外の天気を言うならば、いつになく酷い雨だった。冷たい空気がひやりと頬を撫でてしきりにわたしのまわりでひゅうひゅうと音を立てる。最悪だ。でも涼しい。気持ちがいい。窓ガラスを少しだけ開けてその風に当たりながら膝を抱えていたわたしは、泣き腫らした赤い目のままでそんなことを考えていた。



「今日は洗濯が出来ないでありますなぁ」



うずくまるわたしの隣でのんびりとした声が響く。まるで洗濯がしたいような言い方だけれどやらなくていいことを至極喜んでいるはずの蛙は、小脇に抱えた箱を床に置いて自分も座った。自然な動作で箱を開けてもくもくと彼は作業を始める。目の前は雨だ。彼の気分はよさそうだった。



「実にいい天気であります」
「・・・・・」
「いやはや、作業もはかどるというもの!」
「・・・・・」
「こういう日は、侵略のアイディアなんかも浮かんじゃったりするんだよね〜。まったく、いい日であります」



こちらの返答などお構いなしにケロロは笑う。朗らかに高らかに心から。たぶん彼にとって大事なモノは、手元にあるガンプラであって地球侵略であってわたしではないのだ。突っ伏したわたしにはそれがわかるから、ひゅうひゅうと音を立てる風に耳をすませる。



「おぉ。そういえば今日の夕食は夏美殿がハンバーグだといっていたでありますよ」
「・・・・・」
殿はチーズをのせたやつが好きでありましたな」
「・・・・・」
「我輩は、目玉焼きをのせたやつが好きであります」



重苦しい、腹の底から響く雷鳴が二人の間に落ちる。悲鳴はあげない。部屋の電気はつけていないから薄暗かった。暗くて手元だって見えにくいはずなのに、ケロロはわたしの隣でわざわざ細かい作業に没頭している。独白が途切れた。二分たつ、十分たつ、とうとう三十分がたつ。カチャカチャとプラスチックの擦れあう音は無駄に空虚で綺麗だ。



「ねぇ」
「ゲロ?」
「・・・・・・ケロロは聞かないの?」
「何をでありますか?」



疑問の声は何の曇りもなく、わたしの耳に届いた。空はこんなにも淀んでいるというのに、彼の声は晴れ晴れとしている。



「泣いてるわけ、とか」



悔しいから、何もないけれど複数形にしてみた。ゴロゴロと遠のいた雷が、燻る火の様に姿を見せては隠れて遊んでる。



「聞いたら、教えてくれるでありますか?」
「ううん」
「じゃ、聞いても仕方ないじゃん」



即答したわたしに、ケロロはやれやれと言った調子で息がかかるくらいのため息をついた。腕のあたりがこそばゆい。わたしはいつのまにか口の端が上がっていくのを感じる。彼の態度が心地よかった。例えば呆れたような口調のくせに少しも心配していないところとか。



「ケロロはやさしくないね」



気付いたら声に出していて、彼がゆっくりとこちらを向くのがわかる。怒っているかどうかはわからない。でも彼は何もしてくれないから。冬樹君と夏美ちゃんのように宥めすかしてくれるわけでも、ギロロのように叱咤するわけでも、タママのように甘やかしてくれるわけでもないから、わたしの言葉はするりと口をついて出て後悔を残さない。ましてやクルルのように放っておいてくれるわけでも、ドロロのように落ちつくのを待ってくれるわけでもないから尚更だ。



「でもケロロはやさしいね」
「ゲロ?」



雷鳴が低く届いて、すぐに耳の奥で消えてしまった。雨ももう止むだろう。風も産毛がそよぐくらい柔らかなものになっていた。静か過ぎる静寂が終わろうとする瞬間に、それだけが空気を震わせてわたしに触れる。



殿は、難解でありますな」



鼓膜を揺らす声は大人びていて、常の彼ではないようで、わたしは少しだけ抱えた腕と握った手のひらに力を込めた。彼は確かにわたしよりも大人で、でもある物に対してはすごく子どもで純粋だから始末に終えない。今だってきっと彼にとって大切なものは、ガンプラであって侵略であって、わたしではないのだ。それは難しいことではない。至極簡単で単純で、明快であるのに信じたくないもの。



「ケロロは優しいよ。でも易しくないの」



もう一度言って、彼が何か反論する前に立ち上がる。涙なんて、もう枯れ果てた。



「だから、好きよ」









 

 

 

 


(06・05・10)