我々が思うよりも侵略される側と言うのは心中穏やかではないらしい。考えてみれば当たり前だ。開戦も告げずに自分たちの領土が奪われると確信できるほどの強大な力がそこにあったのだから。 けれど強大な力をもった自分たちの大きな誤算は、自分たちがそれだけの脅威だということをうっかり忘れしまった点にある。例えば他人の庭先に住み着くことを当たり前だと思い始めてきてしまった自分にとって、地球はすでに侵略すべき星ではなかったのだろう。 だからこれはすべからく起きるべくして起きてしまったことなのだ。誰がどんな言い訳をしたとしても。 「だからオレ達はあいつらにやられなきゃいけねぇっつのか。おっさん」 「そうは言っていない。ただ、これは正しいことだと言っているんだ」 モニター画面の前で、同僚であり階級は上である男はいつも通りの不機嫌な声で返事をする。一部の地球人たちの反撃――いや、しかしこちら側からは何もしていない――があってから、彼はまったく寝ていないので不機嫌にもなるはずだった。加えて、彼にとっては親友にあたる人物が、行方不明のままである。 画面にはさまざまな地球上の情報が映し出され、そこでクルルが成そうとしている事柄全てが同時進行されているはずだ。一瞥したかぎり彼が地球を破壊してしまおうとしていないことだけはわかったのだが、それ以上はわからない。 「…………随分、余裕そうじゃねぇか」 「余裕?」 「アンタがだ。ギロロ伍長。…………惚れた相手が見つかって、とりあえずは一安心ってか」 クルルは唇を歪めて、冗談とも本気ともとれる声で言う。 確かに自分たちの大切な友人たちが連れ去られ、まだ半数は見つかっていない状況の中で夏美を探し出せたことは幸運だっただろう。地球人たちは彼らの持てる限りをつくして友人たちを連れ去った。宇宙人たちと対等に渡り合う友人たちをこうも易々と連れ去ることが出来るとは、とギロロは思ったのだが、考えてみれば彼らは地球人であり、彼らがどれだけ力を持っていたとしてもまだ子供なのだ。大人に易々と屈服させられてしまう、脆弱で守られる立場にある生き物。 「………安心はした。だが、もう油断はせん」 確かに夏美は探し出せた。けれどそれは彼女がブラックメンやそれに追随するものたちに必死に抵抗したからだ。ある工場が爆破して、そこで戦っていたのが夏美だった。彼女はあまり気に入っていないパワードスーツを着込んで、それで必死に大勢を相手にしていた。彼女は子供でありながら大人を相手にしなければならず、悲しいことにそれは同じ星に住む人々で、もっと哀しいことに言葉はすでに届かない状況だった。正しいことがわからなくなる瞬間に、彼女は何を考え決断を下したのだろう。強がりな夏美のことだから、きっと宇宙人たちのためだなんて口が裂けてもいわない。どんなに哀しくつらくても。 そして彼女は戦った。どんな思いで戦っていたのかはわからない。だが、彼女は自分たちのために戦って、そしてとてもひどい傷を負ってしまった。今は、カプセルの中で物言わず眠っている。痛々しい横顔。 「………そうだな。ちぃっとばかし侮りすぎてたってことか」 「そうだ。……この星は美しいばかりではない」 人間は汚いことも平気でするよ。それがどこのだれかなんて関係ないの。大切なのは、自分に関係があるかないか、それだけ。 いつかが言っていた言葉だった。彼女はいつも正しい言葉を選んで使っていたから、そんなふうに否定と断定と侮蔑をこめて会話をするのは珍しかった。 も他の友人たちと同じように連れ去られた。彼女は何も特別な力などなかったから、本当に易々と捕まったことだろう。例えば犯人たちがひるむほどの弱々しさを備えていたに違いない。 「………なら、つい30分ほど前に見つかったぜぇ」 「本当か?!」 「本当だっつの。耳元でわめくなよ」 掴みかからんばかりの勢いで詰め寄れば、クルルは心底嫌そうな顔をした。 は廃墟の一室に閉じ込められていたという。セキュリティはむずかしくはなく、だからケロロとの通信も可能だった。二人きりで話させてほしいと言ったケロロが尋ねたのはひとつきりだったのだという。 その問いを聞いて、俺は泣き出したくなるほどのやるせなさと煮えたぎる怒りを覚えた。ケロロが彼女に問うたのは、彼女に預けるには重過ぎるものだった。しかしケロロもそれについて悩んでいることを知っているから、この思いはぐるぐると重くなりながら胸の奥に沈んでいく。ただぐるぐると、灰褐色を巻き込んだ淀んだ色をしながら。 「………言いたいことはわかる……なぁんてことは言わねぇけどな。…………アンタはどう思う?」 「………なにをだ」 「俺たちが間違っていたのか。…………その答え」 クルルの指先の動きは変わらない。会話をしながらも、彼は頭のどこかを切り離して画面に向けている。だからこちらはいささか気安く話す事ができた。 答え。 そんなものに答える権利はもうすでに我々の手にはないように思えた。始めに放棄したのはこちらなのだ。そしてそれを放置し続けてきたのも、こちらなのである。 だからが下した答えを思うことにした。ひとりきりの状況でケロロの質問に即答したという彼女は、きっとすぐに首を振ったに違いない。間違っていないとはっきり言葉にするには彼女は慎重すぎたから、きっと体のほうが先に動くだろう。そしてその首の動きを見て、ケロロはなにかを決めたのだ。 「オレにはわからん。ただ、ケロロは何かをするつもりだ」 「あぁ。…………隊長はやるときにはやっちまうからなァ」 「そうだ。だがオレ達はそれに付き合わなければいけない義務がある。これまでもそうだったように」 「……………フン。わかってるぜぇ」 クルルの指の動きがややにぶった。自分たちはこれから起こる最悪な結末を知っているのだ。それは他の星々に散々おこなってきた所業であるというのに、この星にだけ罪悪感を感じるというのは可笑しな話だろうか。地を焼き、破壊し、その土地に生きるものたちを蹂躙してきた自分たちが思っては、いけないことだろうか。 クルルはそれきり話さなかった。だからオレは背を向けてその部屋を後にする。まだ見つかっていない大切で脆弱な子供を早く見つけ出すことを、カプセルの彼女に誓った。 |
貼り替えられた空
(08.08.31)