「…………何か、イベントがしたい」


今日も今日とて書類の山に埋もれながら、ナイトメアが呻く。立派な机に並べられた装飾鮮やかな立派な判子、それにうず高く積みあがった立派な書類の山の中央で苛められる小学生みたいに惨めな声を出す領主に、グレイは軽くため息をつく。


「催し物と言っても…………もうクリスマスも雪祭りもしたじゃないですか」


冬なのだからと言ってナイトメアは様々な催し物を開いた。クリスマスはもちろん雪像を並べた大々的な雪祭り、それに常時開設中のバレンタインフェア。クローバーの塔を中心として、確実に町中はお祭り騒ぎだ。それなのにこの上司と来たら楽しむだけ楽しんで、たまった仕事にうんざりするとまた祭りがしたいと言う。
グレイ他、背後に控える部下たちが苦笑いをする中で、唯一の女性補佐を勤めるだけがきっちりと判子の押された書類を一枚抜き取り微笑んだ。


「催し物がしたいなら、とりあえず雪祭りの片づけでしょ。あなたの決済さえもらえれば、とりあえず、みんながなんとかしてくれるんだから」


はい、ここにも判子。
流れるように女性らしい指先が指し示した場所に、ナイトメアが渋々判子を押す。背後の部下たちが安堵して、からもらった書類を手に数名が部屋から出て行く。決済さえ下れば部下たちが動けることを、クローバーの塔では学んだ。加えてすべてグレイの目が通っているので彼が間違った書類に判を押させることなどないことも。


「だがな、。冬は寒いんだから何か催しものをして楽しませてやるのが上司というものだろう?」
「その楽しみを、あなたが仕事をしないせいで奪われている人が目の前にいると思うんだけど」
「…………いや、。俺は」
「甘やかしちゃ駄目だよ、グレイ」


自分があげられたことに気付いてグレイがフォローしようとするが、取り付く島もない。
はまた新しい書類を出しながら、手際よく判子を押させてゆく。ナイトメアは意気消沈したように力なく判子を押すマシーンと化した。
グレイにとってはその方が効率がいいのだが、いかんせんナイトメアががっかりしていることに慣れない人種でもある。のように「甘やかさない」ことに慣れていないのだ。書類に目を通し、たちに気を配り、なんとなく落ちつかなそうにソワソワしだしたところでノックの音が聞こえたのは、だからグレイにとって大いに助け舟になった。


「ごめんなさい、お邪魔だった?」


グレイが開けた扉の前に立っていたのはアリスだった。白いコートを着た彼女は遠慮がちに微笑む。グレイは持ち前の優しさで「いいや」と答え、彼女を中に促した。少なくともアリスがいれば、の絶対零度のような書類攻撃も止むだろう。
だがしかし、はナイトメアを執務机から離さなかった。


「判子を押しながらでも会話はできるよね?」


お茶でも、とアリスが座らされ、席を立とうとしたナイトメアが制される。はにっこりと笑ってはいたが、その目が笑っていなかった。反論しかけたナイトメアが、けれどの心の声を聞き取ったのか小さくなって「…………はい」と座りなおす。
アリスは上着を脱ぎながら、こそこそとグレイに耳打ちする。


「どうしたの? 
「いや、あまりにも仕事が溜まっていてな。彼女は末端だから仕事の総量をまったく把握させていなかったんだが、聞かれたのでうっかり答えてしまったんだ。そうしたらあまりのことに絶句した後、ナイトメア様につきっきりになってしまった」
「…………机を挟んで向かい合って、書類を差し出して判子を確認したら抜き取るなんて…………今時秘書だってそこまでしてくれないわよ?」
「あぁ、俺もそこまではと思ったんだが」


新しい書類を一枚ナイトメアの前に出し、の指先はよどみなく一点を指し示す。ナイトメアは顔色を悪くさせて、力なく判子を押し付けた。夏休みの宿題に追い込まれた子どもでももっといきいきとしている、と見守る二人は思う。
グレイはアリスの為に紅茶を運ばせ、自分の分もついでソファに座る。


「グレイはいいの?」
に休めと言われているんだ。ついでにナイトメア様を甘やかすなとも」
「それはグレイには辛いでしょうね」
「あぁ。…………彼女のおかげで仕事は進んでいるし、あとは部下たちが動いてくれているからナイトメア様も休んでいいと思うんだが…………」
「グレイ…………あなた傍にいない方がいいんじゃないかしら?」


