いきなりのハプニングには慣れていたつもりだったのに、突然頭を殴打されて何がなにやらわからぬうち車に押し込まれてしまえば驚くより他にすることはできなかった。冬樹は木偶のように彼らに従うしかなく、自分がなぜそんなことをされなければいけないかなどと考えることもできないでいた。ただ、隣にいたはずの西澤さんにはどうかこんな痛い思いはさせないでほしいと、意識が途切れる前に思った。彼女は自分より強い。けれど、自分を置いて逃げない優しさを持っている。どうか、本当に、西澤さんにはそんなことをしないで。 「冬樹、くん」 「………………む、つみ、さん?」 目の前に知っている人が現れて、冬樹はきょとんとした。ここにはもう自分しか連れてこられていないと思っていたから。 睦実は腕に怪我を負っていたけれど、それを感じさせない朗らかさで笑った。 「これ、君がやったの?」 「えぇと、まぁ」 「すごいね。助けにきたのに、いらなかったみたいだ」 褒められたのに嬉しくないなんて経験は初めてだった。冬樹はあいまいに笑って、笑った拍子に痛んだ後頭部に顔を歪める。耳鳴りのように鳴り止まない警報は冬樹たちのいる広い廊下に響いている。蝉の大群と同じように不快だと、思った。 睦実は冬樹に片手を差し出す。捕まれと言って、ここから早くでようと笑った。この人の笑い方は少しだけクルルに似ている。 冬樹は笑い返すことはできなかったけれど、その手に自分の手を滑り込ませることはできた。無茶なことをしたせいで擦り切れて血が出ている手は、握られると余計に熱を帯びて熱くなる。 生きているんだと、冬樹は頭の隅で悲しく思った。 冬樹がそのビルに連れてこられたとき、部屋に入れられる前に運よく意識を取り戻したのは、果たして本当に運がよかったのかは定かではない。彼らは一瞬気まずそうな顔をしたあとに、これは世界にとって必要なことなのだと説明した。子供の言い訳みたいだ、と冬樹は思う。彼らは、地球の未来とか、人類の存亡とか、わけのわからない抽象で曖昧で具体性のまったくない(ついでに根拠もない)理由を並べ立て、だから協力してほしいとのたまった。背後から頭を殴るような連中に協力しろなんて、日本の中学生をどこまで馬鹿にしているのだろうか。 冬樹は少しだけ思案してから、けれど「わかりました」と返事をした。頷いて、怯えたふりをして。彼らは満足げに頷いた。傲慢な大人はこれだから、頭が悪い。 冬樹は彼らにお手洗いに行きたいと頼み、二人の見張りと一緒ならという理由で許された。そして個室に入った冬樹は、これも運よくなのか取られることのなかったケロボールをリュックから取り出したのだ。 「それから、とりあえず空間移動をしてそこのメインコンピュータを壊したんです」 睦実に連れてこられたのは、どこかの工場内だった。たぶん毛布や布団を主に扱うのであろうそこには、高々とビニールに包まった布団類があった。それらを心の中で謝って、いくつかビニールを破って下に引いた。とにかく二人とも疲れていたし、面と向かい合って話してしまえば現実だと認めることになりそうで嫌だった。 「睦実さんは?」 「オレ?」 「……睦実さんも、捕まったんですよね」 睦実の右腕をちらと見れば、服の端を破ったものが巻かれていた。出血は止まっているようだが、折れているかどうかはわからない。(先ほど差し出されたのは、確か左手だった) 「オレは〜……ラジオの収録の帰りを狙われてさ。返り討ちにしたのはいいんだけど、このザマ。で、やつらの無線機から冬樹君を捕まえたって聞こえて、こうやって助けにきたってわけ」 睦実は高い天井を見上げて、なんとなく微笑んでみる。 ビルの名前をうっかり漏らした相手には感謝すべきだと思った。そのおかげで二人はこうて出会えたのだ。 「睦実さん」 「ん?」 「今更なにが起きているかなんて、言うつもりはないんですけど」 冬樹は考えるように天上を見上げながら、顔を歪める。この世界が宇宙人を受け入れられないことを、自分が受け入れてしまってはいけないと思った。もっと友好的な方法がいくつもあったはずなのに、どうしてこんな方法をとってしまったのだろう。それとも、そんな方法があると思っていたのは、自分たちだけだったのだろうか。 「わかるよ。冬樹君。オレも納得いかない」 「睦実さん」 「この世界は平和ボケしすぎて、刺激が欲しかっただけなんだ。だから、都合よく敵を作って、それで遊んでる。後先考えずに」 本気で怒らせたらどうなるかなんて、きっと考えてもいないのだろう。地球の主を気取った人類は、自分たち以上に強いものを知らない。映画や小説の中で、宇宙人と戦うことだけを夢見ているような弱い生き物だというのに。 「軍曹は………どうするのかな」 「………冬樹君でもわからないんじゃ、オレにはわかりそうもないよ」 「うっすらとは、わかるけど…………」 「わかるけど?」 促しておいて、睦実は少しだけ不安になる。ケロロは普段が普段だが、こと戦いにおいての才能は未知数だった。指揮する立場にいる彼の、支配する力とはどの程度のものだろう。 冬樹は少しだけ笑った。歪んでひしゃげた心そのままで。 「僕が予想しているものは全部、軍曹自身を傷つけるものなんです」 「………?」 「軍曹はちゃんと終わり方を知ってる。幕の引き方を心得てる。でも、その合図を出すのはきっと………………………」 寝そべっていた体をむくりと起こす。上半身をそのまま睦実のほうに向け、口もとだけで微笑んで見せた。 「合図を出すのは、さんだけなんです」 睦実はその答えに、一瞬きょとんとしたけれど、次にすごく納得したような顔になって、彼お得意の笑顔で「そっか」と軽く流した。暗い倉庫に残された二人の会話は、そこでいったん途切れて宙に浮かぶ。 |
弱くて優しくて、強い君
(08.08.31)