「…………きっと、閉じ込めてはおけないんだろうなぁ」


爆ぜる暖炉の中を見つめながら、ひとりごとを呟く。わたしは真っ赤な毛糸で編まれたストールを肩に巻きつけ、ユリウスの部屋でぼうとしていた。彼を好きだと自覚してからこちら、もっぱらユリウスの部屋にばかり居るようになった。それが当然だと思ったし、そうでなければいけないとも思った。
ユリウスと両思い―――こういう言い方はどうにも慣れない――ーになったからには、ナイトメアやグレイ、ビバルディにももちろん知らせなくてはならない。半ば義務感のように提案したのだが、ユリウスは一瞬眉根を寄せて罰が悪そうにした。一緒に行こうと言われるのが目に見えていたのだろう。わたしはそうするつもりだった。するつもりだったけれど、どうせ断られることも知っていた。


「……………………驚いてたなぁ」


まずは春のままにしてある通路を通り、またもや城を訪れた。すぐにアリスはわたしを見つけてくれたし、ちょうどビバルディもお茶会の最中だった。わたしはビバルディにユリウスを好きなことを伝え、彼と一緒にいたいと口にした。そのときの女王ははっきりと不愉快なようすをしていたけれど、わたしが笑顔を崩さないことに呆れたのか「そう」とだけこぼした。ほっとしたわたしにビバルディは、けれどまったく違う方向から戒める。
―――――お前は、難しい道ばかり選ぶ。
難しい、道。わたしはビバルディの綺麗な紫の瞳を見つめ、なくした表情に笑顔をかき集めて笑った。どうしていいものかわからず、それでもその言葉はわたしにぴったりだとわかったので笑うしかなかった。
―――――そうだね。わたしはままならないから。
ビバルディの直感を、きっとアリスはわからなかったことだろう。けれど直感でなくわたしが彼を難しいと思う理由を告げたとしても、事実は変わらない。わたしはユリウスが好きなのだし、彼もわたしを好きだと言ってくれた。愛は形にならないけれど、そこにあることはわかるなんて、経験した人にしか理解できないだろう。
ナイトメアとグレイの反応は、まったく別々だった。ユリウスをビバルディの元へは連れて行けないと思っていたのだが、クローバーの塔ならば偶然居合わせることもあると期待していたので、廊下でばったり四人が出くわしたとき――隣で彼があきらかにしまったという顔をした――正に逃すはずのない好機だった。


『わたし、ユリウスと付き合うことになったの』


廊下での出会いがしら、いきなり知人女性にこんな告白をされたら驚くだろう。ナイトメアは目を見開き、グレイは持っていた書類をすべて落としてしまった。二人とも言葉もなくこちらを凝視し、ユリウスだけが隣で額を押さえている。それからわたしの頭を軽くぺしりと叩いて、呻くように「唐突だ。馬鹿」とのたまった。
唐突だってなんだって、わたし達の関係自体唐突だったんだから何も恐れることなんてないじゃない。そう思ったけれど、男性というのは女性よりもデリケートに出来ているらしいのでわたしの告白は大変な一撃だったのかもしれない。
ナイトメアもグレイも不思議な表情で―――例えるならば甘くて苦いものを口に詰め込まれたような顔で――――「そうか」と頷き、了解してくれた。お祝いを受けるようなものではなかったのでそれで充分だった。わたしとユリウスは、まず認めてもらうことが大事なのだ。
告白劇はそれだけだったのに、夏や秋には自然に広まっていった。どうしてかはわからないし、アリスだってビバルディだって言いふらしたりしないのに、わたしとユリウスの仲を知らない人たちはもういないだろう。そう思うくらい噂は広まっていた。まぁ、塔に入り浸っているわたしには関係のないことだけれど。


「…………暇」


絨毯の上に置かれたクッションに頭を寄せるようにして横になりながら、わたしは瞳をつむる。ユリウスは珍しく外に出かけてしまった。一緒に行こうかと言ったのだけれど、すぐに戻るからと待機を命じられここでこうやって暇を持て余している。クローバーの塔での仕事はとても少なくなった。なくなったわけではないけれど、とても少なくなった。
暖炉の火は赤々と燃え、何度も爆ぜながら煙突に吸い込まれていく。その火を見つめながら、わたしは自分を重ねていた。この火だってここに囲われているけれど、煙になればどこにでも行けてしまう。


「…………ユリウスの腕は、わたしを閉じ込めてはいられない」


言葉にすると、答えるようにして一際大きく火が爆ぜた。それと同時に扉が開き、飛び起きたわたしの視界に火よりも真っ赤なスーツが写った。エースがにこにこしながら、わたしに手をあげる。


