あるとき部屋の掃除をしていたら、懐かしい一枚の紙切れを見つけた。それは両面にキラキラと光沢があって、長年箱の中に押し詰めてきたというのに新品のようにすべすべとした感触で当時のまま自分の手の中に納まっている。光る模様の中には、まるで浮き上がるようにコーティングされた何かの怪獣。忘れてしまったが、それは確かに覚えていた。そのとき流行っていたカードゲームのものだ。とても強くてとても欲しくて、母にねだって断られ、終いには叱られ不貞腐れた。
「嫌なことを覚えているでありますなぁ」
母との臨戦態勢に入って三日、とうとう学校までサボると言い出した自分にようやく折れてくれたときの顔を今でも覚えている。泣いても喚いても頑として受け入れてくれなかった人が、ドアをあけずにもう顔も見たくないと言った瞬間にまるで何かの魔法にかかったように願いを聞き届けてくれた。結局、すぐさま自分はドアを開け放ち少しばかりのお説教をくらったのだけれど。
「子どもは無邪気に我侭でありますから」
まるで言いワケのように呟いて、手の中のカードを見つめた。紙切れはまだ芯がしっかりしていたのか厚紙の感触を無くしてはいない。それなのに、どこか歪んでしまったように感じた。しばらく考えて、それを持つ自分自身が少しばかりの成長を遂げたことが原因であるのだと思い至った。もうこの頃とは違うのだ。買ってもらったばかりのカードを宝物のように抱えて、日の光に透かし友人たちの視線に照れ、誇らしげに立っていられた楽園はもう自分にはない。どこを見ても荒野の広がる今は、自分の力で切り開かねば何も手に入れることなど叶わないのだ。
「難しいでありますなぁ・・・。欲しいものは、近くにあるのに」
欲しいものは今だって限りなくある。それが自分で手に入れる方法が明確になったということ以外は子どものころと変わらない。けれど大きく変わってしまったのはお金があれば買えるものに限定されなくなったということか。 平和とか日常とか自分自身を包む全てのものが。 ただそういつものように自分の周囲に満ちることを願うのは、決して間違ってはいないはずなのにひどく困難な願いのように思えてときどき途方に暮れてしまう。大人になって大人の世界でキラキラした光沢の中にあった汚い卑しい部分を無理やり飲み込まされたとき、どんなに自分が恵まれた中で育ってきたのか知ってしまった。それは尊いことだったのけれど、暢気な自分自身を責めるには充分な打撃でもあった。
「本当に、難しいであります」
ゆっくりとカードを見つめてそれからふと視線を逸らした。そこには一人の少女が横になっている。絨毯の上に沈みこむように眠る姿に目元が緩んだ。彼女の周辺だけが柔らかい時間が流れているようだ。
「
殿・・・・・・」
名前を呼ぶ。反応はない。 少しだけ近づいて顔を覗き込めば、思ったとおり穏やかな寝顔。あまりにも自然にそこにある幸せに、口元に笑みがこみ上げる。
「諦める気はないでありますよ。ただ今は、そのための作戦を考えているのであります」
聞こえているはずのない彼女に宣言し、自分に言い聞かせた。 それから持っていたカードを部屋の電球に透かしてみて、あの頃の自分のどうしようもない幸福感を思い出そうとする。あれを手に入れるために、考えるのであればそれは楽しみ以外の何者ではないだろう。
「さて、どうやって奪ったものでありますかな」
君を、この星から。
蛙特有の笑い声が、静かに部屋にこだました。
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