暗い部屋には似合わない人だ。
作戦室は蛍光灯の明かりが消され、大画面に映し出される現状だけが彼を照らしだしていた。我らが隊長はこの事件がおきてからというもの騒ぎ立てたのは最初だけで、他はずっとあぁしている。自分たちに指令を下し、方々にさまざまな手を伸ばしているのに、まったく動かない。それなのにどんどん戦局はこちらに有利に働いているのだから、これも彼の本当の力と言うものなのだろうか。


「クルル曹長。なんでありますか」


部屋に入ってケロロの様子をしばし見つめていたクルルは、その声にどきりとして慌てる。
けれど慌てたことなど微塵にも感じさせずに、クルルは笑った。ケロロの横顔に落ちる影が濃いことには目を瞑る。


「クックッ。アンタに頼まれてたもんはどっちも用意できたぜぇ」
「そうでありますか」
「で? どっちを使うんだい」


クルルは眼鏡の奥で、うっすらと自分の思考が歪んでいくのを感じた。それとも自分の支配権を他人に預けているのがわかったというほうが正しいだろうか。この事件に関して、クルルにはクルルの思うところがある。人間たちの拒絶反応とも取れる攻撃、同胞にさえ牙を向く凶暴性、そして自分たちの友人が置かれた立場。そのすべてをひっくるめて「なかった」ことにするのは簡単だった。もちろん、この事件に関してだけということでもできる。けれど、それでは事件の起きる前と変わらない。また似たようで違う、苦い思いをすることになるのだ。
しかしその考えもすべて、ケロロの判断の前では何の役にもたたない。どんな結末を選ぼうとそれはケロロにゆだねられた特権であり、自分たちが隊長を信じるゆえに絶対の決まりごとになっているのだ。それは理解よりももっと単純な、地球に降り立つ前から変わらないもの。
ケロロは大画面から目を逸らさずに、唇を動かす。


「さっき、殿と話したとき、我輩が聞いたことを覚えているでありますか」


クルルは頷く。彼女を見つけたのはクルルだった。すぐに回線をつなげろとケロロから指示が下って、彼女と交信した。ケロロはそのとき、まだ地球に馴染んでいた彼だった。


「間違っていたのは、我輩たちなのでありますよ。クルル曹長」


ふっとケロロが笑ったのがわかった。自嘲、よりももっと孤独な笑い方。


「侵略を正当化するつもりは毛頭ないでありますが、我輩たちはそのために送られた先遣隊。侵略を成さずしてこの地球にいる理由など、ないのであります」
「……………………」
「それを地球人が脅威と取るのも道理。我輩たちは奪う気になればすべてを奪える。肉食動物の隣で草食動物が安心できるわけがないのであります」


淡々と、感情もこめずにケロロは言う。クルルは背中に嫌な汗が浮かぶのがわかった。


「摂理を曲げて共に居て、歪みが生まれないわけがない………。けれど我輩はに聞いてみたかった」


地球で魅かれたものの中で、もっとも輝いていたのが彼女だった。自分たちをすっかり許して許されて、何のためらいもなく腕を伸ばしてくれた彼女。彼女のまっすぐな声も表情も、軍曹たちにとってはすべてが新鮮であり美しかった。
ケロロは瞳をつむる。まぶたの裏には、白い部屋にいた彼女の小さな姿。


「あんまり必死に首を振っていたでありましょう」
「……………あぁ」
「あれ見て、我輩思ったのでありますよ。殿は、たぶん、間違いなんてないって言いたいんだって」


白い部屋で、無傷に等しい彼女がそこにいて、自分がどれだけほっとしたかわかった。もちろん、彼らを拉致した誰かに向ける憎悪は変わらなかったけれど。


「間違いは、なかった?」
「そう。我輩たちってさ、オーバーサイエンスで結構イロイロどうにでもなるでありましょう。記憶も記録も、もちろん我輩みたいにクローンだって作れるから、代わりだってきくしネ。だから忘れてしまっていたのかもしれないのであります」


思い出す、の顔。自分を見て、泣き出した彼女は「怖かった」と言った。その言葉は彼女がそれだけで救われたということを意味する。自分を見て、そんなにも救われてくれる誰かがいるのは変な話だ。だってそれは、自分が誰かにとって代えのきかない特別になれた証なのだから。


「人生は一度きり。代わりもリセットもない。だから、間違いなんておこらない」
「………………強引な理屈」
「強引でいいんでありますよ。我輩はここにいることは間違いだと思う。けれど、誰かが認めてくれるなら、間違いじゃないんであります。そう思えたのだから、やっぱり我輩はここにいたい」


ふとこちらを見たケロロはいつものケロロだった。クルルの知る、地球の平和にボケてしまったお気楽で馬鹿な隊長。クルルは自分の手のひらが湿っていることに気づいていたけれど、心のどこかがひどく安心しているせいでどうでもよかった。


「うん、そーゆーことで。クルル、あっちは破棄しちゃっていいでありますよ。使わないから」
「クッ………………………人使いが荒い隊長だゼェ」
「まぁそこはご愛嬌ってことで! ようし、我輩、ひとっ走り殿を助けにいくでありますか!」
「……………………その必要はないみたいだぜぇ」


クルルの声と一緒に、大画面に映ったのはとドロロだった。小雪も隣にいたから、彼らが彼女を救出したらしい。ケロロは喜びながらも役を横取りされたとドロロに難癖をつけている。画面で微笑むは疲れきっていたけれど、落ち着いていた。その微笑みが壊されなかったことを、本当によかったと思う。






























クルルは騒がしくなり始めた部屋を静かにあとにした。その手には二つのボタンがあり、おなじみの記憶削除のほかにもうひとつ、隊長命令で用意していたものがある。それは地球を今すぐ使い物にならなくする、破壊兵器だった。普段の彼なら絶対に作れだなんて言わない類いの凶暴なそれは、ケロンの技術力をもってしても地球の再生を不可能にするものだった。
自分たちさえも侵略することができないように――。
ケロロはそう思ったのかもしれない。言われるままに作った自分は聞くことをしなかったが、ケロロはきっと思っていた。たちのいない地球には用がなかったし、どうでもよかったから。


「クックッ。せいぜい命拾いしたことを有難く思うんだな。が生まれていたから、この星は救われた」


らしくもない呟きは、誰もいない廊下に吸い込まれた。クルルは自分のラボに急ぐ。何もなかったことにして、これからを考えるために。経験した自分たちは、もう最悪の世界が何なのかを知っているのだから。


























きみが何を変えてくれたのか





知っている?






(08.08.31)