面白い部分だけを話して小難しい部分は省いてくれたんだと思う。抱えていた銀色の板を取り出して二つに開いたときはそれがパソコンだなんて思いもしなかったから驚いたけれど、とても楽しい時間だった。
水色の突撃兵はタルルと言って少しばかり年上だから先輩風を吹かせるけれど悪戯を実行するのも彼と一緒だし、喋らないアサシンのメンテナンスは彼がしているのだけれど無駄な会話がない分話しやすいらしい。注射が趣味の看護長は少々口うるさいけれど小隊で一番美味しいご飯を作ってくれて、隊長はブラコン気味だけれど一番尊敬できる。
たぶん彼は気づいていないと思うけれど、小隊のみんなの話が多く出てくる。愚痴と不平と悪口ばかりだけれど、時折覗かせるのは郷愁に似た懐かしさだ。
「素敵な仲間なんだね」
思ったからそういってみれば、目を丸くしてトロロは大きく首を振った。
「まさか!」
あぁ、そういえば彼は素直ではなかったなとわたしは思って笑った。
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