「忘れなさい」
突如現れた桃色の侵略者は、酷く冷たい声でそう告げた。
わたしは自分の部屋で起きている出来事が理解できずに、彼女を凝視する。
桃色の、ケロロたちと同じ外見を持つ彼女は一目で女の子だとわかった。その彼女がなぜわたしの部屋の窓枠に仁王立ちになり、小さな手にギロロと同じ銃をこちらに向けているのかはわからない。
彼女は本当に突然現れた。
わたしが朝の支度をしているとき窓がひとりでに開き、なにごとかと振り返った先にはもう彼女が居て厳しい視線を向けていた。
そして先ほどの言葉。理解しろというほど情報は与えられていない。
「とりあえず、あなた誰」
「あ、ごめんなさい。私の名前はプルル。あなたの記憶を消しに来たの」
「へぇ、記憶を―――――――…………は?」
口調は幾分和らいだが、内容は物騒極まりない。プルルと名乗ったケロン人は、わたしの驚きに首をかしげた。
「大丈夫よ。痛くないし、ケロロ君たちのことを忘れてもらうだけだから」
「いや、なに、痛くないとかの問題じゃないし」
「じゃあ、なに? 何か不都合があるの」
まるでそれこそ疑問だと言わんばかりにプルルが答えた。わたしは突然の質問に混乱して彼女を見つめる。いきなり記憶を消しますからと言われてほいほい消されるやつなんていないし、それが大切な友人なら尚のことだ。それが侵略者であったとしても、誰かにいじられていい記憶などない。
あ、だんだん腹たってきた。
「なにそれ、なんでそんなこと言われなきゃいけないの。意味わかんない」
「わからないのはコチラ。あなたにとって彼らは侵略者でしょう。この星が侵略されて、彼らをかくまっていたと知られれば困るのはあなたよ」
「そんなん知らないし困ってから考えるからどうでもいいんだよ。善良ぶってわたしのこと考えてくれてるつもりなの? 超迷惑なんですけど」
第二ボタンまでしめたシャツをだらりとさせながら、わたしは腰に手を当ててプルルをにらみつけた。彼女は始め、言われていることがわからないようだった。それからきょとんとした瞳をゆっくりと細めて、銃を構えなおす。
「あなた、自分の状況がわかってる? わたしは相談しに来たんじゃないのよ」
「そんなんわかってる。凶器なんてもんは持ってる本人よりも向けられてる相手の方が百倍理解してるしおっかないに決まってるでしょ」
「…………だったら、口は慎んだ方が」
「嫌だ。なんも言わなきゃそれまでだって経験上理解してんの。あんたらケロン人てホントに勝手だよね。いきなり記憶消してどっかいなくなるしすぐに帰ってきたりするし、こっちの気も知れってのよ。帰らなきゃいけないから記憶は消させてもらったけど大丈夫だったって言われだって心配するに決まってるじゃん!むしろそっちのが傷つく!」
最後はプルルにまったく関係ないことだけれど、はいっきに捲くし立てる。一息に言ったせいで呼吸が荒くなって、胸が大きく上下した。わけがわからないけれど、胸がいっぱいになって視界が揺らいだ。泣いては負けると歯を食いしばるけれど、すぐバレてしまうだろうと思う。
「…………じゃあ、どうあっても記憶は消したくないのね?」
「くどいしつこい。イヤだって言ってんでしょ」
「……………………それが、彼らの願いだとしても?」
高い、女性特有の声が静かに告げた。ケロロたちのように真剣さの中にも遊びを含んだ声ではない。真面目な、現実を突きつけられる声だった。大きな瞳がわたしに据えられている。情けない顔をしたわたしはそれでも強気に口を引き結んで、拳を握りしめた。
「ケロロたちだって関係ない。わたしの記憶はわたしのものだもの」
「…………あなたが彼らを知っていることで、彼らは窮地に立たされるかもしれないのよ」
「それはあいつらの自業自得でしょ。とにかくわたしは出会ったの。リセットなんて出来ないししたくないしされるなんて真っ平ゴメン! あいつらがホントにわたしの記憶は邪魔だから消そうなんて思ってるんだとしたら、夏美ちゃん以上におしおきしてやるだけよ」
本当にいらないとか、迷惑だと思われているのならば悲しいけれど。
それでも彼らからそう聞くまで絶対この記憶はわたしのものだし、誰の干渉も許すつもりなかった。たとえ目の前の侵略者がわたしよりも強大な力を持っていたとしても、むざむざ従うような弱者ではない。
プルルはわたしの強がりを一通り聞き終えて、目を瞠った。
「…………どうして、ケロロ君たちが言ったことじゃないって言えるの?」
「どうしてって…………あのヘタレに、んなこと言えるわけないじゃん」
どうやら当然のことのようにケロロを信用しきっていたことが意外だったらしい。
彼女は少し考えるように口元を手で覆ってから、推し量るようにわたしを見た。上から下まで値踏みするようにじっくり見られて、居心地が悪い。
「なによ」
「いえ、正直な人だなって思って」
「は?」
思わず口をあんぐりと開けてしまう。プルルはもう先ほどまでの真剣さは取り払っていて、銃を丁寧にしまってにっこりと微笑んだ。
「ごめんなさい。テストをさせてもらったの。あなたが、ケロロ君たちに送られたスパイじゃないかどうか」
「へ、は、うう?」
「でも、そうじゃないみたいで安心しました。これからも、彼らのことをよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げられて、わたしも条件反射で下げ返した。それからプルルはやっぱり丁寧に銃を向けたことを謝って、用事は済んだことを知らせて戻っていった。窓枠から消えた桃色の侵略者は現れたときと同じように忽然と姿を消していて、わたしはもう何が何やらわからない。
とりあえずシャツのボタンを全部しめて、窓枠から顔を出し、晴天であることを確認する。
雲ひとつない空に目を凝らして、その先にいるであろうプルルを思った。
「まったく…………ホントにケロン人て、勝手だなぁ」
ため息をついて頭をかきながら、学校帰りにケロロでもイジメに日向家に寄ろうと心に決めてわたしは笑った。
「ただ今帰還しました」
の視線の先、小型戦艦に戻ったプルルはガルルに敬礼する。
「ふむ。それで、彼女はどうだった」
ブリッジの中央に座りながらガルルが問う。
「大変、可愛らしい人でした」
「は? プルル看護長、それはどういう意味かね」
「スパイではありませんし、記憶削除の必要はないと判断しました。…………隊長も、会ってみたらわかりますよ」
あのまっすぐな瞳と、強気で意地っ張りな声を聞いたら理解できる。彼女は強い。
たぶんケロロたちよりも現実を見据えて、困難に立ち向かって、よく考えている。
そこらへんは彼らに見習ってもらいたいものだとさえ思う。
ガルル中尉はまだわからない顔をしていたけれど、プルルの言葉を一応は納得してくれたようだった。が記憶の削除を容認したり、命乞いをした場合は躊躇わず撃てといわれていたけれど、しなくてよかったと思う。彼女の怒りはもとより、そんなことをすればケロロ達が黙っていないことだろう。
「…………絶交されちゃってたかもしれないし」
彼らの怒りはシンプルだ。だから、本当に最悪な事態だけは免れたことが嬉しかった。
デッキの外、青く澄んだ地球を見つめてプルルは笑う。
今度会うときはと友達になろうと心に決めながら。
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