の消えたダイヤの国では、期間ごとのイベントが開かれていた。
ダイヤの城が主導となる、測量会だ。それぞれの領主が領地の力をカードに見立てて競い合う。コロシアムのようなすり鉢状の会場内は、中央に置かれた四つの巨大砂時計が異様な存在感を醸し出している。砂粒によって力の差がわかるなんて、どこで計測しているのか甚だ疑問の装置だった。
広く取られた領主席に鎮座する面々は、それぞれ別の面持ちで測量会に臨んでいた。観客席からでもわかるほど、表情の変化が読み取れる。


「………………つまらないですわ」


主催者なのですからと大人の姿での出席を余儀なくされたクリスタは面白くなさそうにあからさまに下を向いてばかりだ。シドニーはそんな姿の女王陛下に心底うんざりしているように顔をしかめていた。
かと思えば、隣の墓守領では、真っ赤になっている時計屋を必死にジェリコがなだめているような有様だ。


「だからな、ユリウス。悪かったって」
「私は何も気にしていないと言っているだろう!」
「いや、お前、顔真っ赤だぜ……?」


駅では暗殺者であるはずのグレイに、小さなナイトメアが叱咤されている。


「お前、余所者放って夢に逃げたそうじゃねぇか。それでも男か?!」
「う、う、うるさい! なんで暗殺者に男のなんたるかを説かれなければいけないんだ?!」


ただ測量会そっちのけで持ち上がっている話題に、帽子屋領だけはなんのことかわからずにぽかんとしていた。それが観客席にはより奇異に見える。いつだって若い勢力である帽子屋は話題の中心にいたはずだ。それなのに、今はてんでかやの外らしい。
かつん。広い会場に響く、杖の音はブラッドから放たれたものだ。足を高々と組んだ彼は杖を操って一同を見る。


「ふむ……………どうやら、測量会などやっている場合ではない者たちが多いようだ」


真面目にやる気はないのか、などと言い出すわけはないのだが、ブラッドはそれなりに苛立っているらしい。
女王はそれを一瞥し、またため息をつく。


「そうです。こんな、いつもと同じ催しなど目ではないものがありましたのに」
「ほう? 女王陛下がご執心のものは夢魔だけではなかったのか」


興味を持つふりをして、小さな夢魔に視線を走らせる。ひっと怯えた夢魔をかばうようにグレイが立った。


「夢魔と同じくらい、興味を引かれるものですわ。それなのに」


眉をあげ、クリスタはジェリコをきっと睨んだ。


「せっかくの余所者を、おめおめと逃がすなんて本当に甲斐性がない」


悔しさを込めた視線にもジェリコは動じない。肩を竦めて受け流すだけだ。


「帰りたいと一心に思ったんだ。汽車もそれに答えた………。迷わない余所者を手元に置いておけるわけがないだろ?」
「惑わされない、余所者? ここへ引っ越して早々汽車に乗ったのか」


そんなものは狂気の沙汰だった。いくら思いが強くとも所詮は余所者だ。惑わされ道を失うのは火をみるよりも明らかだ。けれどその女はたった数時間体のうちに帰りおおせたのだという。
グレイがやれやれと大げさに息を吐く。


「まぁ、お前が乗車拒否したって帰っていたってことだな」
「うるさいぞ! グレイ! 思いばかりが強くとも汽車は危険なんだ! 私は、彼女のためを思ってだな」
「へぇ、大方女王が怖くて夢に逃げたと思ったがな」


グレイは取り合わずに視線だけを女王と宰相に向けた。女王は肘おきに突っ伏す勢いで体制を崩し始めている。代わりに背後に控える黒ウサギが答えた。


「もちろん、陛下は即座に氷漬けにしようとしましたが……………あいにく、トカゲとドードー鳥の邪魔が入りましたから」
「はっ。俺は仕事の邪魔をされるのが嫌いでな」
「はぁ…………トカゲもウサギもお黙りなさい。どうせ、かよわい余所者をいたぶっているのだと思って正義の血でも騒いだのでしょう。夢魔だって、そう。普段ならすぐに駅を開けるのに、余所者が自分の元へ来ないことなど心を読んで知っていたらから入れなかった………………」