自分が何時間帯もぶっ通して働かされたというのに、上司の心配をするなんてグレイは優しすぎる。加えてナイトメアは調子に乗りやすいのだから、くらい厳しい方があっているのだ。けれど紅茶を片手に落ちつかなそうにたちを見守るグレイも、らしいと言えばらしすぎる光景であったのでアリスは微笑む。


「…………いよいよナイトメアが泣き出しそうになったら、助けましょうか」
「あぁ…………アリスが言ってくれればも納得するだろう」
「そうね。でも普通に休憩をとったら、またナイトメアは逃げ出しそうだけど」
「それを言われると痛いんだが…………クリスマスも雪祭りも終わってしまったんだ。これ以上催し物といったところで何も――――」
「ん? なになに。楽しいことの相談?」


グレイの発言を遮って届いた声に、アリスもグレイも動きを止めた。そうして声がした方に向かって急いで振りむく。


「なんであなたがここにいるのよ! エース!」


神出鬼没な騎士ではあったが、これは唐突過ぎた。エースは冬用のコートのまま、二人の間に立っている。本人だけが突然だとは思わず、ひどいなぁと大して傷ついたようすもなく呟いた。グレイが警戒するように立ち上がって距離をとる。


「お前…………何しにきた」
「俺? 俺はもちろんユリウスに呼ばれてきたんだよ。それなのにこの塔って広すぎるから迷っちゃうんだよな」
「ここは迷うほど広くない。迷うのはお前の頭がどうかしているからだ」
「え? ひっどいなぁ、トカゲさん。俺傷ついちゃうぜ」
「グレイ、臨戦態勢に入らないで。…………それにエースも、ユリウスの部屋なら案内するから…………」


ぐったりしたアリスが立ち上がり、ナイフに手をかけようとしたグレイを宥める。ここで騒ぎが起こればナイトメアはチャンスとばかりに逃げ出すだろうし、そうなればの怒りは目に見えている。
自分が騎士を連れ出せばいいと決断したのに、エースはけろりと首を振る。


「ユリウスの部屋にはもちろん行くけどさ。何か催し物の話をしてたろ? 俺もまぜてよ」
「…………貴様を混ぜるものなどない」
「冷たいなぁ、トカゲさん。夢魔さんをから救出するには、催し物を開かなくちゃならないんだろ?」
「ばっちり聞いてるんじゃない、エース」
「はははっ。もちろん騎士だからね」


もはやわけがわからない。エースは朗らかに笑って、ひとり心得顔だ。
アリスはやる気マンマンのエースに催し物と言ってもあらかたやりつくしたし、派手なことをすればまた仕事が増えるので逆効果であり、だからと言ってナイトメアが興味を持つようなものを出すことも困難なのだと説明する。エースは本気なのか、説明を一通り聞き終えたあとでまた爽やかに笑った。


「なぁんだ、簡単じゃないか」
「え? 本当?」
「本当本当。簡単だよ。つまりを引き離して夢魔さんもみんなも楽しめる、お手軽な遊びってことだろ?」
「…………そう言ってしまえば身もふたもないが……そんなもの、あるのか?」
「あるよ。面白いのがね。………でもせっかく遊ぶんだから、ユリウスもまぜなきゃ」


言うなり、エースはアリスにユリウスを呼んでくるようにお願いした。自分が行ってもいいのだがそれでは戻ってくる前にナイトメアが倒れてしまう。アリスはなんとなく腑に落ちない部分に首を傾げながら、それでも頼まれれば断れないので部屋を出ていった。グレイがいぶかしむようにエースを睨むが、笑顔の張り付いた騎士は至極楽しそうに笑うだけ。


「…………それで? 仕事中にいきなり呼びつけてお前はいったい何がしたいんだ」


呼んだのはアリスのはずなのに、ユリウスはため息だけでエースを見る。アリスに呼ばれたから付いてきたものの、もしエースに呼ばれたのならば話など一蹴していたのに、と考えながらユリウスはソファにどっかり座り込む。