「お、じゃないか。久しぶりだなぁ」
「…………つい三時間帯前にも会った気がするんだけれど」
「そうか? でもなんかに会うたびに新鮮な気がするんだよな。だって、ユリウスの部屋にいる君とは随分久しぶりだろ?」


言いながらコートについた雪を落としてエースはわたしのとなりにくる。向かい合うよりは一緒に暖炉を見つめていると言った方が適切である位置だ。
エースの言い方はいちいち勘に触るけれど、彼が上機嫌なので文句は言わなかった。ずっと前からエースはわたしに、ユリウスと一緒に居るべきだと言い続けていた。


「少しでも長く居たいと思うのは普通でしょ」
「あははは!」
「…………ちょっと、いきなり笑わないでよ」
「いや、ごめんごめん。からそんな台詞が出ると思わなくてさぁ。ユリウスは果報者だよ、うん」
「勝手に納得してわたしとユリウスを幸せみたいに言わないでよ。わたしはただ、本当に一秒でも長く一緒にいたいだけだもの」


念を押したわたしに、げらげら笑ってた騎士がふと真面目な顔で眉を片方器用に吊り上げた。


「…………一秒でも、長く?」
「そう。覚えていてもいなくても、それがわたしの望んだことだと今はわかるもの」
「…………………」
「わたしとユリウスはお互いにずるいし、エースは自分勝手だし。けど、それでもわたしはユリウスが好きなの」


誰かを好きだと口にすると、それだけで繋ぐ鎖が増えた気になるのは何故だろう。わたしとユリウスだけで繋がっていたものが、どうして人に話すたび人工的に強くなっていくのだろう。それらの答えを知らないふりをして、わたしはにっこり笑った。


「エースの予想通りっていうのが、一番気に入らないけどね」
「…………あはは。ひどいなぁ。俺は最初から、二人がお似合いだって思ってたぜ?」


エースも不自然に途切れた投げかけに笑ってくれる。わたしとエースはこうやって、距離を保っている。人懐こいエースの栗色の瞳が、ゆっくりと細められる。


「な、
「なに?」
「膝枕してくれよ。眠くなっちゃってさ」
「…………あなた、わたしが友人の彼女だってわかって言ってる?」
「わかってるって。でもユリウスは心の広い男だから許してくれるよ」


甘えるように「な?」と首をかしげるエースが少しだけ寂しそうに見えたので、わたしは呆れているというふうに大きなため息をついたあと座り方を変えて手振りで「どうぞ」と許可した。きっとあまりよくわかっていない、エースとわたしの境界線。
エースは嬉しそうに大きな体を横にしてわたしの膝を占領した。雪祭りにビバルディを招待したときみたいに、寛いだ表情で目を瞑る。上から見るエースは大きな犬みたいだ。ただ、気性は狼のそれだけれど。


「なぁ、


目を瞑ってうとうとしながら、エースは呟く。どうやら本気で眠るらしい。


「ユリウスのこと、忘れないでくれよ」
「忘れない。…………そこまで抜けてないよ」
「本当に? 君まで迷ったら助けられないぜ」
「エースは迷う前提なのね。………大丈夫。ユリウスの腕だけで、わたしは捕まえておけないってわかってるから」


わたしの鍵になって捕まえていてくれるのならどこにも行く必要ないけれど、きっとそんなのは悲しい夢だろう。ユリウスは万能ではないし、万能じゃないから好きになったのだ。
わたしは指先をエースの瞳の上において、彼のまぶたの内側に影をつくる。


「わかっているわたしは、わからないわたしより強いよ」
「…………。ちょっと開き直った?」
「もちろん。ジョーカーがユリウスのことを約束をやれない男だって言ってたけど、しがみついて生きていくつもりはないもの」


まぶたの上から移動させ、柔らかそうな栗色の髪をなでた。エースは少しだけくすぐったそうに笑う。


「あはは。すごいや。ユリウスが聞いたら、どんな顔するだろうな」
「さぁ。言わないから、その答えは出ないよ」
「そっか。…………じゃあ、がユリウスと離れたら俺が守るよ。だから、ときどきでいいからこうやって膝、貸して」


すごく居心地がいいんだ。
まどろむようにエースが言い、わたしがため息だけで「はいはい」と答えると本当に寝息が聞こえてきた。寝つきのいい、わたしとユリウスの大きな子どもみたいに振舞うエースを一人で抱えることは出来ない。ユリウスがいるから、わたしが成り立つのだ。


「手のかかる人だなぁ」


傍にあったひざ掛けをエースにかけてやりながら、わたしは自分に言い聞かせる。自分が選んだ道を、この人はいつだって再確認させてくるだろう。それがエースの優しさであり、厳しさであり、そうしてなによりもこの人自身が安定を保つための方法なのだ。
部屋は暖かくユリウスの気配で満ちている。エースとわたしは、この部屋に帰ってくる人の為にここにいる。




























(10.11.29)