森の中をただ黙々と歩いていると、ようやく目当ての場所についた。随分陽射しが強くなっている。手を傘代わりに空を仰ぐと、雲ひとつない晴天が広がっていた。肌がじりじりと焼かれ、気のせいではなくセミの鳴き声までする。極めつけは目的の門に綺麗に植えられたひまわりだった。騒々しい門は、中を想像させるほど華やいでいる。
遊園地は、夏になっていた。


「あれ、じゃないか」


人通りがまばらな遊園地にふらふらと入り込むと、手近にあったパラソルに駆け込んだ。春から来たので気温差は平気だと思ったのだが、暑さで目眩がしたのだ。厚手の上着はすでに脱いで、ベンチに放ってしまっている。予想以上の気温の変化に戸惑っていると、目の前により濃い影ができた。


「なんだなんだ? ヘバってるのか」
「…………ゴーランド」
「あんたのいる場所からは随分気温が違うからな。大丈夫か?」


持っていたうちわで風を送ってくれるゴーランドは、男性特有のひび割れた声で尋ねた。わたしは弱々しく笑いながら、「大丈夫」と微笑む。ぐったりとした身体を起こすことはできなかったけれど、風のおかげで楽にはなった。
ゴーランドは相変わらず奇抜な格好をしていた。音符がところどころに貼り付けられた、遊園地の従業員という立場を差し引いても可笑しな格好。大柄で、この世界にしてはまもとな性格を持ち合わせているけれど、それに反比例して音楽的才覚が欠如してしまっているかわいそうな人だ。


「…………お久しぶり、ゴーランド」
「おぉ。久しぶりだなぁ。…………どうだい、アンタんとこの連中はよくしてくれるか?」


エースみたいな空々しさを一切感じさせない笑顔は、まさに夏そのもののようだった。ゴーランドに夏はよく似合う。後ろ暗いところも、湿った部分もない。けれど若干、わたしの心臓の裏側に違和感が走る。頭で理解しているのに、心が追いついてこない。
不安材料などどこにもないのに、わたしはいつからこんなに臆病になってしまったのだろう。


「よくしてくれる。ナイトメアやグレイは親切だし、ユリウスにいたっては相変わらずだし」
「あー…………アイツはなぁ」
「ハートの城や帽子屋屋敷みたいに心臓に悪いことも起きにくいしね。ここみたいに、追いかけっこもない」


かすかに耳を澄ませれば、ピアスの鳴き声と金属のぶつかり合う音、それにボリスの楽しげな笑い声がする。ゴーランドはぶつぶつ文句を―――このクソ暑いのに、とか、アイツラは大人しくできないのか、とか――言って、頭を掻いた。ゴーランドは彼らの保護者にはぴったりだろう。ある程度は自由にさせてくれるし寛大だが、一度許容をオーバーすれば特大の雷が落ちる。
わたしは暑さにうなされながら、ゴーランドに向き直る。


「ね、ゴーランド。ここにアリスは来た?」
「アリス? あぁ、来たぜ。ついさっきだ」


ゴーランドたちがプールでくつろいでいるところに現れて、少し会話をしたアリスは帽子屋屋敷に向かったという。わたしはここでもすれ違ったことにがっかりと肩を落とした。


「なんだ。探してたのか?」
「…………うん」
「それは残念だったな。アリスもお前さんを探してるって言ってたぞ。クローバーの塔に行ってきた帰りだと」


がくりとうな垂れたわたしの頭に大きな手のひらがぽんぽんと小気味よく跳ねる。きっとアリスもわたしに話したいことがたくさんあるに違いない。四季がくるくると変化する世界に対して、恐ろしく曖昧な時間設定以上に嫌悪しているかもしれない。けれど、引っ越しより落ち着いているだろう。この世界に欠けているものは何一つない。


「じゃあ、行かなきゃ」
「もうか? …………あぁ、そうだ。ちょっと待ちな」


膝に手をついて立ち上がると、ゴーランドが手近な倉庫に引っ込んだ。いくらも待たないうちに現れた彼の手には、傘が握られていた。瀟洒な柄をうやうやしく掴んだ彼が、折らないようにそっと開くと真っ白な傘は総レース仕様になっていた。まるでお嬢様の日除けだ。けれどゴーランドは引き気味なわたしに構わず、繊細な日傘を差しだしてくれる。


「プレゼントだ。アンタ、日差しに弱そうだからなぁ」
「…………ありがとう」


受け取ってくるりと回し、日差しの中で立ってみせるとゴーランドは満足したように笑った。おもちゃを買い与えた親のような反応に、わたしは少しだけほっとする。ゴーランドはグレイと違った意味で世話焼きで、面倒見がいい。


「なぁ、


整えられた無精ひげ、優しそうな目元、見れば見るほど懐かしさばかりがあふれ出す。わたしは微笑んで「なに」と答えたけれど、内心は整理がつけられないほど混乱していた。


「今の滞在先に飽きたら、遊園地に来いよ。歓迎するぜ?」


もう一度太陽に微笑んだゴーランドに、わたしは頷く。うん。きっと。来ないことなどわかっているのに、わたしは頷いてしまう。彼の声は、わたしを催眠術にでもかけてしまうのかもしれない。
飽きるはずなどなく、飽きられるとしたら自分のほうだ。わたしは心の中でそっと、飽きられたら拾ってね、と付け足して自虐的に笑った。























痕を捜す度に惨めになる



(10.01.07)