「そうだよ、エース。あと四時間帯は休まずに、ナイトメアは働くんだから」
「君は鬼か?!」


こちらもエースに呼ばれたとナイトメアが執務机から集まってきた。ナイトメアはすでに半泣き状態だ。あれだけ積まれた書類が半分ほど片付いていることからも、がせっせと彼を働かせていることが頷ける。その書類を部下たちがあちらへこちらへ振り分けながら、笑顔で忙しそうにしていた。
エースは相変わらずにこにことしながら、ぱんと手を叩く。


「ちょっと休憩だよ。夢魔さんがそんなに仕事をしたら、大雪になって大変だぜ」
「…………うーん、そういえば雲行きが」
「アリス、君までそんなこと!」
「それにもそんなんじゃ、眉間の皺がとれなくなってユリウスみたいになっちゃうぜ。だからさ、俺が考えたゲームをしよう!」


ゲーム。何度も聞くのにまったく慣れない響きに、もアリスも複雑そうな顔をする。
けれど爽やか過ぎるエースを誰にも止められるはずなどない。


「よし、じゃあには手伝ってほしいことがあるんだ」
「わたし?」
「そう。ちょっと話があるから、部屋を出よう」


不思議そうに首をかしげるの肩を抱いて、エースは一旦部屋を出る。残された四人はうっすらと嫌な予感を感じてはいたのだが、アリスもなんとなくエースを止められなかった。やがてエースだけが部屋に戻ってきたときには、さすがに尋ねたけれど。


「ちょっとエース。は?」
には準備してもらうことがあるんだ。みんなは待っててよ。すぐ終わるしさ」
「…………騎士、お前まさかに無理難題を吹っかけていないだろうな」
「ヤダなぁ、トカゲさん。俺は女性に優しい騎士だぜ? 無理なことなんて頼んでないよ」
「無理ではないが、無茶は頼んでいそうだな」
「ユリウス、お願いだからもっと希望が持てそうなことを言って」
「時計屋の言うとおり、お前の思考は読み取りたくないがそれでもあまりいいことではなさそうだな」
「はははっ! みんなひどいや!」


じっとりとした目で見られてエースがまた楽しげに笑う。これだけうんざりとした視線を受けてなお、エースは悪気などまったくなさそうだ。


「だいたい、悪いのは仕事をしない夢魔さんだろ? だからがキレるんだ」
「なっ…………いや、だががあんなに怒るとは予想外だった」
「怒って当然だろう。アイツは知らなかった自分のせいだとも感じてるはずだ」
「そう責めるな、時計屋。俺も常態化しすぎて数字の意味がわからなくなっていたんだ」
「グレイ…………あなたはちょっと休みましょうよ」


うっかりグレイが話してしまったということは、もうそれがとてつもない数字だという判別も出来ないほど仕事が溜まっていたということだ。アリスはグレイに同情しつつ、ナイトメアを見やりながらため息をつく。ひっそりナイトメアが傷ついたが、誰も構わない。
そんな不毛な会話を繰り返し、やがてエースが「うん、もういいか」と頷いたとき、けれどは戻っていなかった。アリスが首を捻る。


「エース、は戻ってないわよ?」
「うん。戻らないよ。には景品になってもらったから」
「…………は?」
「だから景品だよ。いい考えだろ? を探す宝探し。夢魔さんから引き剥がせるし、が景品だから手間も要らない。自分で隠れてくれるんだから」


ね、と自慢げに言うエースによれば、今までの不毛な会話はが指定した場所に到着するまでの時間稼ぎに過ぎなかったらしい。アリスは呆れ、半ば感心する。ここにはナイトメアさえいたのに、エースはその企みを暴かせなかったのだ。
ユリウスが億劫そうに肩を落とす。


「それで範囲はどうしたんだ。まさか城や遊園地まで含まれているなんていうつもりじゃないだろうな」
「まさか。ヒキコモリのユリウスにそんな酷な真似しないよ。範囲は冬だ」
「冬…………ちゃんと防寒できる場所なんだろうな」
「怖いなぁ、トカゲさん。大丈夫。あったかい場所だよ」
「あたたかい…………?」


冬に暖かいなんて、室内に限られている。アリスは顎に手を当てて、考え込む。


「それだけじゃ、何時間帯も探し回る羽目になりそうだわ。もっとヒントはないの?」
「欲張りだなぁ、アリス」
「…………ヒントがそれだけだったら誰でも言うわよ。宝探しなら尚更ね」
「そうだなぁ」


