「ねぇケロロ」 「なんでありますか、殿」 「そーろそろ、足がしびれてきたんだけど」 ついでに感覚もなくなってきたんだけれど白状すれば、隣の蛙も同意した。正座をしてから一時間はすでに経過しているのだから、当たり前と言えば当たり前の結果だった。けれど正座を強要した人物も、そして正座をさせられるほどのことをした当人たちも、一時間じゃあ許してもらえる気配ではなかったので、たとえ足がしびれていたとしても立つわけにはいかなかった。 しかもご丁寧に二人は首から札を下げている。いわく『わたしたちは馬鹿です』と。 「クーックック!楽しそうだねぇ、二人とも」 「「クルル!!」」 今一番会いたくない人物に見つかって、とケロロは同時に嫌な顔をした。日向家の廊下、玄関を開けてすぐのそこに二人は正座させられている。(だから玄関を開けた人物がいれば、もちろんものすごく恥ずかしい思いをするはめになるのだ) クルルはニタニタと笑いながら、二人の札を声をあげて読み上げた。 「『わたしたちは馬鹿です』」 「ちょ、声に出さなくてもいいじゃない!」 「そうであります!!悪趣味でありますよ!」 「クーックック!褒め言葉として受け取っておくゼェ」 クルルはやっぱり意地悪く笑いながら、唇を噛む二人を見ていた。けれど二人は足がしびれて立ち上がることも出来ずに、この蛙を睨むことしかできない。 「まぁ、大方は見ていたが…………アンタら、馬鹿じゃネェの?」 「み、見てたのに馬鹿呼ばわり?!」 「しかも見てたのに助けてくれなかったんでありますか!」 ケロロとは、同時にものすごく不機嫌になり、声を合わせた。 「「さいってい!!」」 「クーックック!褒め言葉だって言ってんだろぉ」 お二人さん、とクルルはさも楽しげだ。 もうこれはキレてもいいんじゃないかと二人が立ち上がろうとした瞬間に、今度は違う声がする。 「あー! 軍曹さんっ! こんなところにいたですぅ!」 「………何をやってるんだ、お前たち」 ギロロとタママに見つかって、二人は今度こそ恥をかいた。クルルはカメラを取り出して、真っ赤になった二人を撮る。「なっ!」カメラを取り上げようとして、が派手に転んだ。 「大丈夫かっ!!」 「ギロロ………ごめん、普通に痛い」 「おっとっと。オレ様の大事なカメラを取ろうとするからだぜぇ」 「あんたがあたしを撮るからでしょうが!!」 「こんな面白映像見逃せるかってんだ」 クーックック! 音を立ててクルルは笑う。わたしはギロロに助け起こしてもらいながら(ケロロはすでに足が使い物にならないので)ぐすっと泣きが入った。 「う〜〜〜〜!」 「こ、こらクルル! を泣かせるんじゃない!」 「チッ!………おっさんはホント女に甘いゼェ」 「でも、どうしてッチと軍曹さんがこんなところで正座させられてるんですぅ?」 ぎく、とケロロとの背中が震えた。一緒に札まで揺れたから、本当に格好がつかない。 二人は少しばかり視線をずらして、「えーと」と言いづらそうに呟いた。あんまり言いたくない、というか、言っちゃったらいけない気がする。 「なぁんだ、センパイ知らなかったのかぁ? 隊長たちはあんまりにも仲良しだから、二人だけでケーキつまみ食いして叱られて、あまつさえその代償に買ってきたケーキを日向夏美の顔にぶちまけたから、仲良く正座させられてるんだゼェ」 「うっ!!」 「び、微妙に違うもん! つまみ食いは確かにしちゃったけど、あれが夏美ちゃんの手作りケーキだなんて知らなくて……!」 「そうであります! 夏美殿が苦心して作り上げたものだとは知らなくて……!」 「あんまりにもおいしそうで我慢できなくって二人で食べちゃってから、これはまずいって気づいて代わりのケーキを買いにいったんだもん!」 「我輩がお金出したんだけどね! でも渡す際に我輩がこけて………」 「な、夏美ちゃんの顔にショートケーキがべっとりと………」 言っている内に情けなくなってきた。二人はしょぼんとして、ちゃんと正座し直す。 ギロロとタママは、話を聞き終わって、心底馬鹿だという顔をした。 「馬鹿だな」 「………ありえないですぅ」 とケロロはもっと小さくなる。クルルは楽しそうにカメラを向けている。