余所者の思いの強さを、すぐさま汽車を求めるものだと知っていたから。


「そうして、すべてをドードー鳥に託した。それなのに、託されたあなたがすぐに彼女を解放したのは何故です」


ジェリコはまた矛先を向けられて、今度は隣の同伴者を気遣うように口を濁した。


「いや、話を聞いたら帰っても大丈夫そうだったからな」
「大丈夫そう? まぁ、あいまいなお答えですこと。余所者が管理者に捕まることなど、時間の問題でしょう」
「捕まることはないだろうよ。それはねぇ…………と思う」


歯切れの悪い応酬に、それまで奇跡的に黙ってみていた子供が――幼い面差しを残す茶髪の少年だ――口を開いた。


「なぁ、ユリウス。みんなが話しているのってこの前ジェリコの部屋に居た女の子のことなのか?」


もはや赤いのか黒いのか、ともかく顔色の悪い保護者へ向けられる屈託ない声はよく響く。


「ジェリコにお客が来たからって呼ばれたのに、俺がついたときにはユリウスは部屋の前で硬直してだろ? そしたらいきなり他の部屋へ隠れてさ。あの女の子が嫌いなら俺斬ってあげたってよかったんだぜ」
「エース!」


不穏な言葉を諌めるというよりは耐えられないといったように、ユリウスがエースの口をふさぐ。ジェリコは空笑いを零すばかりだが、視線をそらしてもう話そうとはしなかった。
今までの会話をすべて聞き終えたあと、ブラッドは足を組みなおして笑う。


「どうやら面白い余所者のお嬢さんが来たというのに、我が領地にはおいで頂けなかったということか。まったく、抗争ばかりしていると花もなくなる」


思いの強すぎる余所者の女がこの国の自分をスルーした理由をブラッドは知らない。
ただ、ブラッドが興味を持ったのは彼女の強さだ。


「私なら、ドードー鳥のように情けはかけず、女王陛下のように手を引いたりしない。そのときその場でしか手に入らないものに指をくわえて見ているなんて、御免だ。例え彼女が帰りたい場所に譲れないものがあったとしても―――………忘れさせてつないでしまえばいい」


どこまで理解しているのか、ブラッドは時計屋を見据えてそう言い放った。ユリウスは冷静さを取り戻し、表情を変えずに視線をぶつからせる。
しんと静まり返った会場内にぱんぱんと手を打ち鳴らす音が響いた。女王陛下がいつのまにか立ち上がり、前へ進んでいる。


「歓談はそこまでです。もう戻らない余所者のことをこれ以上話しても無駄でしょう。わたくしは、大切なものを持たない彼女を手元に置いておきたかったのですから」


未練を残したままの余所者はいつか不安になって凍らせてしまう。それなら、強い思いもない余所者をこの城の住人にしたかった。


「くじ運がなかったと諦めるだけです。まったく、自分のことだというのにそんな彼女に会える自分が恨めしいですわ」


ではつまらない測量会をはじめましょう。
主催者だというのにやる気など一切見せず、女王陛下の開会宣言が場内を満たした。廻る自分たちには見出せないが、余所者への興味は少なからず役持ち達の胸にひっそりと残る形となる。
ただブラッドだけが、開会宣言をして戻る女王に挑発的な口調で尋ねた。


「それで、そのお嬢さんの名前は?」


女王は無表情のまま、短く「」と答える。ブラッドの口角が、面白そうに吊り上った。


、か。覚えておこう。きっと、私の気に入るお嬢さんだ」


会える確率など無に等しいと言うのに、ブラッドは笑った。控えたエリオットが訝しむが、帽子屋領の若き領主は理由を語ろうとはしない。
きっと気に入る。理由を知っているのは、彼女だけだろうがね。



















紡がれなかった始まりの場所



(20014.03.30)