エースはもったいぶった様子で考え込む。その姿が空々しすぎて殴りたくなったのはそこにいた全員だろう。やがて仕方がない、と言った様子で顔をあげたエースは本当に憎たらしい顔をしていた。


「景品に相応しい場所、かな」
「はぁ? それじゃわからないわよ」
「わかったらヒントじゃなくて答えだろ? でもアリスには難しいかもなぁ」
「どうしてよ」
「だっていつも求められる側だからね。ペーターさんに聞けば一発かもしれないぜ? が景品として相応しい場所はどこかってね」


くすくす笑って、エースはアリスを除く男性陣を一瞥する。


「わかるはずだろ。を手に入れるなら―――――」


言い終わるか終わらないかだった。突然動き出したのはナイトメアだ。ぎっとエースを睨みつけると、ふいに扉ではなく窓に向かう。


「あれ? 夢魔さんわかったんだ。ずるはしてないよな?」
「お前の言い方ならわかるだろう………!」


窓を両手で開け放ったナイトメアは躊躇うこともなく、足をかけて飛び降りた。ここは決して一階ではないのだし、随分見晴らしがいい場所ではあるのだが彼にはそんなこと関係がない。ナイトメアの姿が消えると同時にユリウスが「あぁ、そういうことか」と頭を抱え、アリスに「行くぞ」と声をかけ走り出す。ナイトメアほど切羽詰ったわけではなく、けれど同じく走り出したグレイには劣らないスピードだ。
アリスだけがわからずに、疑問符を浮かべたまま走っている。


「なになに? どういうことなの、ユリウス!」
「…………」
「黙ってちゃわからないわ! は景品なんだから見つかって当たり前だし、それがどういう――――――」
「アリス。騎士は君にはわからないと言ったろう?」


答えようとしないユリウスに変わってグレイが律儀に答えてくれる。目の前にはクローバーの塔の門柱が見えてきた。どうやら町中に出るらしい。コートを置いてきてしまったことを半ば後悔する。


「私にわからないっていうのは、女性にはってことよね」
「そうだ。…………君たちにとって、そこは誓う場所であって『手に入れる』なんて場所じゃないだろうからな」


誓う場所。そこでようやくアリスも合点がいった。そうしてユリウスやグレイと同じく、エースのヒントにうんざりする。わざわざそこにを配置したことも。
寒さを忘れようとして懸命に走り、やっと目当てのシンボルが見えたときにはすでにコートなどなくてもいいくらい温かくなっていた。比較的大きな建物の前で速度を緩めた三人はすでに中が騒がしいことに気付いた。思わず中を見ることを躊躇ったアリスが、一歩下がる。


「そういえば、なんでナイトメアは焦っていたのかしら?」
「…………考えるな、アリス。どうせ答えは中にある」


すでに帰りたくなっているユリウスが言い、グレイが一足先に建物の中に入ったあとに続くとアリスもやっぱり帰りたくなった。
がうんがうんがん!
間違ってもこの建物の中――――十字のシンボルを掲げた聖なる場所だ――――では聞こえてはいけない音がした。目の前では銃を構えるにんじん好きのウサギさんと帽子屋屋敷のボスその人の姿。そうして二人と対峙するようにを抱えたナイトメアがいた。


「エリオット…………ここは教会だ。もっと静かにやれ」
「悪い、ブラッド」
「いや、静かも何もやめなさいよ」


だるそうに言ったブラッドに突っ込めば、やっとこちらに気付いた二人が眉をあげた。ユリウスやグレイやアリスがいることに、素直に驚いているようだった。


「おやおや…………全員でお出迎えとは賓客扱いだな」
「別に貴様を迎えにきたわけではない」
「…………時計屋。てめぇ、ちったぁ口を慎めよ」
「銃を構えるな三月ウサギ。アリスにあたったらどうする」


んな下手打たねぇよ、と吐き捨てたエリオットはそれでも発砲しなかった。
ナイトメアはを抱えたまま、まるでおもちゃを取られまいとするようにブラッドと距離をとっている。ブラッドはその様子に、さらにダルさがましたようだ。


