屋外に設けられたティーテーブルの上には様々な色のお菓子が並んでいる。華奢なセットに盛り付けられた、もっと精巧なケーキや焼き菓子にうっとりしながらアリスは落ち着かない様子で席に着いていた。自分が着ているのは城の使用人の服だ。仕事をしていないといられないのでメイドの服を着ているというのに、自分がお茶を用意される人間であるというのは可笑しいような気がした。けれどビバルディは珍しく上機嫌で紅茶を飲んでいるので、その輪を乱すことはできない。キングもビバルディの機嫌を敏感に感じ取っているようだった。上等な菓子、滅多に出さない銘柄の紅茶、そうしてペーターやエースが仕事で出ているなんて、ビバルディにとっては居心地いいこと極まりないのだろう。彼女の機嫌を損ねるものが、ここにはない。


「ほほ、アリス。どうしたの、そわそわして落ちつかない」
「え?」
「あやつらの居ない方が紅茶がうまい。今のうちに堪能しないと損じゃ」


エースやペーターのことを考えていることなど、お見通しだったらしい。ビバルディは拗ねた様子もなく微笑んで、そう言った。アリスは若干いぶかしむ。彼女は自分といるときに他の人のことを考えるようなアリスを許しただろうか。こんなふうに微笑んで、あまつさえ嗜めるような口調で。


「ビ、ビバルディ?」
「ん」
「どうしたの、なにか」


いいことでも、あったの。続けようとした言葉は、がさがさと草を掻き分けるような音に掻き消されてしまった。アリスは音の方に顔を向け、向けたことを後悔した。見ごろの薔薇を楽しむためにしつらえたお茶会の席だというのに、その薔薇が無残にも人型に穴をあけていた。薔薇の棘などまったく無意味に等しいのかもしれない。エースやペーターにとって、花は花なのだ。道なき道から現れた二人は、体中についた花びらを鬱陶しげに払う。


「ペーター! エース!」
「お、やっと着いたぜ。近道の勘はあたってたわけだ」
「堂々と勘などと言わないでください。あなたの勘はあたった試しがないんですよ」
「ひっどいなぁ、ペーターさん。ここまで着いてきてくれたのに」
「別にあなたに付いてきたわけじゃ…………あぁ、もう。会話さえも疲れる。アリスに出会っていなかったら後ろからずどんとやってしまえたのに」


剣呑な瞳をちらつかせながら、それでも言葉通りペーターは銃を取り出さなかった。もちろん彼らが斬りあったり撃ち合ったりするのなんて見たくないのだが、今はそれどころではなかった。薔薇を愛でていた女王がいつ癇癪を起こすのかと、ハラハラしながら見守っている。けれどビバルディはティーカップを持ち上げたまま、変わらない表情で突如現れたふたりを見ていた。まるでそんなものは些細なことだ、とでも言わんばかりに。


「馬鹿が馬鹿なところが現われおって。…………お前たちに散らされた薔薇が哀れでならぬ」


そっとカップに口をつけながら、ビバルディはいつもの皮肉の半分にも満たない苦言を呈す。アリスは唖然とするしかない。先ほどからやけに機嫌がいいと思ったのは、薔薇が見ごろだしエースやペーターが居ないからだと思ったのに、違うようだった。


「あれー。いつにも増してご機嫌がよろしいんですね」
「エース」


薔薇をさっさと払いながら、エースが数歩近づく。大きな体は真っ赤な騎士服に包まれている。仕事帰りだからと危惧した返り血は見られなかった。ビバルディはエースが近づいても顔色一つ変えない。エースの方がいつもよりずっと無表情に微笑んでいる。


「もしかして…………思わぬところで思わぬ拾いものでも、しました?」


拾い物。エースの発言に思い出したのはピアスだった。アリスやを落し物と言ってきかない、素直すぎるネズミは自分を拾い主だと主張していた。ピアスに落し物と言われるたびにアリスは自分が余所者だと自覚させられる。ここにいること自体が、場違いなのだ。
けれどビバルディが拾って喜ぶものなど何があるのだろう。アリスは考え込む。ビバルディに手に入れられないものなど少ない。


「拾いもの…………ね」


ビバルディは否定しなかった。綺麗に描かれた唇を吊り上げて笑っただけだ。それが肯定を示していると取ったのか、エースが脱力するように肩を落とした。


「…………やっぱり陛下のところでしたか。いや正確にはアリスのところかな?」
「え…………?」


エースの笑顔が力強く向けられる。けれどアリスには、彼が何を言っているのかわからなかった。ビバルディが何を拾ったのかなど、聞いていない。
ほほ。軽やかでひそやかな、それでいて場を制す笑い声が響く。


「お前の言うとおり、わらわは鳥を拾った。傷ついて飛べなくなった、哀れで脆弱な小鳥をね」
「…………」
「だがそれを責める権利がお前にある? わらわの手中に収まっているべきではないのだと、お前には言えまい」


いつになく饒舌なビバルディのようすに、皮膚の裏側があわ立った。傷ついた小鳥。ビバルディが大切そうに何かを表すことなど、ない。例え本当に傷ついた小鳥を拾っただのだと言うのならば、そちらの方がよほど良かっただろう。アリスは自分の体全体から血の気が引くのがわかった。


「ビバルディ…………?」
「アリス、そんな顔はおやめ。ウサギが五月蝿くなる」
「ではアリスにそんな顔をさせないでいただけますか。どうせ小娘をひとり、拾っただけでしょう?」


ペーターの発言がうやむやにしていた霧をいっきに晴らした。ビバルディはそこで初めてむっとした顔になり、情緒のないやつめ、と零す。エースは脱力したまま空を仰いで何事か考えている風だが、アリスはどうでもよかった。
こむすめ。ペーターが悪意をもって名前を呼ぶ相手など決まっている。縋るように見つめた先で、けれどビバルディは穏やかに微笑んだ。


「アリス、もうすぐサーカスがある」
「…………さ、−かす?」
「そう、もう一度楽しみにゆこう。あそこは楽しむ場所じゃ」


うきうきと弾んだ声が脳裏に前回のサーカスを思い出させた。もちろん数々の芸は素晴らしかったけれど、アリスはテント付近で不覚にも迷子になった。不安で堪らず、ジョーカーの発言はどんどんアリスを落ち込ませる。加えて、サーカスが牢獄に見えることがしばしばあることもなんとなく敬遠してしまう要素になっていた。
微妙な面持ちで返事を言いよどむアリスに、なおもビバルディは言い募る。


「大丈夫。今回はお前も楽しめよう。なにしろ、も楽しみにしておるのじゃ」
…………?」
「そう。わらわ達と共にゆく。…………誰にも邪魔などさせん」


すっと細められた瞳はエースを射るように見つめた。けれどエースはまっすぐにビバルディを見返しただけだ。反応は示さなかった。
。帽子屋屋敷から帰ってからこちら、彼女とは連絡をとっていない。どうしてビバルディの元にいるのか、なぜエースもそれを知っている風なのか、そしてどうしてまた「傷ついて」しまったのか。アリスは落ちつかない様子で城を仰ぐ。が居るというだけでアリスの目には先ほどとはまったく様相を変えて見えてしまう巨大な城だ。まるでこの中に捕らえられた姫がいるかのような、物々しい錯覚だった。




















真っ暗な海でを仰ぐ





(10.03.17)