ギロロはそんなクルルの頭をがちっと叩きながら、大きくため息をついた。 怒られる、と思った二人が目をつむる。けれど、どんな罵声も聞こえなかった。代わりにどかっと隣に誰かが座る。 「ギロロ!」 「……お前らは馬鹿だ。だが、それでもケロロは俺たちの隊長だからな。連帯責任だ」 「ギロロ……!我輩、感動したであります!」 涙目のケロロが抱きつこうとしたが、ギロロの右ストレートがクリーンヒットした。 「勘違いするな。貴様の馬鹿さ加減には呆れてるんだ。だが、まで付き合ってるんだから、俺達が付き合わないわけにはいかないだろう」 きょとんとした二人に、ギロロは深いため息をつく。 「………ケーキを食ったのはケロロだろう。お前はそんなに意地汚くないからな」 「ギロロ……」 「ふん」 クルルが面白くなさそうに舌打ちしたのが聞こえたけれど、はちょっと感動していたので聞こえなかったことにした。確かにケロロがつまみ食いしているのを見つけたのはで、それが夏美の手作りだということを教えたのも彼女だった。そして二人で怒られる役を担ってくれたのも。 「そういうことならボクも軍曹さんと正座するですぅ!」 「なんでそうなんだよ………」 「クルル貴様もだ。隊長の失態をみすみす見逃したんだからな」 ゲ、とわかりやすく拒否反応をクルルは起こしたけれど、不承不承廊下に正座した。くたりと歪んだ正座ではあったけれど。 一人と四匹で正座をしている廊下はなんだか密度が濃くて、それ以上におかしかった。「わたしたちは馬鹿です」なんて札を下げているせいもある。 「夏美ちゃん、どうしたら許してくれるかなぁ」 「どうもこうも……夏美殿は一度怒ったらネチっこいでありますからなぁ」 「貴様には反省の態度というものがとれんのか! ……誠心誠意謝れば許してくれるだろう」 「そうですぅ!なんだったらモモっちを呼んで世界一のケーキを皆で食べるってのはどうですかぁ」 「日向夏美の喜ぶものをやるっつー手もあるぜぇ」 「あ、じゃあ睦実さんも呼ぶっていうのはどうだろ」 「む、睦実をか……?」 「ギロロ〜そこは男として懐が広いところを見せるべきでありますよ〜」 「貴様に言われたくないわ!! 呼べばいいだろう!呼べば!!」 「じゃあ、睦実さんを呼んで……あ、花束のオプションとかどうだろ!」 「あーあー、日向夏美は喜びそうだナァ」 「そうですぅ!あ、じゃあフッキーからモモっちにも贈ってもらうですぅ。そうしたらモモっちも幸せで、ボクのお菓子もグレードアップっ」 「あははっ! みんなハッピーってことだね!」 「俺は若干、幸せじゃないんだが」 「じゃあギロロも花を贈ろうよ! ね、ケロロも!」 「我輩からも?! いやぁ、受け取ってくれるのでありましょうか……」 「大丈夫! それでクルルもね!」 「くっ?! なんでオレ様が」 「さっき人の写真撮ったでしょう。ネガくれるんならしなくてもいいけど」 「………チッ」 ((((ネガを渡す気はないのか)))) 話し合い、やっとみんなの気持ちが盛り上がってまとまると廊下はいっきに華やいでいく。楽しくて、札を下げているのも忘れて笑った。準備のためにギロロが睦実を呼びに行き(彼はその役を自分から進んでやると言った)クルルが全員分の花束を準備しに行き(あまりにも似合わない作業だけれど、写真を撮った罪は重いのだ)タママが冬樹と桃華に連絡を取りに走っていってしまうと、また始めのように二人はぽつんと取り残された。 けれど、最初のような悲しさと痛々しさはもうない。 「ケロロ、いい部下をもったねぇ」 「………あらためて言われると照れるでありますなぁ」 「うん。あ、でも、ケロロもお仕事しなきゃだめだからね?」 「しごと、で、ありますか?」 今さっき役割分担をしたばかりなのには変なことを言う。はてなマークを浮かべるケロロの額を、はぺしっと叩いた。 「ドロロと小雪ちゃん、二人を呼ぶのはケロロの役目でしょ。きっとドロロ、すっごく喜ぶと思う」 にっこりと笑っては「みんなが幸せになるって意外と簡単ね」と清々しく言い放った。 (侵略者たちの花束攻撃に、地球最終防衛ラインはいったいどんな反応を示すのだろう) |
ハッピーワルツ!
(08,08.31)