「それで何なんだ………? そこの芋虫は我々がと話をするなり現れて、触るなと喚き散らしたんだ。この時間帯に来ることは事前通告していたはずだろう」
「そうだぜ。ブラッドの手からを奪うなんて、いくらナイトメアだって許さねぇ」


事前通告していたのか。なるほどナイトメアはだから焦っていたのだと、アリスは納得する。が教会でブラッドに捕まればなんやかやと理由をつけて、式まできっちり挙げてしまいそうだ。


「あぁ、ごめんなさい。ブラッド」


腕を緩めるようにナイトメアに言いながら、がようやく顔を出す。ぽんぽん、と軽くナイトメアの腕を叩く動作。


「ちょっとしたゲームをしていたの。だから事前通告を無視したわけじゃない」
「ゲーム?」
「そう。簡単すぎるゲーム。景品はわたし、仕掛け人はエース。すぐに見つかるって言われたけれど本当に早かったね」
「お嬢さんが景品とは…………私から乱暴に奪うわけだ。ルールを知っていたらぜひ参加させて欲しかった」
「それは駄目だよ、ブラッド。これは本当に息抜き程度のものだし」


自分が景品になっていると言うのにまったく危機感なくは笑う。どういうふうにエースに丸め込まれたのだろう。はまだ不安そうに佇むナイトメアに笑った。


「わたしはナイトメアが来てくれたらいいなって思ってたから」
「…………ほ、ほんとか? 
「うん。だって」


ぱっと顔をあげて喜んだナイトメアの手を握り、は綺麗に笑った。それはもう、エースも負けるほど爽やかな様子で。


「エースから聞いているでしょ? 景品はわたしなの」
「あぁ、聞いている」
「だからね、しばらくは付きっ切りで仕事に付き合ってあげる」
「…………は?」


ふたりの間に流れ出した甘い雰囲気に苛立っていた周囲さえも、ナイトメアと一緒に首をかしげる。だけがにこやかに笑い、ナイトメアの手を逃がすまいと握っている。


「ユリウスやグレイだったら癒しツアーだったんだけど、ナイトメアは別。あの溜まった書類を前にしてまさか癒されたいだなんて言わないよね」
「え、あ、は?」
「大丈夫。五時間帯くらい休まずに進めれば終わるから」


じゃあ、お相手できなくてごめんね。
はブラッドたちにきっちり謝りながら、未だ理解できずにいるナイトメアを引きずって外に出て行く。呆然としたナイトメアは、吐血する寸前のように真っ青だった。取り残されたユリウスやグレイ、アリスがめいめいにため息をつく。どうやらとナイトメアの間では「景品」の齟齬があったらしい。というか、これは仕掛け人の仕業だろう。


「はははっ! やっぱり夢魔さんが一位かぁ。ユリウス、もっと頑張れよな」
「…………エース」
「あれぇ? 帽子屋さんたちもいるんだ。は相変わらずモテモテだね」


のんびりと教会に入ってきたエースが、また全員の胡乱げな視線を一身に集めた。まったく食えない男だ。というか、悪ふざけがすぎる。


「いいだろ。俺はが景品とは言ったけど、全部とは言ってない。本当にを手に入れたいなら奪えばいいじゃないか」
「…………貴様は一度本気でぶちのめされたいらしいな」
「ははは! おっかないなぁ、トカゲさん。でも誰もわからなかったら、俺がもらうつもりだったんだけどなぁ」


はははは! 寒気がしそうな笑い声と一緒に吐き出された本音に、キレたのは約二名。
がんがん! きぃん!
ナイフが投げられ銃声が響く。キレやすいエリオットならまだしもグレイがエースの挑発に乗るなんて珍しかった。アリスは疲労を覚えながら、これで少しはグレイのストレスが発散できればいいと思う。そうすればが癒しツアーを開く必要もない。
教会では相変わらず響くべきではない音ばかりが響いている。ブラッドはもう止める気がないし、もちろんユリウスにだってないだろう。今頃塔では仕事が再開され、ナイトメアが青い顔で判子を握っているに違いない。


「大雪に、なりそうね」


見上げた空が灰色の雲に覆われている。アリスは呟き、今回ばかりはエースが痛い目を見ますようにと祈った。






























(10/09/12)