細く白い足首、すらりとした脚はまるで傘みたいにまっすぐで折れてしまうんじゃないかって不安になる。けれど器用に身体をのせて(その身体だってすごく細い)軽やかに歩く姿はとても綺麗だ。俺は女の人を褒める言葉をボリスほど知らないから、とても簡単な言葉でしか現せないけれどはとても綺麗だ。例えばこちらを見つけて顔を確認してから目を細めてにっこりと笑うとき、自分だけに向けられたものだってちゃんとわかる単純さも綺麗だし、手を振ってこちらに大またで歩み寄る動きはとても気持ちよくて見ているだけで楽しくなる。自体がとても綺麗な完成されたものだ。色鉛筆やクレヨンに似ている。いっこのものが、すでに完成された美しさを備えて誇らしげに立っているような踏み込めない完璧さがそこにはある。だから、俺は思う。


はさ、はかないよね」


ナイトメアの手伝いから帰ってきたが俺の前に座って、珈琲を差し出してくれたとき口をついてでた。あんまりにも細い指先が熱いマグカップを支えているのは見ていてとても危なっかしい。は首を傾げながら「どうしたの?」と微笑む。ここはの部屋でトカゲさんもナイトメアもいない。湯気が、の白い陶器みたいな肌にぶつかってくだける。


「別に。ただボリスが」
「ボリス?」


はさ、はかないよ。
いつか、たぶん遊園地のフロートを組み立てながらボリスはポツリと呟いた。俺は意味がわからなくて、首を傾げてピンク色の意地悪な猫を見る。ボリスはまっすぐにを見ながら、わからないくらいに表情を歪めた。ねぇねぇどうしてって聞いてもボリスは笑うばかりで(そんな痛そうに笑わないでよね。俺何もしてないし!)拗ねるようにそっぽを向いてに視線を戻すと、係員たちと楽しげに話していた。


「でね、俺聞いてみたんだ。オーナーさんに。『はかない』ってどういう字を書くのか」


あんまりにも気になってしまったから、演奏中のゴーランドに近づき決死の思いで聞き出した。ひどくダルそうに腕をあげてさらさらとゴーランドは紙に文字を書いていく。いきなりなんだと言ってはいても、いいから早く!と駄々をこねれば願いを聞き届けてくれるゴーランドはボリスなんかよりよっぽど優しい。
紙にたったひとつの文字が浮かび上がって、俺はマジマジとそれを見つめた。チーズを食べることも珈琲を飲むことも忘れて、たった一文字を食い入るように見つめた。それから、苦笑い気味のボリスを思い出す。


「ねぇ、。はかないってどう書くのか知ってる?」
「うん?」


マグカップを持ち続けるは、口もつけずに俺の話を聞いてくれている。決して視線を逸らさずに、茶化すことも呆れることもなく話を聞いてくれる。だから俺はすごく嬉しくなって、同時にとても悲しくなるんだ。彼女は決して目を逸らしたりしないだろうから、逸らしてばかりの僕は不安になる。
手を伸ばしてマグカップを握るの手を、それごと包み込む。


「儚いってね、人の夢って書くんだ」


確かな温かさがマグカップとの皮膚と骨を伝わって僕に伝わる。しっとりとなめらかな肌の感触、指先を色取るピンクのマニキュア、固くて汚い俺の手は彼女に似合わないものばかりだなんて今さら気付く。


「だから、は儚い。だっては夢のようなものでしょ。いきなり現れて、それからきっといきなり消えちゃうんだ」


突然ハートの国に現れた女の子はとても綺麗で細くて白くて何でも出来た。オーナーさんとボリスとアリス、そのほかの皆とだってすごく仲が良くて、俺はとてもとても大好きだった。
そんな夢。起きたらはいなくて俺はぼんやりとした頭で「あぁ夢だったんだ」って呟くんだと思う。そう言い聞かせなくちゃきっと探し回ってしまうから、どうしたって見つけ出さなきゃ気がすまない。
は俺をちゃんと見て、ボリスみたいに表情をちょっとだけ歪めた。はまっすぐ俺を見てくれる。宥めすかすことも、バレる嘘も、もちろん出来ない約束なんてしない。だから彼女が認めてしまったら、俺は暴れたって喚いたって受け入れるしかなくなる。


は、消えないで」


最初に目を逸らしたのは俺のほうだった。宥めて欲しかったし、嘘をついてほしかった。例え未来なんてわからなくてもいいから、安心できる約束をして欲しかった。でもはそれをくれないから、俺は結局自分から切り出すしかないんだ。


「夢みたいに散っていかないで。俺から離れないで。どこにもいかないで……!」


最後はかすれる声になって、たちのぼる湯気に吸い込まれて白く濁った。ぎゅうと握るの手は、優しくて細くて綺麗なくせに柔らかい不思議な手だ。撫でられると嬉しくなってしまう。俺はがそこにいるんだと安心できる。


「ピアス」


の声は静かで、あんまり熱はこもっていなかった。俺は視線をマグカップに移す。の瞳を相変わらず見られないのは、どうしてだろう。見てしまえばそこに、が違う未来を想像しているのだと感じているからだろうか。
はマグカップを机に置いて、包み込んで離さない僕の手をやんわりとはずした。とても小さな拒絶。それからゆっくりとは俺の両手を包みなおした。視線を徐々にあげていくと、綺麗に吊り上げられた唇が目に飛び込んでくる。


「ピアス。ありがとう」


微笑んで、は俺にそう伝える。宥めすかすのではなく、嘘をつくこともなく、もちろん出来ない約束を結ぶんじゃなくて、はちゃんと俺にあった言葉をくれる。
ありがとう。なんて優しい言葉だろう。肯定も否定も全部詰まった、残酷なくせに甘くて優しい言葉。
俺はやっぱり俯いて、困ったように笑うしかなかった。手の甲よりも、マグカップで温められたの手のひらは湯たんぽみたいにあったかい。


「ありがとう、ピアス。大好き」


俺の頬を生暖かい雫が流れていく。自然に目を瞑ったのはあんまりにも雫が溢れて止まらなかったからだ。真っ暗な世界で手の温かさだけがすべてだった。優しいがゆっくりと俺に近づいて、頬に唇が触れる。いつも駄目だと笑って拒絶されていたキスは、ひどく優しくて切なかった。


























(10.05.01)







明さまに捧げます!