お姉さん、死んでるみたいだね。 見たままの感想を言えば、隣にいたアリスは顔をしかめて首を振った。縁起でもないこと言わないで、と咎められて双子は首をすくめる。言ったのはディーだけれど、怒られたのは多分ふたりともだった。 アリスと、それに双子は森に来ている。近くにエリオットやブラッドもいるはずだが、ここにはいなかった。四人は連れ立って森の散策に入り、かくれんぼしようという双子の比較的平和的な案に賛成して始めたところだった。しかしアリスが鬼になりやっとのことで双子を見つけ出しても、一向には見つからなかった。呼んでも出てこないので迷子になったのかと思ったが、やっと見つけ出した彼女はあまりにも健やかな顔をして木の根元で眠っていた。体を幹に預けて規則的な呼吸をして、きっちりとまぶたを閉じて。 「…………あれだけ大声で呼んでも聞こえないなんて、ナイトメアはどれだけ働かせてるのかしら」 ため息をつき、アリスは額を押さえる。もちろんナイトメアが働かせているわけではないだろうし、だとしたら彼女が自主的に働いているに過ぎないのだがなによりも上司が頼りないからそんなことになるのだ。 双子はアリスのひとりごとなど聞いていないようにじっとを見つめる。まるで珍しいものでも見つけたかのように。 「お姉さん、疲れてるのかな」 「疲れてるから、寝ちゃったんだよ。兄弟」 「そうだよね…………。じゃあ、寝かせてあげた方がいいのかな」 「でもこんなところで寝ていたら風邪を引くし、なにより僕らが面白くないよ」 はまったく反応を示さない。起こそうと手を出したダムに、アリスが声をかける。もし本当に疲れているのなら寝かせてあげるべきだ、と言うのだ。 「えー。いやだよ。だってせっかく遊びにきたのに」 「そうだよそうだよ。せっかく夢魔やトカゲからお姉さんを取り返したのに」 「あのね…………とりあえず、もう少しだけ寝かせてあげましょう。だって、二人と会えるのを楽しみにしていたと思うし」 クローバーの塔に住み込みで働き始めてから、確かには働きづめというか外に出ることが少なくなった。まるでユリウスのときのようだ、とアリスは思う。そこまで根を詰めているのかと思ってグレイに問いただせば、彼女はきちんと睡眠もとっているし休憩も取っているそうだ。ただ、ひとりで考えたいことがあるらしく時折ふらりとどこかに行ってしまうらしい。搭の中なら屋上や、外であれば森なんかに。 ひとりで。 アリスは考え、の大いなる欠点について悩んだがやがて諦めたように双子を振り返った。 「とにかく、私は一度戻ってブラッドたちに戻るのが遅れるって伝えてくるわ。二人はその間、を見ていてくれる?」 双子が頷いたのを見ると、アリスはブラッドたちがいる方向に歩き出す。その背中が見えなくなってから、ディーとダムは顔を見合わせた。それから近親者しかわからない何らかの意思疎通を経て、もう一度を見つめた。今度は二人ともしゃがみこみ、じっくりと。 「ねぇ、兄弟」 「うん」 「…………どうして、お姉さんはこんなに無防備なのかな」 アリスが悩んだことを、双子さえも口にする。口にしなかった分だけアリスは彼女に配慮しただけだ。の奔放な振る舞いと言動はあまりにも無防備すぎるときがある。こうやって誰が通るかわからない場所で眠ってしまうことも、彼女の魅力ではあるのだけれど自由すぎる。 「ハートの城のお姉さんは…………なんていうか、隙がないよね」 「そうだね、兄弟。ハートの城のお姉さんは、いい子だし隙がない」 「でも、このお姉さんは隙があるすぎるよ。どうして弱いのにひとりになって、ずんずん歩いていっちゃうんだろう」 「ときどき見失いそうで怖いときがあるよ。ボスも、は隙だらけなのに掴めないって言ってた」 「ひよこウサギも、不安定なのに芯があるって言ってた。あながち間違ってないよね。僕らを怖がらせるなんて、お姉さんにしか出来ないよ」 そっと二人で同時に手を伸ばし、ディーはの右手をダムは左手に自分の手を重ねる。 そうするとやっと二人は笑った。 「よかったね。生きてる」 「生きて、ちゃんとここにいる。少なくとも、今は」 「死んでるみたいに綺麗だ。死体を綺麗だなんて、思ったことないけど」 「僕もだよ、兄弟。死体は綺麗なんかじゃない。邪魔で、掃除されるべきものだよ」 「でもお姉さんは邪魔じゃないし、掃除なんてさせない。こんなに綺麗なら部屋に飾っておきたいね」 「でもそのお姉さんは喋らないし、笑ってくれないよ。それじゃ、やっぱり僕らはつまらない」 「喋ってくれなきゃ楽しくないよね…………。例えお姉さんが夢魔やトカゲのところに居たとしても、会えないわけじゃない」 「それだって物凄く不本意だよ。ボスの屋敷にずっと居て、僕らだけを見て欲しいのに」 「でもひよこウサギが絶対邪魔するよ。お姉さんは優しいから、あのウサギにいっぱい餌をあげるんだ。そんなの僕、耐えられない」 「…………確かに、ボスほどじゃなくてもオレンジの物体をあそこまで食べるなんて、見るのも嫌だよ。お姉さんがにこにこして隣に座ってるのが信じられなくなる」 思い出した彼らが青ざめ、また一緒に頷く。 「やっぱり、僕らが連れ出してあげなくちゃいけないね」 「そうだよ、兄弟。僕らが遊びに行けばお姉さんは出てきてくれるし、邪魔なウサギは付いてこない」 「危なっかしいお姉さんは、僕らがちゃんと見ていてあげないと…………。なんだか立場が逆だよ」 「だったら僕らは大人になるべきじゃないかな。お姉さんに対しては、大人になってあげなきゃ」 言うなり、音もなく二人の体に異変が起こる。まばたきよりも一瞬で、双子は成人男性の姿になっていた。 「うん。これで、お姉さんを守ってあげられる」 「抱えて運んであげることだってできるね。本当は遊んでほしいけど、ここは大人になって寝かせてあげようか」 「仕方ないけどそうしようか。じゃあ、まず僕がおんぶするよ」 「僕はお姉さんが落ちないか、見てる。…………落としたりしないでね」 慣れない手つきでを抱え上げて背負いながら、二人は瞳を見合わせて笑った。 ディーがを背負い、ダムはの背中に手を回して支えている。ゆっくりと歩き出すと、どちらともなく声を立てて笑い出した。 「…………可笑しいね」 「あぁ、可笑しい。僕ら今まで、変わりたいなんて思ったことなかったのに」 「そうだよ。大人になりたいなんて、思ったことなかった」 「だけど今はなりたい。お姉さんのために、ちゃんとした大人にならなきゃ」 「大人になってお姉さんを大事にして…………そしたら、お姉さんも僕らを大事だって思ってくれるかな」 「もちろんだよ、兄弟。そうじゃなきゃ、フェアじゃないよ」 くすくす。笑い声は体に反して高く澄んでいる。は相変わらず泰平な顔をして眠り、夢の淵から戻ってくる気配はない。双子たちはそんな様子にやっぱり死人を思い出すのだけれど、それを嫌がる自分たちを自覚しているので口には出さなかった。 帰ったらアリスがを起こすだろう。は絶対に寝ぼけるに違いない。そのあとで罰が悪そうにはにかむのだ。死人ではない、双子の望むとおりのがそこにいることこそが現実であるはずなのだから。 |
花の死臭
(09.10.30)